青い目のひと
マスターとなったユウヒ──リクヤはああ言っていたが、おれはユウヒだと思うから、ユウヒと呼ぶことにする──から、おれとシリンに最初の任務が言い渡された。
「ある罪人を死神として連れてきてください。ミアカ・オウガ、と言えば、シリンくんにはわかりますよね?」
シリンが息を飲む。生前の記憶を取り戻したと言っていたから、軍人なのだろう。シリンと同じ軍の人物かはわからないが。
シリンにとっての敵味方というのは判別が難しい。きっと本人にそれを聞くのは、まだ病んでいる傷に指を突っ込むようなものだ。だから聞けないでいるが、付き合いが深かったのは、かつて敵軍だった方だろう。
「大佐が死神にならずに済んだのに、ミアカさんは死神に……?」
「うん。彼女はレアケースだからね。普通の死神の枠には収まれない」
「じゃあ、虹の死神に?」
シリンは物分かりと聞き分けがとてもいいので、会話がスムーズに進む。シリンの特性もあるだろうが、物分かりも聞き分けもよくないと生きられなかったんだろうな、と感じた。
ユウヒは何故かちら、とおれの方を見た。なんだ、と思っていると、ユウヒは告げた。
「彼女が座すべき席は埋まっているから、彩雲の死神になってもらうよ」
少なくとも、ユウヒの座っていた橙の席ではなさそうだ。
「彩雲……虹の次席、ですよね?」
「そうだよ。何、そんな難しいことではない。死神にするのは普通と同じ要領だからね。わからなければセッカに聞くといいよ」
説明を丸投げされた。何故かシリンの目がきらきらとする。
ああ、そういえば、シリンは虹の死神の中で、おれのことを一番死神らしいと思っているのだったか。死神「らしさ」なんて、おれには到底わからないけれど、まあ、シリンはたった十五歳で死んだ男の子だ。夢くらい持たせてもいいだろう。
……何を言っているんだろうな。十五歳で死んだのは、おれも同じなのに。
シリンの瑞々しさが、おれには眩しい。
生きた年数は同じなはずなのに、おれは死神になったばかりの頃、こんな輝いた目をしただろうか。シリンもおれも、生前は死神と呼ばれ、疎まれる存在だったはずなのに。本物の死神を見て、死神になって、おれは、楽になんてならなかった。
この五千年が楽しくないわけじゃない。ただ、なんだろう、シリンを見ていると、心の中が虚ろな思いで満たされていく。もう取り戻しようがないくらいの時間に焦がれてしまう自分の愚かしさと、シリンの無垢さが、憎たらしく思えてしまう。
今更羨んだって、どうしようもない。おれはもう死神なのだから。シリンはシリン、おれはおれ。そうやって割り切っていくしかない。
「……行くぞ」
「はい」
おれの声はぶっきらぼうになってしまったが、それでも嬉しそうにシリンはついてきた。
扉で出たのは、戦争から復興を始めている街中だ。まあ、いきなり本人の目の前に出ることもできるのだが、死神は基本隠密行動である。特におれなんかは不審者扱いされやすいので、不要な衝突は避けるために、下町に出たりするのだ。
それでも真っ白な背の高い人間というのはどうしても目立つ。周囲から刺さる視線に居心地悪くなって、おれはフードを引っ張った。
そんなおれに、同じくフードを被っているシリンが笑みを向ける。
「この国の人たちは戦争が終わったばかりで、栄養が足りなくて、小柄な人たちが多いんですよ。まあ、戦争ってそんなものですけど」
「食糧難がなんたら……とかいう話か?」
「そうです。戦争は忌避されるものですから、他国からの輸入に頼ったものが入ってこなくなったりするんですよ。誰も戦争になんて、巻き込まれたくないから」
と、話が逸れました、とシリンがおれを見上げる。
「だから、背の高い人は珍しいんです。戦争も終わりましたし、こういう視線は悪いものじゃないですよ」
シリンはどうやら、おれが居心地悪く思っているのをフォローしてくれたようだった。親切のつもりなのだろうが、おれは何故だか苛々してしまう。
居心地の悪さなんて、今まで心が麻痺するくらいに感じてきたものだ。容姿を珍しがられ、時には悪魔と罵られ、石を投げられたことだってある。だから、奇異の視線を受けることに、いちいち何か感じていたら、壊れてしまう。
おれは五千年以上前からずっと、そうして上手くやってきたはずだった。だのに、どうしてか、シリンといるとそわそわと落ち着かなくなってしまう。気持ち悪い。飲み込んだミミズが喉を這って出てこようとしているみたいだ。
おれはその気持ち悪さを頭のどこかに追いやるために、シリンに話しかける。
「今回のミアカというのは、お前の知り合いか?」
「はい。ミアカ大尉にはよくお世話になりました。僕が会った頃には前線にあまり出なくなっていたみたいなんですけど、救護班長の方なんです。医学に精通していて、前線にいたときもミアカ大尉の応急手当のおかげで皮一枚で助かった人とか何人もいて、すごく人望のある人なんです」
医学、という単語に喉の奥から苦いものが込み上げてくるが、それを飲み下して、ミアカという人物の情報を整理した。
救護班長、ということは、人殺しがメインの軍人の中ではあまり人を殺していなさそうだ。まあ、シリンと会う前は前線で活躍していたようだが……人を殺すというよりは、命を救う側の人物のように感じられる。
だが、死神の全員が大量殺人のわかりやすい罪人なわけではない。キミカのように虫の一匹も殺さなかったであろう人物が虹の死神になるようなシステムだ。五千年かけてもおれには理解できなかった。理解しようとも思わないが。
ただ、罪についての注意点は、罪として加算されるのは「寿命操作」だということ。順当に死ぬべき命を生き永らえさせるのも寿命操作に該当し、罪として数えられる。ユウヒがミアカはレアケースだと言っていたし、そういうことかもしれない。
「戦争も終わりましたし、ミアカ大尉はお屋敷にいるんじゃないですかね」
「屋敷? ミアカは金持ちか何かか?」
戦争の名残で、大きな家屋はあまりない。そんな中「屋敷」と呼ばれるレベルの場所を持つのは難しいのではないだろうか。
すると、シリンは声を弾ませた。
「ミアカ大尉の家は救国の英雄の家系なんです。オウガ家と言えば、この国で知らない人はいませんよ」
シリンは物を覚えるのが得意だから、そういう伝承だのを語るのが好きなのだろう。けれどおれはその物語に胸を弾ませられなかった。
救国の英雄の末裔が、死神になるというフレーズが皮肉めいて脳内で谺する。自分は、こんなに嫌な人間だっただろうか。
「ミアカ大尉は先祖返りで、容姿が救国の英雄に似ていることから、戦線に立ったときは士気も高まったと聞きます」
「へえ。救国の英雄とやらはどんな姿なのか」
「ええと、……あ、屋敷が見えてきたので、直接本人を見た方が早いですね」
シリンの指差した先には、確かに屋敷と称するしかない、立派な建物があった。復興中ではあるものの、この街は元々建物の損壊が少なかったのだろう。民家も多く残っているから、あの大きな屋敷も被害がなかったと見える。
シリンがノッカーを叩いた。すると、中から人が出てきて、その人も、おれも、言葉を失った。失った理由は違うだろうが。
「シリン少尉……」
シリンを当時の階級で呼ぶ、その声をおれは知っていた。ミアカに会うのはこれが初めてだ。けれど、ミアカはあまりにも……
淡い金髪に青い目をした女性。
「……フィウナ……」
遠い昔に置いてきぼりにしたはずの、記憶の片鱗が、そう口にした。




