繋がっている
着慣れたワンピースの裾が風をはらむ。さゆりはワンピースしか着なかった。なぜということもないが、単にそれがしっくりくるというだけだ。制服や衣装と変わらない。同じワンピース、同じ速さで歩き、街角のどこにでも立った。それは昔から変わらない。変わったのは、真昼に出歩かなくなったことだけだ。さゆりは昼に馴染まなくなっていた。夜にはもともと姿を見せない。今では昼と夜との隙間だけにしか存在できなくなっていた。移り変わる時間――黄昏時や明け方にしか。時々、彼女は幽鬼と変わらない存在になった己を感じることがある。さゆりは幽霊ではない。死者でも、人を呪う鬼でもない。それでも、時間が経つにつれて存在を保つのが難しくなっていることを理解していた。もうすぐさゆりという存在は消えるのかもしれない。そう思うからこそ、変わらず淡い色のワンピースを身に着け、一定の速さで歩むことをやめない。
気がかりは佑二のことだ。彼はさゆりを失ったと思っている。いや、事実失っているのだろう。彼の中では、さゆりは過去の友人だ。おそらく、もう会うことはないと思っている。そうでなければ、彼は猫背にはなっていないだろう。彼の中に今もさゆりがいるのであれば、あんなふうに、世界を拒絶するようにうつむいて歩いたりはしないはずだ。
「忘れないで。あたしはここにいる」
確かに声に出して呟いた。雑踏はいつも振り返らない。誰もさゆりの声を聞かない。今日もそのはずだった。
密度の高い人波の中、一つだけ振り返る顔がある。訝しげな顔をしている。雑踏のペースに合わせてよたよたと進みながら、確かに何かを聞いたというように、声の主を探すように振り返っている。そんなはずはない。誰もさゆりの声を聞かない。佑二も、もう長いことさゆりの声を聞いてこなかった。ふと数日前のことを思い出した。「さゆり」という音がもたらされた日のことを。彼の発した啓示を。彼とさゆりとを結ぶ糸はまだ切れてはいないのだろうか。まだ希望があるのだろうか。一心にうつむいて目的地にたどり着くことだけに尽力する佑二にも、昼と夜の境にしか存在できなくなっているさゆりにも。
同じことを繰り返そうとする毎日に、少しずつ癖が現れ始めている。その癖が、切れかけた糸を結び直している。さゆりは遠くに目をやって笑い、かすかにうつむく。顔にかかる髪を耳にかけ、その手で軽く頬に触れる。流れるように指先を顎まで持っていき、その手を伸ばして電柱を撫でた。ふ、とさゆりの口元に笑みがにじむ。もうすぐ夜になる。彼女はひとり、黄昏の路を帰り始めた。




