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虹の死神  作者: 九JACK
死神たる者
73/150

藍よりも青く

 今日はアイラ、おれ、ユウヒの三人で外を歩くことになった……というか、外に放り出されたというのが正しいかもしれない。

 キミカが倒れているところを目敏く発見したリクヤが自傷常習犯であるアイラとユウヒを追い出したのだ。キミカの能力を使わせないで済むように、アイラとユウヒを見張れ、とおれに丸投げである。

 まあ、リクヤに任せるよりは遥かにいいにちがいないが、どうしろというんだ、と思いながら、おれは街を歩いた。

 一応、クォン国……つまりアオイたちが住んでいる国である。アオイたちに会うつもりはないが、まあ……目立って目立って仕方ない。

 何が目立つって、まずアイラだ。マザーの用意した一般人に紛れるための服を着てくれたのはいいのだが、目の包帯は外してくれなかった。アイラにとって目は忌々しい色なのかもしれないが、明らかに浮いている。これで盲目を装って杖でも持ち歩いてくれたならまだよかったのだが、目を完全に包帯で覆った状態で歩くものだから、周囲から怪訝な目で見られる。どちらかというと、おれも怪訝な目を向けられて育った方だが、なんと居心地の悪いことだろう。その上アイラは背が高いので通りすがりの何人かに一人二人は振り返っていく。

 次にユウヒ。これは黙々と歩くだけのアイラと正反対に滅茶苦茶喋る。なんか気づくと誰かと話している。それで顔がいいものだから、人が寄ってくる。うん、そうなんだ。こいつ、顔がいいんだよな……

 まあ、リクヤなんかも顔がいいし、アイラも醜男ということはない。ただ、こう、なんだ。胡散臭さが全開に見えるので、ユウヒの口がよく回ることに呆気にとられているというか、何か間違えて詐欺とかしていないだろうな、といらぬ心配をしてしまう。

 おれは二人の間に立っていて、この二人よりもひょろ長いので、それだけで目立つ。白ずくめというのも目立つものだ。

「そりゃ、そんな真っ白い服着て、フードを目深に被っていたら目立つさ」

 笑い飛ばすユウヒを少し殴りたくなった。お前には言われたくない。

 が、ユウヒはユウヒで考えがあったようで、いつの間にか金銭を手にしていた。

「これで三人でお茶するくらいはできるでしょう」

「すごいな、どうやって……」

 二時間くらい、当て所なくぶらぶらしていただけだというのに。

「お金が物を言うことがあるからね。物々交換だよ」

「盗んだとかじゃないよな?」

「まさか! まあ、自分のものばかりではなかったけどさ」

 それはそれでどうなんだ、と思っていると、アイラが口を挟む。

「誰のものを換金したんだ?」

 するとユウヒは自嘲が滲んだ笑みを浮かべた。

「過去の虹の死神のものさ」

 その一言に、なんだか何も言えなくなり、閉口する。過去のものにどれだけ価値があるのかはわからない。ただ、ユウヒの一言は、確かにおれたちより「過去(まえ)」にそういう存在があったことを示して微妙な気持ちになった。

 別に、おれが虹の死神になるより前に、何人もの虹の死神が入れ替わり立ち替わりしていたのは聞いて知っている。そんな彼らの遺物が存在して、今おれたちのために換金されたという事実を知ると、もやもやとした気持ちになる。

 彼らは悪くない。死神という役目にどういう思いを抱いていたのか、気になりはするが、だからどうというわけでもないのだ。何と言ったらいいのだろう……気持ち悪さ? 気味の悪さ? そんな感じのものが胃の辺りで淀む。

 おれたちが黙りこくるのをよそに、ユウヒが喫茶店を見つけてさくさくと入っていく。三人です、と店員に言い、奥の席に案内された。

「室内に入ったんだから、フードはもういいんじゃない?」

「……ああ」

 おれはおずおずとフードを取った。 真っ白いのは髪も変わらないので、周囲からの奇異の視線はむしろ増したように思う。

 ああ、それで窓のない席に、と思ったが、相変わらず居心地は悪いので、礼は言わなかった。おれの容姿はどうにもならないので諦めるしかない。

 ユウヒはメニューを手に取り、それらしく眺めていたが、やがて苦笑してメニューをおれに寄越してきた。

「読めない」

「えぇ……?」

 ユウヒが小さく言う。自分が使ってたのいつの時代の文字だと思うの、と。

「セッカは学校行ったことないのに、文字すらすら書くよね」

「最初に拾ってくれた家が医者の家系だった。世話好きなお嬢さんが文字や勉強を教えてくれた」

「お嬢さんとは随分突き放した呼び方をするね。義理とはいえ姉だったんだろう?」

「あまり掘り返さないでくれ」

 いい加減忘れたいのだ。五千年以上も未練たらたらでいたくない。

「それに、教養だったらキミカの方があるだろう」

「確かに」

 即答するな。

「神様の子どもやってたからねえ、キミカは。読書が趣味だし、倫理観がしっかりしてる。黄の席はいつもまとも枠だ」

「まとも枠って……」

「人の生き死にに関わりすぎて死神になるようなやつが、まともなわけないだろう?」

「それ、自分の顔見て言えるか?」

 人のことは言えないが。ブラックジョークにも程があるだろう。

 おれはメニューに目を落とす。ドリンクがいくつか書かれていた。あと、食べ物らしき表記もある。「らしき」となるのは見たことがない名前が羅列していたからだ。

 死神になる前もろくに飲み食いして来なかったのに、死神になってからは飲み食いすることがなかったため、食べ物の名前がわからない。なんだ、「ピザ」って。

「飲み物の種類が多いな」

 じっとおれの横からメニューを眺めていたアイラが口を開いた。

 そういえばこいつは諸事情があって、つい最近まで生きていたんだったな、とふと思い出した。よくわからない言葉はこいつに聞こう。

 というか、キミカとリクヤのありがたみがわかる。あいつらが時代の変遷にきちんとついていくから、おれも取り残されないで済んでいるわけだ。ユウヒのように社交的でいて不変を好むやつと、そもそも人と積極的に関わらないアイラといたのでは、おれも二人に引っ張られて取り残されたかもしれない。

「レモネードってレモン水と何か違うのか?」

「ああ。レモン水はただ水にレモンを絞ったものだが、レモネードは──」

「あれ? セッカさんだー!」

 おれは闖入してきた声に驚いた。やほやほ、とこちらに手を振るのはセイムだ。アオイも一緒にいる。たまたま店員に近くの席に案内されたらしい。

「キミカ姉とリクヤさんはー?」

「キミカはちょっと体調を崩して、リクヤがその面倒を見てる」

「ええっ!? キミカ姉大丈夫なの!?」

「元々体が弱かっただけだから大丈夫だ」

 というかとても普通にキミカ姉と呼んでいるセイムに性別の訂正はしなくていいのだろうか。嫌ならキミカ自身が訂正するからいいのか?

 セイムと向かいの席に座ったアオイがそろそろと質問する。

「あの……そちらの方たちは?」

「ああ、ええと」

 どう紹介したらいいんだ。不審者と不審者だぞ。

「……友人のアイラとユウヒだ」

「セッカさんは友達いっぱいだね!」

「セッカでいいよ」

 友達、と言われて、自分でそう言ったのに、なんだか複雑な気持ちになってしまった。家族というよりはまし、と思うことにして、この感情を飲み下そうと考える。

 おれはきょとんとしているアイラとユウヒに向けて、セイムとアオイを紹介した。名前くらいしか知らないことに気づいたが、アオイが死神になれば、嫌でも知ることだから語らなかった。

「キミカたちから話は聞いてるよ。仲良くしてくれてるんだね、ありがとう」

「どういたしまして!」

 アオイが一気にユウヒに対して不信感を露にする。顔には「どういう目線?」と書かれていた。気持ちはすごくわかる。おれも思った。

「ユウヒさん、ミステリアスーって感じだね。何歳なんですか?」

「んー、一万五千歳かな」

「うそおー」

 冗談めかしているが、ほぼ事実なので笑えない。笑って流せるセイムのスルースキルが凄まじい。

「アイラさんは目の病気か何か?」

「いや……」

「ひどい火傷痕があって、顔を隠してるんだ。あんまり言わないであげてね」

 アイラとおれが言葉に詰まっていると、ユウヒはさらりと嘘を言った。方便というやつである。こういうのがさらりと出てくる辺り、ユウヒは人慣れしているなあ、と感心する。まあ、一万と五千年も死神として人間を見続けてきたのだから、人慣れも何もあったもんじゃないだろうが。

 口元に人差し指を当てたユウヒをアオイは警戒していた。セイムの興味が向いたのを感じたからだろう。ユウヒ、わざとやってないか? 大人気ない。

 アイラはそれをじっと眺めていた。アオイが気づかないのが不思議なくらい、アオイをじっと見つめていた。おそらく、包帯の奥の藍色の瞳は。

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