紫の臭い
アイラを追いかけ回すセイムは楽しそうだ。毎度毎度こてんぱんにされているが。
まあ、戦闘訓練にもなっていいんじゃないか、とおれは思っている。時々巻き添え食らってユウヒも追い回されてるけどな。
その後キミカに編み込みされるまでがワンセットである。御愁傷様だ。ユウヒもアイラも顔立ちが綺麗だから、編み込み似合うんだよな。キミカのおかげで髪は生前より艶やかになっているし。女装させたら映えそうだな。言わないが。
まあ、そんな感じでほどよく楽しく過ごしていた。そんな間にも、外では戦争が勃発し、大量の死者が出ている。セイムが入ってきて明るいからか、そんなことは微塵も感じないくらい、虹の死神全体の雰囲気がいい。
死神界と外とは時差があったりなかったりするらしい。これはユウヒに聞いたことだ。おれが入る以前の虹の死神たちも元は人間だったから、たまに外に出て空気を吸いたくなることもあるようだった。
死神界にいると体感時間は鈍るらしい。キミカのように毎朝新聞をもらいに行くような死神は存在しなかったから、マザーが気分次第で外の流れに合わせたり、合わせなかったりするんだとか。空間の構造のみならず、時間の流れまでこの世界はマザーによって管理されているようだ。
「時間はゆっくりでも進むものだよ。決して戻ったりしない。命が生き返らないようにね」
ユウヒはおれにそう説明した。
命が生き返ることは理に反することらしい。それもそうだろう。命が無為に終わることも、延命も許されない世界だ。生き返るなんてもっての外だろう。
命は生き返らないと知っているから、おれたちは命がなくなったとき、泣き叫び、絶望し、命を惜しむのだ。
命を贖えるものは命しかない。それが世界の結論として、おれたち死神を生み出し、動かしている。
死神は罪人だ。生前に命一つでは贖いきれない罪を重ねたために、死神となって罪人を刈る。
それでも尚、罪人はいなくならない。だから死神もいなくならない。
「セッカ、アイラ」
その日はユウヒに呼び出された。アイラと一緒に呼び出されると、身構えてしまう。
おれもアイラも生前大量虐殺を行い、死神となった大罪人だ。腕が立つおれたちのところに舞い込んでくる任務は大量の罪人を刈ることだったり、武装した罪人を刈ることだったり、とりあえずろくでもない。おれとアイラが二人で出るということは軽く小規模の戦争を止めに行くのと同義だ。そんなことが起こるのもごめんだが、そういう任務の場合、おれもアイラも飛んでしまう。最終的に互いで殺し合って、何なら一回死んで帰ってくる。死神はその役目を終えるまでは体が再生される。人間なら息が止まって、心臓が止まるレベルの怪我も、まあ動ける程度までは再生する。
その仕組みに胡座をかいているわけではないが、おれとアイラが出ると大体そうなってしまうので、気まずい。何が気まずいって、あのにこにこ温厚なキミカからのお説教が待っているのだ。
リクヤの怒りくらいなら軽くいなせるが、キミカはなんだろうな……何も言われないけど、圧がすごいっていうか、笑顔に「ゴゴゴゴ」って効果音ついているみたいな感じ。
またそういう任務に行かせられるのか、とおれは焦った。おれはたぶん、あと何回かで罪を浄化し終わる。……それはいいことなのだが、せっかくなら、虹の死神が七人揃うところを見たかった。何も意味はないのかもしれないけど、何か意味があるのなら、見てみたかったんだ。
が、ユウヒは任務には関わりがあるが、罪の浄化には関係ないことを話し始めた。
「紫の席候補が見つかったよ」
喜色満面のユウヒ。アイラはぽかんとしていた。
「そうか、よかったな」
「セッカ、もっと喜んでよ。五千年以上の付き合いじゃないか」
淡白なおれの言葉にユウヒがばしばしと背中を叩いてくる。おれは任務だと思って身構えていたから力が抜けただけなんだが。
まあ、嬉しくないわけではない。つまりは虹が七席揃うところを見られるのだから。
虹の死神、紫の席。これまで候補者は何人もいたのに、青の席により悉く葬られ、罪ごと浄化されてしまったという万年空席の特別な死神。ユウヒが一万年以上待ったそのときが遂に来たのだ。
ユウヒの念願が叶うときが来た。それは喜ばしい。外はずっと戦争だし、そろそろ虹の死神になるくらいの罪人が生まれてもおかしくなかった。だが、それは……たくさんの人が死に、それらの命を負った罪人が増えるということだ。
話したいからわざわざ呼び出したのだろう。
「どんな人物なんだ?」
「なんと! セッカとタメです」
タメ? ええと、同い年ってことか。たぶん享年のことだろう。
アイラがきょとんとこちらを見る。
「何歳なんだ?」
「一応、十五歳だ」
アイラがおれを頭の先から爪先までたっぷり時間をかけて眺める。それから言った。
「でかいな」
「お前が言うほどではないと思う」
確かにおれは背は高いが、アイラだって充分に長身だ。虹の死神の中では二番目だろう。
おれは最終的には孤児院に行ったけれど、それまではアーゼンクロイツという医者の家系の家で育てられていたから、成長に必要な時期に食うに困らずに過ごせていた。寝床も与えられていたし、……まあ、フィウナにも成長が早いとは言われたし、それで外からはあることないこと言われたが。
白い髪、白い肌、赤い目。それだけで悪魔と呼ばれたのに、背が伸びるのが早かったおれは悪魔に魂を売ったとか、寿命の前借りをして力を得ているだとか。結局、長生きはできなかったから、ある意味合っていたのかもな。
まあ、死神でいた期間は長いが、人間として生きていた期間は他と比べると短い。キミカは三十くらい、リクヤは二十歳だったか。一番子どもっぽく見えるセイムでさえ十八なので、享年で考えるとおれより年上なのである。
ただ、戦争中で、虹の死神になるほど人を殺していて、おれと同い年、となると、あんまりいい気はしないな。
「セイムと私で迎えに行くからキミカとリクヤが邪魔しないように見張っていてね」
「え……じゃあ、なんで話したんだ?」
てっきりそのレベルだと捕らえるのが難しいから、おれとアイラが宛がわれるのかと思っていたのだが。
ユウヒは悪戯っぽく唇に人差し指を当てて、ウインクしてみせた。
「君たちは口が固そうだから」
これは……リクヤにバレたらヤバそうなことをまたしようとしているな。
はあ、と深く溜め息を吐き、アイラと顔を見合わせる。アイラは黙って頷いた。
おれが答える。
「別にあいつらには話さないが……どんなやつが来るんだ? 十五で戦時中で……少年兵としか考えられないが」
「うん。両軍が喉から手が出るほど欲する軍事機密を全て暗記するデータベース、裏切りに裏切りを重ねて、最後は自分が裏切られる弱冠十五歳の少年兵。名前はシリン。今世界で一番死を撒いている子だよ」




