いっせーの、青
任務のない穏やかな日。アイラに日記を任せてみることにした。
というわけであまり気負わずに書いてくれ。
と、セッカから日記を託されたアイラだ。セッカとユウヒから日記のことは聞いている。虹の死神の記録らしいな。
まあ、先にセッカが書いている通り、今日は任務がないから穏やかに過ごせると思って、セッカから過去の日記を借りて読み返そうと思ったんだが……
ひゅん、と襲いくる凶刃から皮一枚で身を引いたが、包帯を掠めて、ぱらりと落ちる。
包帯で目元を覆っているのが常なのだが、生活にあまり支障はない。この忌まわしい藍色の目は「オニノメ」と呼ばれており、必要以上に見えるものなんだ。だから、目元を何で覆っていようと、基本的に見えるものは変わらない。
が、基本的に、だ。包帯が取れれば必要以上のものが見えたりする。馬などの草食動物の視野が三六〇度近く見えるのは知っているか? 簡単に言うとそんな感じになる。前後左右上下と、人間には必要がない範囲まで見えるようになる。あとは視覚以外の感覚も精度が上がる。
俺は日記を持って飛び退いたその先にも尖兵がいるのは承知済みだ。わざと飛んだのだから。
後ろにいた刺客に回し蹴りを食らわせる。感触からして腕を挟んだな。顔が無事なようで何よりだ。
その間にももう一方からの追撃がくる。空気が振動するのがわかる。俺は目にまだまとわりついていた包帯を掴んでそちらへ投げた。少しの目眩ましになるだろう。
この二人がどういうつもりなのかさっぱりわからない。が、リビングを荒らすのは忍びないため、場所を移動することにした。
これはマザーが最近遊び心で取り入れたらしい、というのを思い出して、カーペットの一部のずれを蹴る。その下は底の見えない空洞になっているのだ。まあ、死神は身体強化がされているし、万が一身体的に死んでも再生するから、落下した後のことは考慮されていない。
まあいい。下は下水道のような空間になっているのだろうか。水音が反響している。そこに俺は飛び降りた。二人は驚いたようで、なにこれ、と穴を覗いている。
こんな感じでマザーは仕掛け扉やら隠し通路やらを密かに設置しているらしい。知らないで迷い込んだら大変だろうと思うのだが、マザーだけがこの死神界を好きに操作できるので……というか、それくらいしかマザーも楽しみがないので、大目に見てくれ、と言われたな。まあ一万年以上どことも知れぬ場所に籠りきりなのだ。これくらいの娯楽はあってもいいのかもしれない。
日記はどうにか置いてきたからよかった。着地すると派手に水飛沫が舞う。これは紙類はびしょ濡れになったことであろう。
で、俺はびしょ濡れになったわけだが、馬鹿二人も躊躇いなく落下してくるので、俺は逃げることにした。
まあ、その馬鹿二人というのが、
「わあ、こんなところあったんだね」
「隠し通路……ってか、穴だったな」
セイムとリクヤである。
何故、とは思うが、俺を狙ってきた辺り、リクヤがけしかけたんだろう。記憶はないが、リクヤは何かと俺に因縁をつけてくるからな。あと、セイムはのりがいい。
セイムは生前後ろ指を指されていたとは思えないくらいのコミュニケーション能力を持ち合わせていた。記憶がないことも全然気にしていないようだし、他の面々と打ち解けるのも早かった。
リクヤは生前、自警団を率いていた。最初は親の七光りとか言われていたが、人柄の良さと打ち解けやすさ、それからもちろん確かな戦闘力もあって、周囲から認められていた。人間と吸血鬼と分け隔てなく接してくれる辺りは俺も好感を持っていたし。
まあ、今、因縁をつけてくるのは無意識だろうが、生前のアルファナのことだろうな。あいつもそういう意味でアルが好きだったんだろうし。俺は正式なアルの婚約者だったからな。
覚えていなくていいし、思い出して苦しむくらいなら、忘れていていい。俺はそう思ってリクヤの記憶を奪う願いを口にした。
まあ、それはいい。
「何の用だ?」
俺の問いにセイムが元気よく答える。
「アイラ兄髪切り隊です!!」
「…………は?」
理解が及ばず硬直した俺の隙を見逃してくれるほど、二人は甘くなかった。セイムが眼前から消える。その後ろからタイミングをドンピシャに当てて、リクヤが大鎌を振るってくる。
その切っ先を仰け反って避けると、もうセイムが後ろを取っていた。俺はバク転をしながら蹴りを入れようとするが、セイムが手にしているのはレイピア。突き技に優れた武器だ。タイミングを合わせて足に突き刺すつもりだろう。
痛いのはどうでもいいが、不要な怪我をしてキミカに叱られたくはないな、と思った俺は体を縮めて後転にし、切り替えて振り下ろされた剣を靴裏で止める。
蹴りあげて、横に転がると、リクヤの鎌が迫ってきたのがわかった。殺意はないが、害意があるというのは不思議なものだな。
さて、お遊びはこれくらいにするか。俺はリクヤの鎌の横っ面を殴り、同時に放たれたセイムの突きをいなして、加速するように軽く勢いをつけてやった。二人は態勢を崩して、見事にずっこける。
「で、何だって?」
俺が二人の間に顔を突っ込むと、二人はびゃあ、と奇声を上げて飛び退いた。そんなに怖かったか?
そんな二人から事情を聞いた。
「てめえのその前髪うざったいんだよ。切ってやろうと思ってな」
「面白そうだからぼくも協力した!」
とりあえずごつん、とげんこつを食らわせておいた。
「いてて……アイラ兄、髪邪魔じゃないの? それに目の包帯だって。こんなに綺麗な目をしてるのに、隠すのは勿体ないよ。見えないわけじゃないんでしょ?」
俺はセイムの意見に目を細める。
「この藍色の目は『オニノメ』といって、普通じゃないんだ。長時間剥き出しのままだと暴走状態になる。それを抑えるために視界を塞ぐ必要があるんだ」
「え、何それかっこいい!」
「いや、暴走状態になると敵味方とかの区別なくなるからな? お前らにも危険が及ぶんだぞ?」
大丈夫だろうか。なんだかとても不安になってきた。
「包帯巻いてんなら、前髪まで伸ばす必要ねえだろ」
「包帯を巻き直す間はどうやって視界を妨害するんだ?」
「うぐ」
とまあ、そういうわけなのである。
「そんなわけがあったんですね」
キミカに目の包帯を巻き直してもらいながら、そのことを話した。
キミカは治癒の能力を持つため、医療関係の手当てはできるように勉強したらしい。包帯などもマザーに頼んで応急処置用に常備させてもらっているのだとか。
まあ、キミカのところに来たのはそれだけが理由ではないのだが……
「じゃあ、前髪のヘアアレンジはよしておきましょう。後ろは三つ編みができそうなくらい長いですね。編んでもいいですか?」
「……そのために俺を呼んだんだろう?」
「ええ!」
とてもいい笑顔である。
キミカは入院生活の最中、病院の女の子の髪の毛を編み込むのを趣味にしていたらしい。聞けば、ユウヒもたまに編まれているのだという。いつぞや彩雲の死神に少女が来たときはそれはもう髪弄りしまくったというのが過去の記録にもあった。
女の子ならいいだろうが、ユウヒは御愁傷様だな。まあ、俺も人のことは言えなくなる。
キミカが髪つやつやでさらさら~とか盛り上がっているこの感じは悪のりをするセイムと同じテンションだ。
諦めよう。




