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虹の死神  作者: 九JACK
死神の始まり
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黄金の月

 おれが死神となってから、数年が経ち、あまり嬉しくはないが、仕事に慣れてきた。ついでに言うと、マザーの性悪にもある程度の諦念を持って挑めるようになった。

 ユウヒも変わらずいる。どうやら暴走持ちのおれが心配ということで、わざわざ罪を加算して留まってくれているようだ。

 さすがは万に近い時を死神としているだけあって、罪の加算、軽減、死神界について、など死神の勝手を色々教えてくれた。

 まあ主に『罪』についてだが。

 罪は死神の仕事──罪ある命の魂を刈るというのをこなすことで軽減される。それ以外で軽減される例はまず見られないとのことだ。

 しかし、加算の条件は、山のようにある。いつかおれが死んでからずたぼろにした死体に例を見るように、無意味な殺傷は罰の対象となる。それが事故等不可抗力であっても、だ。ただし、死神同士の間では無効となる。まあ、どんなに傷つけても不老不死である。罪が消える以外のことで死神の観点からする『死』はあり得ない。

 また、自傷行為、自殺幇助などは罪に数えられる。例えば、「死にたい」と願う人間に「殺してほしい」と請われても、死神の任務の対象でなければ、殺してはいけないし、傷つけてもいけない。やがてその人物自身が酷い自傷行為の積み重ねで魂を刈る対象とみなされたときにようやく、刈ることができる。罪の数値の基準がわからない通り、その辺りの基準もいささか不分明であるが、死神界においてはマザーが法、と覚えておくといい、と苦笑混じりにユウヒに教えられた。

 このうちでユウヒは手っ取り早い『自傷行為』を繰り返すことによって、罪を加算させ、浄化を免れている。気の遠くなるような年数を死神として生きているはずなのに、おれのためとはいえ、よくもまあ死神で居続ける道を選べるものだ。それとも、長く生きすぎたせいで、そこに対する感情は擦りきれてしまったのだろうか。どちらにせよ、ユウヒに浄化を望む様子がないのは確かだ。


 初めて、おれに魂刈りではない任務が来たのは、ユウヒが幾度目か知れぬ自傷行為を始めたときだった。罪の加算による痛みと実際の傷の痛みとでユウヒが苦しむのを見計らったようなタイミングにいつもながら気分が悪くなる。

 任務の内容におれは軽く目を見開き、ユウヒは脂汗を流しながらも薄く笑った。

『新たな死神を迎えに行ってください』

 それが今回の任務らしい。

「わざわざ『虹』の私たちに指名ということは……新たな『虹』の出現ですか」

 虹の死神というのは名の示すとおり色を司る存在がいる。虹の七色が揃ったことはないらしいが。

 その事実にはおれも興味を持った。何せ、虹の死神はおれ以外にはユウヒしか見たことがなかったから。

 日記や見聞から、虹に選ばれるのは相当ろくでもない人生を送った、虹に見合う名前を持つ人物らしい。

『さすがはユウヒ、鋭いですね。そうです。今回迎えてもらうのは虹の「黄」を司る死神。名はキミカ』

「……キミカ? 貴女に見せてもらった候補者の中にそんな名前はなかったはずですが」

 ここ数年で教えられたのだが、『虹の死神』の選考というのは厳密らしく、『候補者』という現段階で罪の数値が高くなるであろう人物を監視し、時期を見て迎えに行かせるという形を取っているらしい。おれも、義父殺しをした辺りから監視対象に入っていたと聞く。

 それでもおれは虹になるまで早かった、とユウヒは言う。ではその候補にすらなっていなかったのに虹に任命されるキミカという人物は、一体どんなろくでもない事件を起こすのか、はたまた巻き込まれるのか。

 マザーの性格を考えると、後者の可能性が遥かに高い気がする。

『今回はあくまでセッカへの任務です。ユウヒもいずれは浄化する身、今回の同行は引き継ぎの一環ですので、ユウヒは助言のみ行ってください』

 余計な手出しをするな、と暗にユウヒは釘を刺されていた。ユウヒはそれを読み取り、苦笑をこぼしながら、「かしこまりました」と答えた。

 死神を迎えに行くのは初めてだ。特別扱いされる虹がいるくらいだから、『普通』の死神もいる。しかし、『普通』の死神は迎えになど行かずとも勝手に死神になり、魂を刈ることを教えてしまえば、一回二回任務をこなせば浄化してしまえるほどの手のかからない存在だ。

 手のかからないというか……『普通』の死神の教育はマザーが担っているため、半ば洗脳や誘導に近いものがあるかもしれない。

 性悪なマザーの思い通りに動かされないことを喜んでもいいのかもしれないが、結局掌の上で転がされている気もするのが微妙なところだ。

 そんな気の毒仲間が増えるのか、と思うと……安らいだらいいのか、嘆いたらいいのか。

 ユウヒは、今回は外套かけのある喫茶空間のような場所の椅子から立ち、外套かけにかけていた黒いマントを羽織る。おれはフードをより目深に被った。

 残念ながら、『外』の時間帯は死神界ではわからないのだ。主に夜に出されることが多いが、一度、真っ昼間に出されて、日差しにやられて寝込んだことがおれはあるため、油断は禁物だ。死神で不老不死とはいえ、虚弱体質は治っていないのだから。

「さて、行くとしますか」

 ユウヒの軽い口調に頷き、おれは出口の扉を開けた。


 その先は夜だった。比較的動きやすい時間帯だ。……まあ、わざわざおれに当ててきたのだから、動けなくなる日中に当てるほど、マザーも根性が曲がっているわけではないか、とおれは自分の杞憂に溜め息を吐く。

「うーん、マザーの情報によると、対象はまだ生きていて、この辺りに走ってくるらしいけど」

 ユウヒがマザーが提示してくれた情報を復唱する。残念ながらかわざとなのかは知らないが、マザーは対象の容姿に関する情報は全く開示してくれない。曰く、知らないらしいが、どうなのやら。場所がわかって容姿がわからないとは。

 まあ、マザーも万能というわけではないかもしれないが。

 辺りを見回すと、夜だからか静かで、街灯の心許ない通りだ。店やら家やらが並んでいる商店街のような通り。看板を見るに、日用雑貨店やら食料品売りやらが並んでいるようだから、昼間はさぞや盛況していることだろう。

 そんなことを思いながら眺めていると、足音と倒れる音が聞こえた。振り向けば、通りの向こうに病院着で倒れている人物。点滴を無理矢理引きちぎった跡か、所々から血が出ている。しかし、目立った外傷はそれ以外ない。

 けれど、なんとなくわかった。

 こいつは放っておいても()()()()。別にわざわざ刈る必要はない。

 顔から血の気が引き、体は痙攣を始めている。うっすらとまだ開かれている目は、珍しい金色をしている。しかし、死の間際だからか、淀んでいて、光を宿していない。

 それでも刈ろうと手を伸ばすとマザーが呼び掛けて止めてきた。

『やめてください。その者はあなたが刈っても浄化されます』

「なっ……」

 死神になる者の魂を刈り浄化するのが役目だろう、と反目しようとしたが、声が出なくなる。体も、金縛りに遭ったように動けない。……マザーの仕業か。

 マザーは言う。

『これを逃せば今後遠くまで黄の席が埋まる見込みはなくなるのです。それを妨害しないでいただきたいです』

「っ……」

 この質の悪い虹の死神のシステムが、本来の死神の役目より優先されるというのか? おれやユウヒが刈れば、解放されるというのに。

 そうまでして、何故虹に固執する!?

 ユウヒを見るが、ユウヒの方も何かされているらしく、汗を額に滲ませながら、苦虫を噛んだ表情をしている。

「…………ら……」

 そんな時、キミカの方から声がした。息も絶え絶えな、掠れた声。見れば、目から涙を流しながら、何やら呟いている。

「ほんと、に、私……に、人を救う、力があったな、ら……」

 よかったのに、と囁いた声は夜の中に溶けて消える。

 それはある意味果たされる。『死神になる』という形を取って。

 おれとユウヒはやるせなさに苛まれながら、その最期を看取る。

 しかし。

『なるほど、ではその願い、聞き届けましょう』

「!?」

 おれとユウヒは瞠目した。願い、だと? 虹には一つだけ『願い』を叶えられる権利があるが、死の間際、朦朧とした中で呟いたであろう一言を、『願い』と取るのか?

「マザー、さすがにこれは」

 ユウヒがどうにか口を開くが、マザーは何事でもないように答える。

『何かおかしいことがありまして? ヒトというのは無意識領域でこそ、本音を言えるもの。今この「願い」がこの者の真に望むことなのでしょう。それを聞き届けずして、何を聞き届けるというのです? それに、人を救う力を求めるとはなんて敬虔な祈りなのでしょう』

 よく回る舌だ。本当にマザーに体があって、舌があるのなら、切り刻んでやりたいくらい、憎たらしい。

 キミカに何やら月明かりが凝縮されたようなものが注ぐ。絵本などで読む魔法使いが、人の傷を癒すような光。けれどそれはキミカの体に吸収されるだけで、痛々しい体の傷を癒すことはない。この光はマザーが聞き届けた『願い』のカタチなのだろう。

 傷が修復されるのは、あくまで『死んで、死神になって』からだろう……。おれのときもそうだったと聞く。

 キミカの体が力を失っていく。ゆらりと、瞼が閉じられた。微かだった呼吸の音も、止んでしまう。

 途端、金縛りが解けた。

『はい、ここからがあなたの出番ですよ、セッカ。彼を死神にしてあげてください』

「ぐ……」

 苦々しく思いながら、懐に携えていた死神のマントを取り出す。これを被せれば、死神の体に作り替えられ、晴れて死神としての新たな生涯のスタートととなる、のだそうだ。

 もう、罪を拭ってやることは、おれにもユウヒにもできない。

 おれはそっと、マントをかけた。少しすると、灰色の髪の下、金色の瞳が開かれる。

「わた、しは……?」

 戸惑ったように辺りを見回し、おれたちを見るキミカ。

 おれは、ユウヒがいつか、おれを迎えたように、キミカを迎え入れた。

 迎え入れるしか、なかった。


「ようこそ、お前は死神に選ばれた」



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