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虹の死神  作者: 九JACK
死神たる者
69/150

新鮮緑

 ほどなくして、黒髪眼鏡の麗人が入ってくる。すらりと背が高く、姿勢がいい。おそらくこういうのをかっこいいというのだろう。

「アオイ、セイム、ただいま」

「お父さんおかえり!」

「おかえりなさい」

 息子二人の頭を撫でると、柔らかな笑みがこちらに向いた。アオイと同じ色の青い目は光を反射する水面のように豊かな色彩を伴っている。

「お客さんかな? はじめまして。アオイとセイムの父のミアトと言います」

「はじめまして。アオイくんとセイムくんと仲良くさせてもらっています。キミカと申します」

 キミカが丁寧に挨拶するのに倣い、おれとリクヤも名乗った。仲良く……? と思ったが、まあこれから仲良くなるつもりなのだろう、キミカは。それに不審者と思われないようにそう名乗るのは適切ではある。

 しかし、果たして仲良くなれるだろうか。アオイは何も態度に出さなかったが、セイムに近づく者に対しての警戒心が強い。昨日よりいくらか柔らかくはなっているが、それは比較的、という話で、まだ「友達」と称するにはぎこちない。

 なるべく怪しまれないようにしないとな、とは思うが、アオイ次第なところもある。ユウヒが忠告してきた通り、アオイがセイムへの異常な執着を持つ人物で、執着の対象に接触する者全てを敵対視するのなら、特にキミカのことは気にかけていないといけない。

 キミカは罪の数値こそ高くはないが、虹の死神である。数値が高くないのは、キミカは自殺のようなことをしただけだからだ。ただ、死神になった後、月の魔力という癒しの能力を得て、それを人助けのために使用することが多かった。人を助けたいのに、人を治癒すると延命行為として罪に加算される。なんとも残酷な願いの叶い方だった。

 キミカは身体が弱く、任務もあまり量をこなせない。それに暴力が苦手だ。おそらく生前、虫も殺したことがなかったのではないだろうか。故に、あまり罪の数値を減らす任務には当たれなかった。

 訓練部屋でも観戦のみだ。戦闘能力は限りなくゼロに近い。元々の優しさも祟って、いざというときには抵抗もできないかもしれない。

 死神は既に死んでいるため、人間なら死ぬような怪我を負っても、しばらく待てば再生する。だが、仲間が怪我するところを見たいかと問われれば答えは否である。キミカのことはリクヤやアイラが目にかけているが、おれも長い付き合いだ。傷ついてほしくない。

 アオイの狂気がどれほどの災いをもたらすのかはわからないが、その矛先がキミカに向かないようにしたかった。

 とはいえ、ユウヒが敢えておれにしか語らなかった歴代青の席の性質をキミカやリクヤに話すわけにもいかず、もやもやとする。ユウヒめ、絶対これを狙っていただろ。

「お姉さんと部屋で話してるから」

「ちょっと、セイム」

「アオイも一緒に行こ?」

 セイムの無垢な手に、アオイはそっと自分の手を重ねた。

 これは……とおれは察する。セイムの優しさというのは魔性のものだ。きっと本人も無自覚でアオイを魅了している。恐ろしいくらい、自然に笑って、なんでもないことのように手を差し伸べるセイム。生きていた頃だったら、おれだってその手を取ってしまった。

 アオイがセイムに執心するのも納得だ。そう思ったところで、ミアトに声をかけられる。

「セッカさん、リクヤさん、せっかくですから、お飲み物をご用意致しますよ」

「あ、いえ……」

「せっかくなんで、お話ししたいです。ありがとうございます」

 おれが口ごもっていると、リクヤが答えた。

 ミアトが嬉しそうに台所へと向かう。台所という存在が新鮮だった。死神であるおれたちは食べなくても活動できる。空腹がないのだ。睡眠も必要ないが、休息のために私室にベッドがある。

 それにしても、とリクヤを見た。ユウヒとアイラとの仲の悪さが目立っているから丁寧な言葉遣いの印象がなかったが、普通に喋れるんだな、と妙に感心してしまった。

 よくよく考えてみれば、おれより長く生きていたのだし、人を率いてもいた。コミュニケーション能力があるのも然りなのかもしれない。

 おれの生前をふと振り返り、圧倒的なディスコミュニケーションしかなかったので、そっと思い出すのをやめた。

「コーヒー、お飲みになられますか?」

「はい。セッカは?」

「はい、飲みます」

 コーヒーって何だ? とは思ったが、まあ、名前のついている真っ当な飲み物であることはわかった。すると、芳しい香りが漂ってくる。

 リクヤに聞いたところ、豆を煎って挽いて出す、お茶とはまた違った飲み物らしい。

 水とお茶以外の飲み物はあまり知らないので、五千年過ごそうと、知識を蓄えなければおれは無知に変わりないのだな、と実感した。

 ミアトに勧められた日陰の席に座り、リクヤと並ぶ。ミアトが前に置いてくれたのは真っ黒い液体だった。黒すぎて綺麗かもしれない。

 一口飲むと苦味が口内を満たした。不味くはない。ミアトが砂糖やミルクを勧めてきたが、甘味が入るとむしろ不味くなるような気がしたので遠慮しておいた。リクヤがぎょっとしていたのは何故だろう。

 そんな感じでコーヒーをちまちま飲みつつ、リクヤが話題を切り出した。

「アオイとセイムは仲がいいですね」

 さっきも言ったが、敬語を使うリクヤには違和感しかない。だが、今回の監視対象であるアオイについて、探りを入れようとしているのはわかった。

 ミアトはにこやかに答える。

「ええ。兄弟ではないのですが、血の繋がりがあるんじゃないかと錯覚するくらい、二人は昔から仲良しですよ。ただ、最近、思春期を迎えたからか、アオイがセイムに複雑な心境を抱いているようですが……」

 言葉を濁すミアトにリクヤは声を潜めて問いかけた。

「全くもって失礼な噂を耳にしたのですが、セイムは相当な訳ありなのだとか……それで、後ろ指を指されているようなことも耳にしたのですが……」

 ユウヒやアイラ、悪人には情け容赦のないリクヤだが、まともそうな人にはきちんと気端を回せるらしい。ミアトにそれとなく問いかける声は気まずそうだ。

 ミアトは苦笑いしながら語った。

「セイムの両親と私たち夫婦は幼馴染みだったんですよ。不安定な彼らを支えるのが、幼い頃からの私たちの役目で、友情の証だったと思っています。そんな不安定な二人は幼い頃から互いを想い合い、他の誰も介在する余地もなく、二人は想いを結ばせ、二人で結ばれることを選んだんです。

 だから私たちも、二人が二人の道を歩むことを止めず、きっともう二人は大丈夫と信じて、こちらはこちらで結ばれたのです。もちろん、交流をやめたわけではありません。同い年の子どもが生まれるとなったときは運命的なものさえ感じました」

 その青には哀愁の念が灯っていた。夜に抱えたランプのような揺らめきは希望のようで、儚い光だ。

「彼らが何故、無理心中をしたのか、私たちにはわかりませんでした。何故セイムが助かったのかも、わかりません。もしかしたら、息子を巻き込むつもりはなかったのかもしれません。けれど、私はこう思います。

 ただ、セイムが生きたかったのだ、と」

 眼鏡をかちゃりとかけ直し、ミアトは続ける。

「彼らはどうしても、幸せを拾い上げることができなかった。幸せじゃなかったわけではないんです。ただ、互いを想い合うこと以外に幸せを見出だせなかったのかもしれません。……セイムにはそうなってほしくなくて、セイムが後ろ指を指されても、庇えるように、それを乗り越えて幸せだと感じられるように、育ててきました。

 アオイもその思いを持っていて、きっと誰よりも強く、セイムのためになりたいと行動しているのだと思います」

 この様子だと、その「守りたい」という感情が執着に変化しているのをミアトはわかっていないらしい。

 ただ、こんな親に育てられたアオイとセイムが少し羨ましかった。おれはろくな目に遭わなかったからな。アオイのセイムに対する執着も一種の優しさの形だと言ってしまえばその通りなのだろう。

 思春期……十代の頃にやってくる気難しい時期だというが、アオイのあれはそれで収めていいものなのだろうか。まあ、他に形容しようがないのかもしれないが。

「セイムにそんな過去が……でもそれを感じさせない感じにセイム自身は育ってますよね。きっとミアトさんたちがそれだけ大切にしてきたってことなんでしょう」

「ふふ、そうだと嬉しいですね。でも、私は」

 ミアトはおれとリクヤに真っ直ぐ眼差しを注いだ。

「あなたたちのように『新しい友達』があの子たちにできて、あの子たちが変わっていくことを望んでいます」

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