表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹の死神  作者: 九JACK
虹の死神
79/150

赤寞

 今日も新聞をもらってきたキミカの表情が暗い。

 それもそうだろう。アオイとセイムの事件を皮切りに、世界は戦争へと舵を切り出したのだから。

 戦争とは人が人を殺すものだ。それはおれたちの間では罪とされる。つまりは人が死ねば死ぬほど、おれたちの役目は増えるということである。

 以前、フランという少年が軍用の生物兵器実験として被験者となり、結果研究所が壊滅した話があった。あそこでフランが反乱を起こさず、そのまま実験体として完成していたなら、戦争は間違いなく起きただろう。彼はそのために改造されたのだから。

 いつの時代も争いは絶えない。今回は世界規模だから戦争だなんて仰々しく表現されるだけで、国の中、街の中、家族の中、個人の中、どこででも争いは起こっている。戦争とはそれが世界規模になっただけ。

 戦争が起こる理由はごまんとある。が、一人人が死んだら、そこからは歯止めが利かなくなったようにたくさん死ぬ。人が死ぬ。今回、クォン国がそのきっかけとなってしまった。

 武力で相手を征しようとするアセロエを止めるためにはこちらも武力をもって挑まねばならない。そういう大義名分をララクラに持たせてしまった。上手いこと悲劇を利用したわけだ。どんな狸が棲んでいるのやら。

「キミカ姉、また新聞もらってきたの? ぼくにも見せて!」

 ……悲劇の当事者は記憶を失って死神をやっている、なんて誰も想像していないだろうな。まだ任務にも行っていないし。ただ、まあ、キミカが暗い顔をするのは底抜けに明るいこの少年が近いうちに人を殺しに出ることになるからだろう。

 虹の死神の青の席に就いたセイムという少年は、クォン国の出身で、暗殺者に殺されかけ、親友が狂って誰も彼もを殺し、その親友の身代わりとして、死神になった。が、本人はそのことを全く覚えていない。今日も首元でしゃらしゃらと揺れているネックレスをくれた親友がいたことすら忘れてしまっている。ユウヒ曰く、記憶喪失はセイムが死神になるにあたって課せられたペナルティらしい。

 死神という仕組みをおれたちはまだまだ理解していない。いつも理不尽なルールや役目を押しつけてくるマザーに反目するリクヤもいるが、セイムの記憶喪失についてはもう何も言わない。

 ユウヒに言われたのだ。「それなら話してあげればいい」と。

 セイムの両親は幼いセイムと共に無理心中を図り、セイムだけを残して死んだ。その後、セイムは両親の友人だったアオイの親に引き取られ、アオイを唯一無二の親友として、学校に通うようになる。無理心中をした者が後ろ指を指されるのは当たり前のことで、セイムは学校でも周りからひそひそ言われながら生きてきた。それはセイム自身の特殊な精神力とアオイが睨みを利かせていたことで大事にならずに済んでいた……ここまではいいとして、いや、あまり良くない部分もあるのだが、問題はこの先だ。

 セイムのことを良く思わない輩が陰口を言っているのを見咎めていたのは、アオイだけではなかった。セイムにとっては母代わりのナキも嫌味を言う連中には言い返していた。ただ、そこでアセロエによる襲撃事件が起こり、ナキが死亡、セイムが負傷したことにより、アオイが暴走して誰彼構わず殺しに殺した。虹の死神に選ばれるほどに。

 セイムはその身代わりになることを選んだものの、結局アオイがおれたちに殺されることは変わらず、親友の身代わりになったものの、その親友は死んでしまった。……そのことを伝えてしまえばいい、と。

 セイムはどんな顔をするだろうか。笑うのだろうか。泣くのだろうか。思い出せないと戸惑うのだろうか。

 無為に人を苦しませる選択を真っ直ぐなリクヤは好まない。まあ、リクヤはそのままでいいよ。

 生前いた国で戦争が起きたなんて言われても、反応に困るだろう。セイムはあれでいて闇が深そうだ。元々の性格なのか、両親の影響でねじ曲がったのかは知らないが、自分のことをどうこう言われようと別にアオイがいれば平気だよ、と言ってのけた猛者だ。

 誰かがいたら、平気だったのだろうか。おれも。

 とりとめのないことを書いてしまった。

 どうやら新聞ではクォン国は景気よく焼き払われたとのこと。大勢の人が死んだだろう。焼き払ったということは爆弾か何かだ。この場合、その大勢とやらは誰に殺されたことになるのだろう。爆弾を作った人間? 爆弾を設置した人間? 爆弾を落とした人間? 爆弾のスイッチを押した人間?

 そんなおれの疑問に答えるようにマザーが告げた。

『全員です』

「は?」

 リクヤがどこへともなくガンを飛ばす。マザーは動じることなく淡々と続けた。

『爆弾を作った人間、設置した人間、落とした人間、スイッチを押した人間。どれも大勢の人間の命を奪った罪人です。あなたたちが刈るのはこの全員です』

「人の命はかけがえのないものだよ」

 そこへマザーの言葉を受け継ぐようにユウヒが現れた。慈愛に満ちた微笑みを浮かべるようになったユウヒは、どこか遠い人のように感じる。リクヤは胡散臭そうに顔を歪めた。

「命を勝手に弄ぶことは許されない罪だ。けれど、命の罪は命で償うしかないとなった場合、何人もの命を奪った人間はその命で奪ってきた人数分の命を償えるかな?」

「はい、先生!」

「はい、セイムくん」

 乗りがいいな。

「そもそも命は等価じゃないので償えません!」

「おや、興味深い意見が出たね。どうしてか説明できるかい?」

 セイムは一呼吸置いてから告げた。

「誰かにとっては大嫌いな人も、誰かにとっては大好きな人だからです。人によって人の命の価値は変わります。嫌いだと思う人の方が多い人と、好きだと思う人の方が多い人、この人たちの命をイコールで結べないと思います」

 生前学校に行っていただけあって、しっかりこういう受け答えができるんだな。おれは妙に感心してしまった。あとやっぱり、クォン国の教育は倫理観がしっかりしているんだな。

 例えば、おれにとってのアーゼンクロイツみたいなものだろう。フィウナだったら助けるが、フィウナの父や母だったら、たぶんおれは助けない。医療ミスでバッシングされた時代のアーゼンクロイツは憎まれたことだろうが、国境を超えて活動する医療団体を築いた今の時代のアーゼンクロイツは好かれているだろう。同じ名前でも、同じ血族でも、命は人にとって等価ではない。

 それに対するユウヒの意見はこうだ。

「命は等価ではない。なるほど、人間にとってはそうだろうね。でも、世界にとっては違う」

「え」

 おれたちは人間じゃない。

「世界から見れば、人間も動物も植物も、皆等しく命だ。人間にとっての命の価値を裁くのは人間の作った司法だよ。世界にとっての人間の命を裁く担当が私たち、死神だ」

 おれたちは慈母神とやらに仕える死神だ。

 少なくとも、ユウヒはそうなってしまった。

「というわけで、任務に行こうか、セイムくん」

「は、はい!」

 へえ。覚えていないとはいえ、自国を滅ぼした人間の始末をセイムにさせるとは、相変わらずマザーはいい趣味をしている。

「セッカとアイラもついておいで」

「おれたちが?」

 おれとアイラの組み合わせが指名されるとろくなことにならないんだが。

 ああ、でもそうか。今回相手にするのは軍隊だ。セイムの能力が未知数な分、千切っては投げ、千切っては投げ、ができる要員はいた方がいいか。おれの場合、むしろそれしかできない。

「おい、オレらは?」

「相手にするのは訓練された軍隊だよ。キミカが行くのは危ない。リクヤはキミカを守ってあげて」

「お、おう……」

 ユウヒもリクヤの扱い方を覚えてきたようだな。まあ、キミカは情報収集として街に出ることもあるだろうし、用心棒が一人くらいいた方がいい。おれやアイラは過剰防衛しかねないからな。

「ユウヒも来るのか?」

「駄目?」

「いや、虹の死神四人がかりでの任務なんて初めてなもんだから」

 おれが言うと、ユウヒは嬉しそうに笑った。

「そう、そうなんだよ! こんな大勢で繰り出すのはいつ以来かな。もう一色も、そんなに待たずに済みそうだからね。今から楽しみだよ」

 そうか。戦争が起これば大量に人を殺す兵士が必ず出てくる。それが虹の死神候補になり得るのだ。

 虹の死神が七人揃うのは、ユウヒの兼ねてよりの楽しみだ。夢や願いに近いだろう。一万年以上待ったそのときが近づいてきているのだ。浮き足も立つだろう。

 それは誰かが誰かを殺すということだ。ユウヒはその前提を踏まえているのだろうか。セイムのような犠牲の下に立つ人間が死神になることに複雑な思いを抱くのはおれだけだろうか。

 そもそも、虹の死神が揃ったとして、何になるというのだろうか。

 疑問は胸に仕舞い、おれたちは扉の向こうへと出た。死神として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ