青色の夢奏者
「はーい、みなさんこんにちはー!」
元気の良い挨拶。黒いマントを纏った陽気なこの少年を人々は幽霊と思いこそすれど、死神とは思うまい。
「な、暗殺者に襲われて死んだはずでは……」
「うん、死んだよ」
さらりとセイムは答えた。おれはああ、セイムだ、とどこか安心する。
セイムは異常だ。自分が普通じゃないことを理解していない。普通なら受け入れがたい事実をあっさり受け入れてしまう異常性。挙げ句、それがどうしたのか、と言わんばかりの疑問符を浮かべた表情をする。生前からセイムはそういう人間だった。
顔色を悪くするモニタールームの人間たちにセイムは場違いなまでのにこにこした顔で告げる。
「じゃあ、ぼくも殺されちゃったし、あなたたちも殺しちゃっていいよね!」
「だ、誰かこいつを押さえろ!!」
「撃て!!」
そんなに広くもない室内で発砲。正気か? セイムはそのときには消えている。誰も目で追えていないが、上だ。マントがひらりとはためき、緑色のシャツとシロツメクサのネックレスが露になる。
しゃらん、と音を立て、モニター前の機械にセイムは降り立った。パフォーマンスはとてもいいが、あの、こっちは銃弾が跳弾してきて避けきれなかったんだが。
まあ、この程度、死ぬことに比べたら、痛くも痒くもない。
「セイム、あまり派手に暴れるな」
「えー、ちょっとかっこつけただけじゃん」
「おれたちの存在は世間にバレちゃならんのだ」
セイムに説明しながら、おれは部屋のカメラを破壊する。ついでに部屋から逃げようとするやつらを二、三人倒した。九節鞭の射程はそこそこ長いのだ。
「前置きはいい。片付けるぞ」
「うーん、セッカのクールでドライな感じもかっこいいなあ。じゃあ、始めよっか」
セイムがマントの中からしゃきん、と抜いたのはサーベルだ。短い期間でも、きちんと訓練を受けたからか、様になっている。
「そ、そもそもお前ら、ここまでどうやって」
「外の連中なら滅茶苦茶張り切ってるお兄さんたちが露払いしてくれたよ」
おれの回答は聞こえただろうか。質問を投げたやつは後ろからセイムに切られていた。一撃でちゃんと仕留めている。
セイムは一人やると、続けざまに何人もざくざくと切った。余裕そうにサーベルをくるくる回し始めるセイムの背後で、じゃき、と拳銃が構えられる音がしたが、直後にその者の頭は銃弾によって吹き飛ぶ。セイムのサーベルは拳銃に変化していた。
おれは絶対にやらないが、マザーに知識さえあれば、死神の鎌はどんな武器にでも形を変える。飛び道具を使うのは賢い選択だろう。
おれは無理だな、と思う。まず使い方がわからないし、当たったとして、人を殺している実感が軽い。
実感の重さで浄化する罪の量が変わるわけではないが、おれは自分の腕に直接、ずしりと殺した命の重みが感じられる方が好きだ。まあ、だからおれはおれで異常で、セイムをどうこう言うことはできないのだろう。
セイムは訓練を受けていただけあって、落ち着いて、冷静に狙いを定める。そんな後ろからサーベルを抜こうとしたやつを、おれは蹴り飛ばした。セイムは顔色を一切変えずに、また一人撃ち殺す。
虹の死神の間で、こうした連携というのは初めてだった。そりゃ、相手の人数が多いときはこちらも何人かで行くことがあるが、おれやアイラは基本的に単騎だし、二人で最終的に殺し合うあれは連携ではない。
初めての任務や引き継ぎのような活動で行うのはあくまで付き添いなので、こうして一緒に戦うというのは新鮮な気がした。
セイムに飛びかかってきた一人を柄の部分で弾き飛ばす。面白いように飛んでいった。
セイムの戦法は近くの敵はサーベルで、中、遠距離の敵は拳銃で屠るというものだ。サーベルから拳銃に変えるのにラグがあるが、格闘一辺倒なおれからすると臨機応変な戦い方だ。拳銃も死神の特殊な武器としての拳銃であるため、弾の装填が必要ないのもいい点だろう。
ただ、弾の装填が必要ないことに甘んじず、一発一発丁寧に狙って当てている。おれが周りの有象無象を相手にしているから丁寧に狙えるというのもあるだろうが、これが敵だったらある程度苦戦しただろうな。
ある程度というのは、このセイムのやり方は周囲のサポートがしっかりしていることが前提でこの精密さが成り立っているからだ。周りの誰かを信用する。おれの人生には存在しなかった選択肢だ。
しゃら、とセイムのネックレスが揺れる音がした。きっと、この隣に立つべきはおれじゃなかったはずだ。
と呑気に考えている場合ではなさそうだ。おれは棍に変えた武器をくるくると回し、襲い来る銃弾を弾く。
「セイム!」
「わかった!」
戦闘中。迷っている暇などないのは当たり前だが、あまりにもセイムが迷いなくおれを信じるものだから、何か疚しいものを感じた。おれは何も悪いことをしていないのに。
無類の信頼。向けられたことのないものだ。
おれが武器を鞭に変え、ざっと振るうと、それを合図におれとセイムは立ち位置を入れ替えた。セイムの発砲音と同時、おれは九節鞭の先を眼前の敵に刺す。
うわあ、と逃げる輩が出たので、おれは身構えたが……心配はいらなかったようだ。
最後の一人の首が宙を舞う。
「やあ、終わったかい?」
「ユウヒさん!」
ユウヒの後にアイラが入ってくる。ユウヒの鎌に首を飛ばされた人間は三歩ほど歩いて崩れた。
「派手にやったな」
アイラの一言に、セイムは得意げににぱっと笑った。
血塗れの部屋で。
「えへ、ぼくもなかなかやるでしょ?」




