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虹の死神  作者: 九JACK
虹の死神
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燈の奥に映るのは

 記憶がない。つまり、そういう願いをしたということなのだろうか。

 まあ、シリンの記憶能力で保管した記憶は全て消し去った方がいいのかもしれない。戦争のための記録で、記憶だ。

 それに、持っていても嬉しい記憶ではないだろう。裏切り続けてきた記憶なのだから。

 それにしても……紫がかった灰色の髪、というのは珍しい。アルビノのおれが言うのもおかしいかもしれないが。時代が違えば、キミカのように稀子として尊ばれたのだろうか……などと思いかけてやめる。キミカの人生も決して良いものではなかったからだ。

 それに、シリンは特殊な能力を持ってしまった。力を持たなかったキミカとは別なベクトルで厄介な扱いをされそうだ。

「はじめまして、シリン。私はキミカと言います」

「オレはリクヤだ」

 虹の死神の面々が名乗りを上げていく中、おれは息を飲んだ。

 シリンの灰色の瞳に、ぽうっと灯りが灯ったように緑色の光が浮かんだのだ。

「キミカさんにリクヤさんですね。よろしくお願いいたします」

「シリンってばお堅いなあ。ぼくたちは仲間なんだから敬語とかなくてもいいのに」

「なかま……?」

 セイムにばしばしと背中を叩かれながら、異国の言葉のようにシリンが復唱する。

 記憶はないのかもしれないが、シリンの生前に仲間などいなかっただろう。ずっと敵地の真ん中で、自分を仲間と慕う者たちは全て倒すべき敵。中にはシリンが手ずから間引いた者もいたはずだ。仲間なんて認識を持ったことがなかったのかもしれない。

 が、せっかく忘れていることを思い出させる必要はないだろう。

「ほら! そこの高身長組も挨拶!」

 高身長……?

「……アイラだ」

 確かにアイラはがたいがいいからな。というか、虹の死神って、こうして見ると……

「こら、ぼさっとしてねえでちゃんと名乗れや」

 リクヤに腕を引かれる。今気づいた。一番身長高いのおれだ。

「ええと……セッカだ。よろしく」

「よろしくお願いいたします」

 緑の目がおれを真っ直ぐ覗き込んでくる。シリンはおれの肩くらいの身長なわけだが、やはり若いだけあってずば抜けて身長が低く感じる。いや、若いって、享年だけならおれと同い年なんだが。

 年寄りぶることがあるユウヒの癖が移ったか? まあ、伊達に五千年以上一緒だったわけじゃないからな。

 などと考えていると、キミカから控えめに服を引っ張られた。

「セッカは背が高いんですから、立ったままだと目を合わせるのに首が痛くなりますよ」

「それはシリンに失礼なのでは」

 フォローの仕方が致命的だな。

 だが、おれの立ち姿の威圧感がどうのという話は今に始まったことではない。あとこの真っ白なマントのせいで逆に怪しまれたこともあるな。なんか悲しくなってきた。

「シリン、おれに何かついていたか?」

「いえ、珍しい髪と目の色だなぁ、と」

 お前が言うのか?

「シリンの髪と目だって綺麗だよ!」

「いや、なんでセイムが張り合うんだ、あとシリンは綺麗とは表現してないぞ」

「いや、綺麗ですよ。白い髪に赤い目」

「話をややこしくしないでもらえるか?」

 褒められ慣れていなくて、素直に綺麗と表現されて、ぞ、と悪寒が背筋を駆け抜ける。褒められるって怖いことだったのか。

「セッカ? 顔色が悪いですよ?」

「いつもだろ、へぶっ」

 とりあえずリクヤは殴っていいよな。よし。

 まあ、生まれ持った色素が薄いだかなんだかでおれはこの容姿なわけだが。本来なら虚弱なアルビノのはずなのに、光の下でなければ人外じみた力を扱えるおれも特殊といえば特殊なのか。

「あ、すみません、じっと見られるの、嫌でしたか?」

「そんなことはない。生前もよく人からはじろじろ見られた」

 真っ赤な目をしたあいつは悪魔だとよく言われたものだ。

 だが、シリンの口から飛び出したのは、別な存在だった。

「死神みたいだなって思ったんです」

 おれも、他のやつらも、驚いてシリンに注目した。

 シリンは続ける。

「赤い目に、生きているとは思えないほどに白い肌。到底人間とは思えないような容姿が……死神みたいだ、と思って」

 それは言い得て妙だった。

「まあ、みたい、じゃなくて死神だけどな」

「あ、そうでした」

 でも、もしかしたら、おれが生まれたのは、こうして死神になるためだったのかもしれない。

 死神になって、何かを成せるわけではないが、おれの力に意味を持たせることができるのはこの死神というシステムしかなかっただろう。

 死神になったことを喜ばしいとは思わない。が、運命的というか、宿命だったように感じる。

 おれはこうなるしかなかった。

 それで、フィウナを弔えたのだから、おれにとっての意味はそれだけで充分だ。願わくは──思うところがあるけれど。

「死神の任務についてはもう教えたのか?」

「うん、ぼくからばっちりね!」

「ほとんどユウヒさんが説明していました」

 察した。

 セイムはこう、なんというか、子どもだな、と思う。感受性が瑞々しいけど、子どもらしい分、子どもっぽすぎるというか。難しいことが理解できないところがある。割り切るのは早いけれど。

 セイムが罰として記憶を奪われている影響もあるかもしれない。リクヤとシリンの記憶喪失が願いという祈りによるもので、必要な知識を残しておくのなら、セイムの記憶喪失は戒めだ。決して解けぬ呪いのように記憶を奪っているわけだから、知識量や知能が下がるのかもしれない。永遠にその呪いが解けないように強固にしているのもあるだろう。

 ただ、シリンのこの様子は、記憶を奪っただけで、記憶能力を奪ったわけではなさそうだ。忘れられないという能力は大変そうだが。

 セイムとは対照的だな。

「ところで、ユウヒさんは……」

「ユウヒなら、お前の部屋の用意をしている」

 答えたのはアイラだった。アイラを見て、首を傾げたシリンだったが、目元の包帯については突っ込まない。案外聡明な子かもしれない。

 ……聡明でなければ、幼少の折から軍で働いて生き延びるのは難しいか。

「あの、僕の部屋って……?」

「聞いてないか? 虹の死神には個人個人に私室が与えられる。プライベートスペースだな」

「そう、なんですか」

「じゃあ部屋ができるまではぼくの部屋においでよ! ぼくの好きなものたくさんあるよ!」

 アオイは呑気だな。アイラが上手いこと説明してくれたのが意外だった。というか、喋らせると案外わかりやすい言い方するんだな。

「え、ええと……僕、セッカさんの部屋が見たいです」

「え」

 全員が驚いた。セイムなら年も近いしいいか、とおれは思っていたが。

「いや、おれの部屋には何もないぞ?」

「見てみたいだけなので」

 ちょっと待て、まずいぞ。

 何もないとは言っても、毎日つけている日記がある。あれを見られたら、シリンの記憶喪失が破綻するのでは……?

「キミカの部屋とかの方が見応えがあるんじゃないか? 編み物とかしているらしいし」

「そうですね! ちょうど皆さんの分のマフラーを編んでいたところなんですよ」

 ちなみに季節感はない。戦争のせいで季節もへったくれもなく、外は寒いのだ。

「いえ、セッカさんの部屋がいいです」

 がっつくな……

「なんでそんなにおれの部屋がいいんだ?」

「だって」

 シリンがここで初めて笑った。たぶん、心の底からの笑顔だ。

 目を奪われた。変わった髪色に、変わった目。生前からの特殊能力もあり、どこか浮世離れしていたシリンが、初めて年相応に見えた。その無垢さが、眩しくて、けれど目が離せない。

「セッカさんが一番死神らしいんですもん」

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