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虹の死神  作者: 九JACK
虹の死神
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赤月の花

 ユウヒから説明を受けたシリンという人物の身の上は実に悲惨なものだった。

 生まれたのがアセロエ連邦……問答無用で爆撃したり、暗殺者を送り込んだりする話し合いで解決しようとしない国だったらしい。

 ただ、近年アセロエは少子化が起きており、若い兵士が少なくなっているのだとか。まあ、それは仕方ないんじゃなかろうか。詳しくはないが、政治とか荒っぽそうだ。それに、なんだかよくわからないうちに何十年か続いた戦争はアセロエでは宗教戦争みたいな扱いになっており、アセロエが胡散臭くなっている。

 そういう情勢はキミカが新聞をもらってくるので知っていた。だが、事実は誌面で見るより深刻そうだ。

 シリンは生まれる前から軍人になることが決まっていた。アセロエの思想に極端に傾倒した両親が、軍にそう約束したのだ。それで、生まれたシリンに軍人としての「英才教育」を施した。

 軍では裏切りが続出しており、ララクラ側に優秀な軍人が多く出てきたことによって、アセロエは劣勢だった。アセロエは人数もいなければ、兵士の質も悪いという、ここまでくるとよくこの戦争に決着がつかないな、と感心してしまうレベルの軍隊だった。

 優秀な若い兵士。それはアセロエが喉から手が出るほど欲するもの。シリンは幸か不幸か、その才能があった。

 座学も実戦も、十歳になる前に頭角を現し、敵兵を倒した数はそんじょそこらの大人とは比べ物にならない。

 シリンには特殊な能力があった。類稀なる記憶能力だ。それで諜報員としても重宝された。

 一度覚えたことは忘れない。軍の重要機密も抱える爆弾だが、親からの教育で拷問にも耐性のあるシリンは変装術やその小さな体を駆使して敵内部に潜入して情報を得た。簡単だ。見たり聞いたりするだけでいいのだから。

 シリンが現れたことによって、アセロエは優位に立つようになった。幼いので表舞台にはあまり立たないが、暗殺者として、諜報員として暗躍し続けていたのだ。

 以前、爆弾で人が死んだ場合、誰に罪があるのかという話があったと思う。爆弾を作った者、設置した者、起爆スイッチを押した者、全ての人間に罪がある、とマザーは言った。シリンはその全てをほとんど一人で背負っているといっていい。爆弾も作るし、設置するし、起爆もする。幼い子どもに、それら全てをさせる軍もどうなのか、と思うが、シリンはそれら全てが「できる」のだ。

 そうしてシリンが十三になり、シリンに重大な任務が渡された。

 敵軍の要である人物の暗殺である。

 そのため、敵軍に潜入したシリン。これまでのどんな兵士よりも長く敵軍に怪しまれず、標的にも近づいた。が、暗殺は失敗、捕らえられ、拷問にかけられたが、情報を全く吐かないシリン。ここで拷問に抗い続けたことも寿命の長さに影響したらしく罪扱いである。なんて理不尽な。

 任務に失敗したことで、戦意はなくなっていた。まあ、親からの文字通り血を吐くような訓練を受けて、軍でも随一の才能を誇って、それでも尚、成果を出せなかったのなら、今までは何だったのだろうと呆然とするだろう。報われない努力。評価されない成果。

 そんなシリンに手を差し伸べたのは、なんとシリンの標的だった大佐だった。シリンに戦意がないことを察し、二重スパイという扱いにならないか持ちかけたのだ。

 敵とはいえ、潜入期間が十三歳から二年間と長かったこともあり、仲間からの信頼も厚かった。拷問のエキスパートと呼ばれる大佐の技量をもってしても口を割らない諜報員としての練度も認められ、二重スパイの案が折衷案として出たのだ。情報源をただ死なせるのは惜しいと思ったのだろう。

 シリンは双方の軍の情報を持つデータベースという爆弾だ。これを征した方がこの戦争の優位に立てるのは確か。

 シリンも、厳しい家での訓練を受けなくてもいいのなら、と考えてしまった。が、外出中にシリンを取り戻しに軍が急襲をかけてきた。

 同行していた大佐を刺し、シリンは元鞘に収まったらしい。

 で、今はレジスタンスに潜入、レジスタンスの壊滅を目論む軍の言いなりなのだとか。

 おれはアイラをちらと見た。

「どう思う?」

「どうってなんだ」

 アイラが溜め息を吐く。

「人間の争いに興味はない。ただ、本人の意思が見えなくてもやっとするな」

 確かに、シリンは機械のように他人の指示に従っているだけだ。結局胸糞の悪い軍に戻ってしまっているわけだし。

 ただ、引っかかる。

「虹の死神になるっていうのは、そんなに軽いことじゃない。確かに過失でも罪に認定されるが、おれも、あんたも、確固たる意志で人を殺した。だからここにいる」

「キミカとリクヤは……」

「キミカは任務がこなせないだけだ。リクヤのことはお前の方がわかっているだろう」

 するとアイラは押し黙った。

 裏切りに裏切りを重ねるとユウヒは言った。シリンの生はまだ終わらない。もう死神に刈られるには充分な罪を重ねているように思う。腕の立つおれたちを連れていかないということは、シリンは死ぬ。

 シリンは聞いた限り、相当な手練れだ。セイムも兵役のための訓練を受けていたとはいえ、その期間はごく僅か。十歳にもならないうちから対人戦で大人にも勝利しているのなら、天性の才能があるのだろう。才能と経験があるシリンに分があるのは火を見るより明らかである。

 そんなシリンが抵抗しない前提で行くのはあまりにも無防備だ。だが、抵抗することがないと絶対的に言える条件がある。──シリンが死んでいることだ。

 おれも死神としての回収は死後だった。おそらくあのときユウヒだけでは押さえられなかったからだろう。そういう場合は死ぬのを待つのだ。

 キミカのときはキミカの罪が消えないように、死後の回収だった。もしかしたら、どちらも、かもしれない。

 となればリクヤは五月蝿いだろうからな。言わないのもわかる。セイムは口が軽そうだし、キミカは言わないけれど、顔に出るだろう。

「シリンがそう簡単に死ぬとは思えない。だとしたら、死因は罪が加算されるうちの一つ」

「自害か」

「ああ。……ユウヒなのかマザーなのかはわからないが、虹を揃えたいらしいな。何かあるのか?」

 おれのところに任務が回ってこないのも、おれが浄化されないように調整されているとしか思えない。

 おれはたぶん何もできないし、させてもらえない。マザーやユウヒは目的のために手段を選ばないのだ。おそらく、虹を揃えた先に何かがある。ユウヒを頑なに虹の死神に引き留め続けた何かが。

「明日行くと言っていたな」

「尾行するか?」

「そこまではしない」

 でも、ついていけばよかった。


 翌日、連れられてきたシリンはおれたちを見てこう言ったのだ。

「はじめまして。ええと、シリン、です。……生前の記憶はないですけど、よろしくお願いいたします」

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