誰の青にもならない
新しい友達。
おれは二つ思った。
その役目はおれたちでない方がいい、と。もし、おれたちが人間ではないと知れたら、その時点で友情が破綻する可能性があるのだ。同じ時間を生きられない。虹の死神候補であるアオイは後々共に過ごすことになるが、問題はセイムだ。もうキミカにものすごく懐いている。キミカが比較的人から懐かれやすいというのもあるだろうが。
年を取らないキミカやおれたちを、いつか離れ離れになることが確定しているおれたちをセイムは受け入れて、それでも笑っていられるだろうか。
死神であることをばらしてはいけないし、ばらすつもりもない。ただ、残されるセイムという子どもが少し、哀れな気がした。まあ、おれに哀れまれる謂われなどないだろうが。
もう一つ、思ったのは「そもそも新しい友達が二人に必要か」ということだ。少なくとも、アオイは望んでいないように見える。
きっと、アオイにとってセイムはただ一人の何者にも替えがたい存在なのだ。だからセイム以外のものはいらないし、セイム以上のものもいらないのだろう。アオイがおれたちや周りを威嚇しているのは、二人の領域に入ってきてほしくない故なのだと思う。
ではセイムはどう思っているのだろうか。今のアオイと二人でいる環境を悪くは思っていないと思う。周りから陰口を叩かれても気にしないのは強さではなく、セイム本人の持つ周りとのずれのような気がするが……キミカに懐いたあたり、アオイのように「二人だけの世界でなければならない」というわけではなさそうだ。
セイムがいいのならアオイもいいのかもしれない。ただ、ミアトの言う「新しい友達」が今まで安定していた二人の仲を引き裂くようになったとしたら……それがこれからアオイを襲う「悲劇」の引き金になったとしたら、おれはともかく、キミカやリクヤは耐えられるだろうか。
このままの関係の方が二人にとって望ましいのではないか、とどうしても思ってしまうのだ。
「友達っすか……オレら、ちょっと年離れてると思うんですけど」
「そうなんですか?」
口を開いたリクヤにミアトは疑問符を浮かべる。眼鏡の奥の青が光を乱反射するように煌めいた。
リクヤは苦笑いしながら伝える。
「オレは二十歳っす。こいつは十五らしいですけど……キミカは三十くらいじゃなかったか?」
「ああ、そう聞いてる」
「若々しい方ですね」
キミカの年齢には驚いたようで、ミアトが笑う。確かにキミカは若く見える。何を基準に、と言われると困るが、おそらく同年代くらいのユウヒと比べると十歳くらいは確実に違いそうだ。
リクヤは別の意味で若く見えるが、それは言わないでおこう。たぶん怒られるから。
「アオイとセイムは今年で十八です。学校も大学に行くことになるのかな」
「大学……」
「進学希望なんですか? あの二人」
ミアトの表情が少し険しいものになって、おれはリクヤと顔を見合わせる。雲行きが怪しくなるようなことを言ったつもりはないので、戸惑っていた。
ミアトが重たそうに口を開く。
「あまり近い国でのことではないのですが、冷戦状態だったのが、両国軍事を整え始めている、という噂があって……戦争が起こるかもしれないんです」
そんな物騒な話になっているのか、この世界は。それならキミカが新聞で何か知っているかもしれない。後で聞いてみよう。
リクヤは首を傾げる。
「でもこの国のことじゃないんですよね?」
「ええ。ですが、この国が巻き込まれる可能性は高いんです。この国は豊かで、若い世代がたくさんいますから。……アオイやセイムのような若い年齢は徴兵するのに適しています。何ならもう少し下の世代だって、兵士にすることは可能でしょう。
この国は件の両国とも積極的に関わってきませんでした。敵でも味方でも、中立でもないんです。どちらかを選ばなくてはならないとき、そこで中立という第三の選択肢を採ることはとても難しい。せめて、この国が中立である姿勢を示してくれればいいのですが……」
え、ええと? おれは訳がわからなくて、頭がぐるぐるとしてきた。徴兵、敵味方、中立、第三の選択肢?
リクヤがああ、と頷く。
「つまりは、兵士にされるかもしれないから、進学か就職かは一概に言えない、と」
「ええ。ただ、二人には二人の好きなように生きてほしいから、二人が一緒でいられる進学の方がいいのかな、と」
二人はまだ希望を明確にはしていないらしい。アオイが大学に行きたいようなことを言っていたらしく、セイムがアオイと一緒にいられるなら、と語ったのだとか。
やはり、新しい友達というのは必要ないのではないか? 友情が二人の間で完結している。完成されているものに手を加えるのは野暮というものではないだろうか。
ただ、戦争の話を聞くに、二人が同じ大学に通えたとして、それは束の間の夢として終わるのかもしれない。二人が兵役することになれば、必ずずっと二人でいられるわけではないだろうし。
戦争の影が全くなかったわけではない。フランやアリアが犠牲になった竜鱗細胞のこともある。資料などは抹消されたとはいえ、何かの拍子にまた発見されるかもしれない。あの頃より科学技術は進んでいるわけだし。
そういうものの犠牲にあの二人がなるかもしれないと考えると、出会ったばかりのおれでも胸が痛んだ。リクヤが言ったおれの年齢はおれの享年であり、死神としてはそれより遥かに長い時を過ごしている。それに、子どもが死ぬのは、つらい。
守れなかったものを思い出すような話だった。もしかしたら、あの頃の方がましだったのかもしれない。結局みんな死んだけれど、人数からすれば、施設一つが滅んだだけだ。戦争となると、二桁で済むわけがない。
幸せそうな二人の未来にそんな暗雲が立ち込めているのが恐ろしかった。それと同時にわかったことがある。
戦争が起こるということは、たくさんの人が殺し、殺される。──死神がたくさん生まれる。
もしくは虹の死神や彩雲が揃うことになるかもしれない。その可能性がよぎったとき、おれの脳裏にはユウヒの顔が浮かんだ。
もう空ろで、出会ったときの飄々とした、少し胡散臭い様子は窺えない。そんなユウヒが望むのは、虹が全員揃うこと。
そうしたら、おれの知らないユウヒの一万年も報われるような気がして……おれも変わったな、と思う。
虹の死神が揃うことを望むなんて。
ユウヒに感化されたのかもしれない。なんだかんだ言って、一番長い付き合いだから。おれは世界のことをよく知らないまま、孤独と暴力の中で生きて、死んだ。だから、感化されやすいのだろう。
ただ、おれが虹を望むのはユウヒのためだ。死神が本来あってはならないような、道理から外れた存在であるということは忘れていない。
ただ、ユウヒがざくざくと手首を切り刻むのをやめてくれたらいい、と思う。




