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虹の死神  作者: 九JACK
死神たる者
78/150

新緑に埋もれる

 一応、書いておこうか。

 アオイが暴走した理由だが、セイムがいじめられていたからだった。

 ミアトから頼まれ事をして、ナキに会いに二人で首都にある臨時対策部に訪れた。そこで起こった出来事は、アオイにとって、引き金にすぎなかったのだ。

 セイムは訓練という名の暴力を受けていた。ずっと忌み嫌われていた心中一家の生き残りが軍事訓練という大義名分の下に放り出された結果がそれだ。暴力が許されてしまった檻の中で暴力を振るうことは誰にも咎められることがなく、さぞや楽しかったことだろう。

 セイムは受け身の練習になったとにこにこしていたので、アオイは相当もやもやしていたようだ。いじめられていると感じたらそれはいじめ、という文句はよく聞くが、その逆はどうなのだろうか。いじめられていると当人が感じていなければそれはいじめではないとするしかないのだろうか。

 セイムはそういう点はかなり鈍そうだったから、アオイは以前からやきもきしていた。それはおれも見て知っている。ずっと前から溜まっていたのだ。

 良くなかったのは、子どもたちだけでなく、保護者たちもセイムの存在を見下していたことだろう。二人が訪れたことを知った同郷の者がナキに対し「ナキさんは人格者でらっしゃいますね。あんなろくでなしの心中一家の子を我が子と分け隔てなく育ててらっしゃるのですから」という皮肉を放ったことが発端で、今回の惨劇は起きた。

「お褒めいただき、光栄でございます。奥様もきっと人格者になれますよ。人を蔑む言葉をお使いにならなければ」

 さらりと友人を貶されたのをあの芯の強そうなご婦人が流すわけもなかった。

 人の悪口を言って笑うような輩は無駄にプライドが高い。すぐにキレたそうだ。堪忍袋の緒が短いものだな。

 一方的に怒鳴りつけても、ひらりひらりとかわされるばかり。周囲に怪訝な目で見られ始め、中にくすくすと笑う声が混じってきたことで、そのご婦人は怒りに顔を真っ赤に染め、セイムに掴みかかったという。「お前さえいなければ」と。

 全く、理不尽な話だ。親が心中したから何だというのか。

 アオイやナキが宥めようとしたが、そこで思わぬ横槍が入る。

「クォン国の皆さんこんにちは。そしてさようなら」

 暗殺者が紛れていた。相当な手練れで、建物にいた人間は瞬く間に殺されていったという。

 なるほどな。それであのとき、死体があんなにあったわけか、と妙に納得してしまった。アオイだけの仕業ではなかったようだ。

 ただ、その暗殺者が放った凶弾をセイムが受けてしまった。そこからアオイが豹変する。

 室内での銃撃戦ほど愚かなものはない。アオイはそんな中を潜り抜け、銃を持つ者を片っ端から殺した。その才はとても素人とは思えないものだった。

 ただ、銃弾を避けるなど超人の業だ。セイムは避けられなかった。だからアオイは敵味方関係なく殺していった。銃を奪い、奪った銃で持ち主を撃ち抜く。弾切れをしたら、また新たに奪えばいい。

 アオイの過ちは敵味方関係なく、蹴散らしたことだろう。アオイを敵だと勘違いした味方まで撃ってきたのだ。

 アオイは避けられても、セイムはそうはいかない。アオイがセイムの負傷に反応することから、銃口はセイムに向いた。

 それを庇ってナキが立ち回り、医務室で応急措置を、と医務室に向かったのだが、そこでセイムを庇い、ナキが死亡。セイムも重傷。アオイを止める者も、止める理由もなくなってしまった。

 ──それが、アイラがアオイの死に際にアオイの記憶を見て得た情報だ。

 ユウヒ曰く、セイムからはもう記憶を引き出すことはできないらしい。

 それは何故か。

 セイムを回収し、死神界に戻ってからのことだ。


 セイムはアオイの代わりに虹の死神として死神になったため、運ばれたのは霊凍室ではなく、リビングだった。セイムの部屋はマザーが準備中だという。

 ソファにそっとセイムを横たえるアイラ。アイラがそこから退くと、キミカとリクヤがセイムに寄った。その青白い顔を痛ましげに見つめる。

 キミカも顔色が悪いので休んだ方がよさそうだったが、セイムの手を握りしめるキミカの手が震えていたので、おれは結局何も言わなかった。キミカはセイムから慕われていたし、思い入れも一入なのだろう。

 セイムが目覚めたら、二人で編み物をするのだろうか。草原で花冠を作ることもあるかもしれない。そうして二人が笑い合う日が訪れるのなら、アオイの選択は間違っていなかったのだと思える。

 ただ、おれたちは忘れていた。

 マザーがそう易々と幸せをおれたちに与えないことを。

 ぱちり、とセイムが目を開ける。以前よりも青みが強くなった気がするその目は何度か瞬かれた。キミカとリクヤが口々にその名を呼ぶ。

「セイムくん!」

「セイム! 大丈夫か?」

 名前を呼ばれ、セイムはきょとんとする。

 おれはこのとき嫌な予感がした。ろくでもないことになっている予感。マザーが関わっているとろくなことにならないのは経験則でわかるのだ。

 ぽかん、とキミカとリクヤを見つめ返していたセイムが気まずそうに紡ぐ。

「えっと……お兄さんたち、誰?」

 キミカとリクヤが呆然とする。アイラはなんとなくわかっていたのか、目線をキミカたちから逸らした。その目線の先にはユウヒがいる。

 ユウヒはにこにことしていた。にこにこにこにこと笑みを絶やさない。笑みが真顔であるかのように。それは奇妙で不気味に見えた。

 それにすぐ気づいたのは、案の定リクヤだ。鬼の形相でユウヒに詰め寄る。そんなリクヤの様子にもぴくりともせずににこにこと笑い続けるユウヒ。おれはぼんやりと、ユウヒは死神で、リクヤはまだ人間なのだな、と認識した。

 ユウヒもリクヤも死神にはなっている。だが、その心の有り様はあまりにも異なった。ユウヒは人間らしくあるには死神として生きすぎたし、リクヤは死神になっても人間としての心がなくなることはないまま五千年存在している。どちらがおかしくて、どちらが正しいのかなんて、おれにはわからない。

 何かリクヤが怒鳴る前に、ユウヒが早口で告げた。

「その子の記憶はなくなっているよ。ペナルティとしてね」

「ペナルティ、だと?」

 びきびき、とリクヤのこめかみに青筋が浮かぶ。激しい感情の発露におれは感心すら覚えた。リクヤは死神というには生々しい人間としての感情を保っている。時に、人間より人間らしいくらいだ。どうしてそのままでいられるのだろうか。羨ましくはないが、知りたかった。

 ペナルティというユウヒの表現に引っ掛かりを覚えたのはおれも同じだ。無言で説明を催促するようにユウヒを見つめた。

 ユウヒはからからと笑うように話し始めた。

「罪というのは、肩代わりはできても、実際にそれを犯したのは誰かという事実までは変えられない。だからね、本来誰かの代わりに死神になるというのはあり得てはいけないんだよ。セイムくんはそういう決まりというか、理を犯したんだ。何か罰が下ってもおかしくないだろう?」

「おかしいですよ!!」

 そう叫んだのは、キミカだった。見ると、その金色の目には涙が湛えられている。

「おかしいですよ。セイムくんはただアオイくんを救いたくて願っただけなのに、何故罰を受けなければならないのですか?」

「罰がないなんて誰も言っていないよ。願いに代償はつきものだ。それに、むしろこの方がよかったんじゃないかなって私は思うんだけど」

 意味がわからない、という顔をするキミカとリクヤにユウヒは丁寧に説明する。

「今回叶えなければならない願いは二つあった。一つはセイムくんがアオイくんの身代わりとして死神になること。もう一つはアオイくんの願いであるセイムくんが幸せに生きること。

 ……自分はどうなったっていい、と思うくらい生きていた友達がもういない世界で、その友達との記憶をずっと持ち続けることの方がつらいとは思わない?」

 くしゃり、と二人の顔が歪む。何も言い返せなかった。セイムが幸せでいるためにセイムの記憶を奪ったのだ。

「まあ、生まれたときからずっと一緒だったから、全部の記憶を奪うことになったのだけれどね。だから、セイムくんは記憶喪失だ。大丈夫。彼はこれからずっと死神で居続けるのだから、君たちとの思い出は、また一から紡いでいけばいいよ」

 ユウヒはへらっと笑って言った。おそらく慰めているつもりなのだろう。

 きっと、セイムにとって一番大切だったのはアオイとの思い出だっただろうに、この男にはそれがわからないのだ。

「あの、何の話をしているんですか?」

「そこそこ難しい話だよ。はじめまして、セイム。おれの名前はセッカ。これから一緒に過ごしていくことになるから、よろしくな」

 おれは簡単に自己紹介をして、あとはこのお兄さんたちに聞いてくれ、と説明をキミカとリクヤに丸投げして外に出ることにした。

「ちょっ、セッカ、どこ行くんだよ?」

 リクヤの慌てたような声におれもへらりと笑って答えた。

「野暮用だよ」


 そうしておれが訪れたのはアオイとセイムが暮らしていた家だ。

「……セッカさん?」

「お久しぶりです、ミアトさん」

 少し痩せて見えるが、相変わらず顔がいい。黒髪も整えられていて、服もきちんとしたものを着ている。ミアトは確か教師だから、身なりはしっかり整えるよう、心がけているのだろう。

 家の中に案内された。突然の来訪に嫌な顔一つせず、ミアトはコーヒーを煎れてくれる。アオイやセイムやナキのことについては一切触れなかった。

 思えば、この人物も過酷な運命を辿っている。親友が心中して死に、その子どもを引き取って育て、今は大切な家族を全員失ってしまった。しかも、一度に三人失ったのだ。

 ことり、とコーヒーの入ったカップが置かれ、ミアトが向かいに座ったところでおれは切り出した。

「風の噂で聞きました。……大変でしたね」

「ええ。戦争になったらただでは済まないのはわかっていましたが、まさかこうも早く、こんなことになるなんて。……残念ながら、セイムとアオイは遺体すら見つかっていませんが」

 セイムは死神に、アオイの死体はおれたちという第三勢力の存在を気取られないために隠した。ミアトの元にはナキしか帰ってこなかった。

 必要なことだったから仕方ない、とおれたちは思えても、ミアトはそうはいかないだろう。そう思っていたのだが。

「アオイとセイムはきっと二人でどこかに逃げたのだろうと思っています。二人は二人きりになりたがっていましたから」

「そうなんですか?」

「ええ。親友たちの面影を見ているようで、私たちも止められなかった。駄目だよ、なんて言えなかった。もし、あの二人の分、この子たちを幸せにできたなら、もし死んでから親友に会ったとき、胸を張れると思って、私はあの二人を大切にしてきました」

 重い荷物を一つ一つ下ろすように、ミアトは語った。ミアトの思いはナキも同じだったようで、だからこそ、たくさんの愛情を二人に平等に注いできたのだという。

 それなら、祈るべきは冥福ではないだろう。

「二人の幸せを、おれも祈ります」

「ありがとうございます」

「……二人の部屋を見せていただいても?」

「ええ。そのままにしてありますから、どうぞご自由に」

 セイムの部屋にもアオイの部屋にも入ったことはなかったが、二人らしい部屋だな、と入った瞬間に思った。

 几帳面に整頓されたアオイの部屋。草花をモチーフにしたものが色々置かれているセイムの部屋。

 セイムの部屋の中で大切に仕舞われていたものをおれは持ち帰ることにした。ミアトは気づいていそうだが、何も言わなかった。


「わあ、これがぼくの部屋?」

 セイムが状況を理解して、馴染むのは早かった。一週間ほどで元の気さくな感じになり、キミカのことをキミカ姉、リクヤをリクヤ兄、アイラをアイラ兄と呼ぶように。唯一おれは呼び捨てにされている。

 マザーが完成させたセイムの部屋は明るい部屋だった。草花をモチーフにしたデザインが所々にある。

 そんな部屋の中の机の上に、箱が一つあった。

「なんだろ、これ……」

 セイムが好奇心の赴くままに開けた箱の中にあったのは、ネックレスだった。

「シロツメクサの、ネックレス……」

 セイムの部屋にあったものだ。その傍らにはメモがあり、「アオイからもらった宝物」と書いてあった。

「えへへ、キミカ姉、リクヤ兄、これ似合う?」

「ええ、とても」

「はは、嬉しそうだな」

 おれは和やかな光景を無言で眺めていた。

 シロツメクサの花言葉は幸運、約束、私を思って。

 ネックレスを贈ることに秘められた意味は束縛だ。


 アオイ、どうかこれで許してくれ。

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