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虹の死神  作者: 九JACK
虹の死神
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赤迫する時間

 そういえば、とセイムに声をかけようと思ってやめた。

 セイムにはまだ死神の全てを教えてはいない。おれが聞こうとした死神の「罪の数値」についても知らない。知ったら無垢なセイムのことだ。皆にどこにあるのか聞いて回るにちがいない。

 リクヤには特に知られてはいけない。リクヤの罪は「六」で止まっている。リクヤがどんなに罪を重ねても、どんなに罪を浄化しても、その数値から変わらないのは理由がある。

 おれはアイラを見た。目を覆う包帯があるため、彼の表情は伺いづらい。ただ、リクヤを死神に留めているのは、アイラの願いだった。死神で居続けてほしいと願ったわけではない。

 リクヤが自分の罪を浄化するためには、アイラの願いによって消されたリクヤ自身の記憶を思い出さなければならない。自力で、だ。まあ、又聞きだから、確実とは言えないが。最初の頃、二回くらい思い出したことがあったが、その記憶はマザーが修正して、リクヤが浄化されることはなかったもんな。

 ただ、リクヤ解放の条件の一つであるにはちがいない。あいつが思い出したとき、何を思って逝くのか……気になりはするが、今ではないだろう。

 アイラがおれの視線に気づいて近づいてきた。その包帯でよく見えるな。

「どうした?」

「……セイムを死神にしたのはお前だろう? セイムの罪の数値は体のどの辺にあるんだ?」

 色々言い訳はあるが、好奇心に従って聞くことにした。するとアイラは「ああ……」と溜め息のように呟いた。それから、ユウヒを窺う。

 ユウヒはセイムと楽しそうに話していた。あいつがあまり胡散臭く見えないところ、久しぶりに見たな。だが、アイラがユウヒの様子を窺ったことでろくな話ではないというのは察するにあまりある。

 心構えはできたが、それでもアイラの告げた事実は驚くべきものだった。

「セイムに罪の数値はない」

「!?」

 そんな。罪のない者は死神になりすらしないはずだ。

 そこであまり思いつきたくない発想に至る。

「もしかして、セイムが身代わりでなった特例措置(ペナルティ)というやつか」

「さすがにユウヒの次に長く死神をやっているだけあって、飲み込みが早いな。そうらしい。ユウヒからそう教えられた」

 なるほど、アイラが言うのを躊躇うわけだ。おれじゃなくて、リクヤやキミカなら、何かしら訴えただろう。アイラに訴えたところで、どうにもならないのは明白だが。

 罪の数値がない。つまり、浄化を行う必要がないのに、死神の任務をこなしているセイムは無意味なことをしていることになる。死神のシステム上の話だが。

 リクヤとはまた違った意味で、セイムは死神という役目から解放されることはない。解放される条件もない。つまり。

「セイムは永遠に虹の死神青の席を守り続けることになるのか」

「そうだ」

 守ってどうする、と思うような地位だが。

 未来永劫、セイムは死神という役目から逃れることはできない。それが本来虹の死神でもないのに過ぎた願いを口にしたセイムへの(ペナルティ)ということになる。

 ともすれば、セイムはユウヒよりも悠久の時を死神として生きていくことになるのだ。生前、彼はただの一人も殺していないというのに。

「アオイの罪の数値を肩代わりする形になるのかと思っていたが」

「アオイの願いを聞き届けた後、アオイの罪はしっかり浄化しただろう、俺が」

「あ……」

 死神によってその命を刈り取られると、その者の罪は浄化される。一都市を壊滅に追いやったばかりでなく、封印された五千年の間にも忌まれた通りに虐殺を行ったアイラの罪の数値はユウヒのそれを上回るほどだ。そんな者が死神の素質を持って死神になり、その務めを果たしたのなら、大抵の者の罪なら一気に浄化できる。それがどんなに業深い罪でも、数多の罪を背負った者が大勢襲いかかってきても。彼の手にかかれば、一瞬で罪を浄化されてしまう。

 そんな死神の手で命を絶たれたアオイ。彼がどんなにたくさんの人を殺していたとしても、アイラに介錯されたなら、罪の数値は全て吹き飛ぶだろう。

 だから、セイムに引き継がれるアオイの罪の数値など存在しないのだ。そこまで計算してのあの采配。マザーに近くなっているというユウヒの様子もあながち間違いではないのだろう。

 セイムを罰から逃さないために。

 それとは別に、思惑はありそうだ。ユウヒの長年の目的。自傷行為という罪を重ねてまで、死神であり続けようとするのは、虹の死神の七席が全て揃うこと。そのために一席でも、永久の存在にしようと目論んだのだろう。

 まあ、そんな虹の死神も、残り一席、未だに埋まったことのない紫の席のみだ。外では戦争が起こっている。たくさんの死者が出るだろう。それはたくさん人を殺す者が出るということだ。その中に紫の候補者がいてもおかしくはない。ユウヒの夢が叶うのはそう遠い未来ではないだろう。

 おれは何のために願ったかさえ忘れてそれを求め続け、自らの手首に罰のように傷をつけ続けるユウヒを哀れに思っていた。彼は一万五千年以上も待ったのだ。そろそろ彼の夢が報われてもいいはずじゃないか、と思っている。

 が、そこでアイラから指摘された。

「紫の席が間に合えばいいが、まずはお前の現状を認識した方がいいんじゃないか、セッカ」

「え?」

 アイラの言葉におれはきょとんとする。アイラは淡々と述べた。

「虹が七席揃うためには、今いる俺たちも紫の席が現れるまで、死神の生を全うしてはいけない。死神の役目を終えれば、その席が空く。そうしたら、新たにその席の候補が現れるのを待たねばならないだろう?

 ──セッカ、お前は長いこと死神を続けている。続けられているのは、生前にお前が犯した罪がものすごい量の数値だったからだ。だが、お前は俺やユウヒのように自傷行為という罪を重ねて延命しているわけではない。お前こそ、自分の罪の数値があとどれくらいなのか、認識した方がいい」

 おれははっとした。故意に罪を重ねていないおれはユウヒやアイラと違って、そのままに浄化の未来へと近づいているのだ。

 左首筋に触れる。そこにおれの罪の数値はある。最初は十桁だった罪の数値。五千年経った今、どのくらいまで減っているのだろうか。

 アイラに確認してもらうと、五桁にまで減っているという。そのことにおれは危機感を抱いた。

 別に、虹の死神が七席揃うことはユウヒの願いであって、おれの願いではない。けれど、おれはユウヒといた時間があまりにも長く、ユウヒがある程度倫理に抵触しそうな死神のシステムを明かしてくれるほど、互いに肩入れをしていた。そうなれば、ユウヒの願いの成就を見届けたいという気持ちも生まれる。

 そんなユウヒの願いを、せっかく叶う目前まで来た願いを、自分が消えることで、遠ざけてしまうと考えると切なさとやるせなさを覚えた。だからといって、おれはユウヒやアイラのような手段を取ろうとは思えない。

 おれに、時間がない。その事実がおれを焦燥へと飲み込む。どうすれば、おれも一緒に虹が揃う瞬間のその中にいられるだろうか。

 それに……虹が揃うのを見届けられたとして、この死神の記録を誰が引き継いでくれるのだろうか。虹が揃ったところで、おれが長く留まれる保証はない。

 この記録は残したかった。これから先、虹の死神になる者たちへ。引き継いで、語り継いでほしい。それで、それで……

 いつか、この悲しい死神が終わる日が来ることを願ったおれという死神がいたことをどうか、伝えて、覚えていてほしい、から。

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