慈藍
キミカが倒れた。
……と書くとリクヤに怒られそうだな。事実を書こう。俺が昏倒させた。
相当混乱していたようで、手っ取り早く眠らせるには、俺にはこの方法しか思いつかなくてだな……
俺はアイラこの日記に書き込むのは初めてのはずだ。書くべきことは山のようにあるのだろう。俺の過去とかな。まあ、今は後に回すことにする。
目覚めたとき、キミカを困らせたくないからな。
俺がキミカに思い入れるのは、キミカにストールを贈った信者のような崇高な思いからじゃない。
キミカにはいつも謝罪をするなと言われるから言わないが、キミカとあいつを重ねてしまうことを、いつも申し訳なく思っている。ただ目が金色というだけで……
キミカにとって、金色の目は忌むべきものですらあるだろうに。
キミカは助けを求めて、俺のところに来た。上手く喋れないからか、日記を見せてきて。たぶん、助けてほしいのは、セッカのことだろう。日記の内容から見るに。
薄情なことを言えば、あいつを助ける必要はない。俺には関係がないし、セッカを「マスターにされる」という危機から救ったところで、俺の罪が減るわけでもない。
というか、ユウヒとやらがマスターになった経緯を見るに、セッカの首を切る役割は俺に宛がわれそうだ。嫌な気分になった。
虹の死神を殺すことによる罪の数値の変動は俺とセッカがよく知っている。俺とセッカが知っているということは、マザーやマスターが知らないわけがないのだ。
虹の死神を殺すと、罪の数値は劇的に増える。だから、ユウヒはわざわざセッカに首を刈らせた。セッカを虹の死神に留めておくために。
その目論見が成功した時点でほとんど詰んでいるだろう。おそらく、セッカの様子がおかしいのも、やつらの計算のうちだ。セッカは今まで真面目に罪を浄化してきた。真面目なやつほど、箍が外れたときの反動が大きい。
その反動でセッカが罪を重ねることまで計算づくなのなら、今後のセッカの行動を注意深く見張らなければならない。だが、見張ったところで、実際にセッカが行動を起こしたときに止められるかどうかは別である。事、暴力的な行為に関しては、俺とセッカが殺し合ってとんとんだ。俺以外にセッカは止められないし、止めたとしても互いの「死神殺し」の罪が加算されるだけで、状況は何一つ好転しない。
ここにわざわざこんなことを書き出しているのは、情報の共有のためだ。どうやら、そういう目的で使っていることもあるようだし、多少ショッキングな内容でも、口頭で伝えるより咀嚼がしやすいだろう。
と、ここまで書いて気づいたが、ユウヒとやらは何故死神殺しをしなかったんだろうな。簡単に罪の数値が稼げるし、虹の死神は死なない。死神として存続し続けたいだけなら、そちらの方が効率はいいだろう。
セッカやキミカ、リクヤに愛着でも抱いていたんだろうか。愛着があるから殺せなかった? 仲間を殺すなんて発想がそもそもなかった?
──いずれにせよ、
よっぽど人間らしいじゃないか。
賭けてやるよ。あいつはその人間らしさ故に、セッカをマスターにすることは叶わない。俺が何かをするまでもなく、な。
マスターがキミカに示した刻限というのは、次に虹の死神が七席埋まるまで、だ。現在空いているのは橙の席のみ。橙の席に誰か来れば、また誰かをマスターにする儀式が可能と見える。
それを阻止する方法、刻限を引き延ばす方法がある。俺たちにもできることだ。
一つは、虹の死神の候補者の罪を浄化すること。これは死に目に間に合うかどうかが関わるから難しいが、どんなに罪が多くても、俺やシリンくらいの罪があれば浄化は可能だ。
もう一つは、逆に俺やシリンにはできない方法だ。キミカやリクヤなら、案外簡単にできるんじゃないか? ──自分の罪を浄化しきって、虹の死神じゃなくなることだ。
罪が浄化された者を死神として引き留めることができない。マザーの力でも、マスターの力でもな。だからこそ、ユウヒは罪を重ね続け、セッカには罪を加算させた。俺やシリンのような罪の数値が高いものを虹の死神にするのは、長く虹の死神の席に留まらせるためだ。
罪がなくなれば、死神は浄化され、魂は輪廻に還る。それを引き留めることは誰にもできない。そして、虹の死神の空席を埋める者は簡単には現れない。
キミカ、考えたことはあるか。罪の数値の少ないお前に、何故任務が回って来ないか。それはお前が弱いからじゃない。弱くて、任務が達成できなかった場合、それは罪として加算される。アルのときが、そうだったろう?
つまり、死神として留めておきたいなら、難しい任務をわざと宛がえばいい。マザーたちがキミカにそれをしないのは、キミカが弱くないからだ。キミカは普通に任務を達成することができる。そうしたら、キミカが浄化され、虹の死神黄の席が空くことになる。
空けたくないんだよ、やつらは。おそらく、黄の席の候補者がいないからだ。橙の席はもう候補者がいるのかもしれない。けど、黄の席は違う。だからお前を任務に行かせないんだ、キミカ。人殺しが嫌いなお前の性をあいつらは利用している。
マザーが死神を統括する存在だからって、わざわざ全てに従ってやる必要はない。キミカの罪の数値は二桁だそうだな。それくらいなら、俺の任務の手伝いをすればすぐに吹き飛ぶ。俺に回されてくる任務は否が応でも罪の多い人間ばかりだ。
……ただ、人を殺したくない、というキミカの気持ちを踏みにじるつもりはない。一つの可能性として考えてくれ。
あとはリクヤだな。リクヤの浄化は通常の方法では無理だ。だからリクヤ、失った過去に興味があるなら、俺のところに来い。いい加減、俺も肚を決めないといけないからな。
セッカとミアカにも声をかけに行かないとな……はあ、こういうのは柄じゃない。俺は相談役に向いていないんだ。
これを読んで、その気になったら行動を起こしてくれ。
あと、ミアカが憧れていた英雄の名前が潰れている。この日記はマザーから与えられたものだろう? だとすると、その英雄の名はマザーの弱味か何かになる可能性がある。英雄の名前を忘れずに、全員に伝えろ。特にシリンに覚えさせておけ。あいつは忘れないからな。
さて、俺が書くのはこのくらいでやめるか。次は誰に回すか……




