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  作者: ぺの
2/12

ベンチとしりとり

 猫が伸びをした。

「もう帰んの?」

 答えず後ろ足で耳を掻く。その猫の背には黒い模様があった。白地に黒い大きな模様が一つ。しかも太っていて、おにぎりによく似ている。それで、佑二はその猫をおにぎりと呼んでいた。おにぎりは佑二によくなついていて、餌を持っていないときでもしばらく遊んでくれる。その代わり、飽きるとその日はもう一切構ってくれなくなる。そうなるのはつまらないが、慣れてもいた。

「なあって、もうおしまい?」

 背中をなでると、伸びをしながらするりと逃げていく。終わりの合図だった。佑二は諦めて、ベンチから足を投げ出す。足首から先が日にさらされた。佑二が座った日陰のベンチはボロボロだったが、屋根があって雨と日差しくらいは防げる。そしてなにより、おにぎりのお気に入りの場所だった。つまり、おにぎりがいないとやることがない場所でもある。背もたれに勢いよく身を預けると、錆びかけた青のベンチが軋んだ。

 蝉の声がしている。後ろには自動販売機が置いてあったが、ビールしか置いていなかった。夏休みだというのに、今日は遊び友達みんなもそれぞれ用事を抱えて家に帰っている。暇といえば、かなり暇だった。

「あっちー……」

 首をのけぞらせると、かぶっていた帽子が落ちた。驚くほど心地いい風が頭皮をすり抜ける。目を閉じると、屋根があったのに太陽の残像が見えた。蝉の声がしている。

 ぽん、と顔に軽く感触があった。驚いて目を開けると、帽子の裏が見える。帽子を持ち上げると、淡い色のワンピースが目に入った。

「なんだ、さゆりかよ」

「ほかに誰か待ってた?」

 さゆりがベンチの後ろから佑二の顔を覗き込んでくる。その涼しい目元は感情に乏しく見えた。

「誰も待ってなかった」

 さゆりはベンチを回り込んで佑二の隣に腰を下ろす。ふわっと、水のような匂いがした。

「わたし、遊べるよ」

 顔を見返せば、さゆりはかすかに笑ったような顔をする。

「遊ばないの?」

 重ねて聞かれ、佑二は力を込めて帽子を深くかぶった。

「遊ぶったって、さゆりはゲームとかしないじゃん」

「でも、ボール好きだ。鬼ごっこもかくれんぼも」

「えー、二人で?」

 口をとがらせて、佑二は低い声を出してみせる。帽子はかぶったままだ。さゆりは少し、困ったように言葉をとぎらせる。

「……じゃんけんも好きだ。……しりとりとか……」

 窺うような声の調子に、佑二は頬が緩むのを我慢できない。

「しょうがねえなあ、そんなに遊びたいなら遊んでやるよ」

 帽子を少し上げて横目で盗み見ると、さゆりと目が合った。

「暇だったんでしょ。わたし、佑くんのことはいつも見守ってるから分かる」

 そう言って、遠くに目をやって笑い、かすかにうつむく。顔にかかる髪を耳にかけ、その手で軽く頬に触れる。流れるように指先を顎まで持っていき、考え事をするように腕を組んで目を伏せる。いつものさゆりの癖だった。

 蝉が鳴いている。猫のおにぎりが消えた日陰のベンチで、佑二は「さゆり」としりとりを始めた。さゆりが「りんご」と続ける。

蝉の声すら涼しくなるようなきれいな声を、今も覚えている。


おにぎりっぽい猫は見たことありませんが、だんごっぽい猫はよくいますよね。

ずっしりもちもちしてるやつ、愛いやつ……。

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