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虹の死神  作者: 九JACK
死神たる者
68/150

赤るい家

 家に入ると、内装はクリーム色と焦げ茶色で整えられていた。家族写真がいくつか壁にかけられている。そのどれにも、アオイとセイムは揃って写っていた。

 おれは写真なんて知らないが、フランとかがいたときにはもう存在していた。キミカ曰く、医療技術にも写真のようなものがあるらしいが、おれは別にアーゼンクロイツでそういう勉強をしていたわけではない。

 ただ、そういう情報を得るのはキミカが毎日もらってくる新聞からなので、写真はいつも白黒だった。白黒じゃない、光沢のある写真を見るのは初めてかもしれない。

 アオイとセイムが真ん中にいる写真が中心だが、アオイの両親であろう人物が写っている写真もある。黒髪蒼眼の眼鏡の男性と金髪茶目のミディアムヘアの女性。家族というものを意識したことがなかったおれだが、なんとなくアオイと容姿が似ているというのはわかった。

 だからといって、セイムが浮いている感じもしない。アオイの父らしき人物が黒髪だからだろうか。すごく馴染んで見える。

「白い人何見てるの? ってあ! ぼくたちの家族写真だ」

 セイムは相変わらずおれの名前を覚えていないようだ。まあ赤い人と呼ばれるよりはいいか、と思い、見ていた写真を示す。

「とても仲がいいんだな」

「うん! お父さんもお母さんもそう呼んでいいって許してくれたから。本物の家族みたいに過ごしてるよ。ぼくはすっごく幸せ!

 だから、別にぼくのことをどうこう言われようと、正直どうでもいいんだよね。今が幸せだから!」

 先程のどこかずれた発言を忘れてしまいそうになるほど、セイムの言葉は純真無垢だった。きっと、本当に幸せだからそう言えるのだろう。

「お父さんとお母さんと、アオイがいて、ぼくを家族と呼んでくれて、嬉しいことを分かち合ってくれる。こうしてみんなで写真を撮る。そういう形が残るものって素敵だと思うんだ。だから、編み物を教わったら、お父さんとお母さんに何かプレゼントしようと思うんだ」

「まあ。素敵ですね」

 話を聞きつけたキミカがやってきた。キミカはにこにことセイムに問いかける。

「何をプレゼントするんです?」

「お父さんにはマフラー、お母さんにはミトン。それとは別に、ながーいマフラーを一つ、二人にプレゼントしようかなぁって」

「あら、もしかして二人で一つのマフラーを巻くあれですか?」

「そうそれ!」

 おれにはいまいち意味がわからなかったが、なんだか二人はきゃいきゃいと楽しそうに話し始める。

 隣でリクヤが顔を真っ赤にしているのだが、何か知っているのだろうか。聞いてみようと思っていると、誰かが腕を掴んできた。振り向くと、それはアオイだった。

 アオイは初対面のときのような警戒を隠そうともしない目をしていた。その光は怒りや憎しみに似ていたが、それらとは何か違う。

「あの、キミカさんって男の人ですよね?」

「え、ああ」

 キミカを一目で男だと見抜くとは……ただ者ではないな、とおれは呑気に構えていた。

 ただ、アオイの表情は真剣そのものだ。

「なんであんな女子みたいなこと喋るんですか? そういう趣味だとして、俺は簡単に受け入れられないんですけど」

「ああ……まあ、そういうこともあるだろうな」

 さて、どこまで話したものか。キミカに危害を加えられるのは大変よろしくないので、ある程度説明をしなければならないだろう。

 敏そうな子だから、嘘は通用しないだろうな、とある程度まで正直に話すことにした。

「キミカは今でこそ元気だが、昔はずっと病院にいたんだ。入院している中で、隣人が何度も変わるくらいには長く、長く。じっと闘病に専念しなければならなかったキミカができることは限られていた。それが編み物だったり、お喋りだったりしたんだろうな」

「そうだったのか」

 驚きの声を出したのは何故かリクヤだった。あれ、こいつには説明していなかったか?

 ああ、リクヤには日記を見せないようにしていたから、おれやキミカの過去は知らないんだったな。おれもキミカも進んで話したいことではないし。

 虹の死神はわけあり人間の集まりだ。自分の過去を快く思っている者は少ない。リクヤのように忘れている場合もある。

 アオイはそんなリクヤを不思議そうに見たが、おれに向き直る。

「あなたたちはどういう関係なんですか?」

 おれはたぶん、困ったように眉を八の字にしたと思う。

 虹の死神のことを馬鹿正直に話すわけにもいかない。そうなると、おれたちの関係を一口に説明するのは難しい。

「腐れ縁、だろうか」

 何千年も連れ添うような仲だ。こう答えるのが適切だろう。

「まあ、キミカに他意はないよ。腐れ縁仲間の間でああいう話を気兼ねなくできることがなかったからな。嬉しいんだろう」

「そうですか」

 アオイの目にはまだ不信感が残っていたが、一応は信じてくれたようだ。

 話題を切り替えるように、今度はおれがアオイに尋ねる。

「そういうセイムはどうなんだ? おれは正直、キミカのあのテンションについてけないんだが……」

 すると、アオイの青い瞳に煌めきが宿る。これまでマイナス感情の光しか見て来なかったので、新鮮に感じた。この子どもはセイムへの執着が異常なだけで、年相応の顔もするんだな、となんだか感心してしまった。

「セイムは昔から男の子っぽいものより女の子っぽいものの方が好きらしくって。性同一性障害とかそういうのではないんですけどね。話も男子と話すより女子と話す方が気が合うみたいで生き生きしてるんですよ」

 そう言っているおまえが一番生き生きしているが?

「だからといって男子とコミュニケーションが取れないっていうわけじゃないんですけどね。誰とでも仲良くできるセイムの壁のなさはセイムの良いところの一つだし、俺も見習いたいなって思います。でも」

 そこでがちゃりと玄関の扉が開き、意識がそちらに持って行かれる。見ると玄関には写真に写っていた女性が立っていた。金髪を項の辺りで一つに括っている女性。その茶色い瞳は驚きに見開かれていた。

「アオイ、セイム、お友達?」

「あ、いや、その」

「うん、友達!」

 言い淀むアオイとは対照的にセイムは元気よくはきはきと答えた。これはもしいじめっ子を家に連れ込んでも同じテンションで友達だと言いそうだ。

 すると、金髪の女性が丁寧に頭を下げた。

「アオイとセイムがお世話になっております。二人の母のナキと申します」

「いえいえ、こちらこそお世話になっております。キミカと申します」

 キミカの目配せに俺とリクヤも頭を下げた。

「お邪魔しております。リクヤと言います」

「えと……セッカです」

 いかんせん友達がいなかったもので作法がわからない。ただ、キミカとリクヤは慣れている様子だった。

 ナキと名乗った女性は不慣れなおれの挨拶にどうこう言うことはなく、一礼すると、アオイとセイムを呼び寄せた。

「お友達を呼ぶんだったら事前に言ってくれればよかったのに」

「あ、いや、昨日知り合ったばっかりで……」

「お友達にしろ、お客さんにしろ、きちんとおもてなししないといけないのは一緒でしょう? お母さんは忙しくてあんまり家にいられないし」

 それは、縁遠いおれからすると、親子の仲睦まじいやりとりなのだが、人付き合いって大変だなぁ、とも思った。

 メインはキミカだし、おれとリクヤはおまけだ。

「お構いなく。知り合ったのが昨日なのは本当ですから。急に押し掛けてきたようなものですし」

「お忙しいとのことですが、お仕事ですか?」

 キミカとリクヤがフォローに入る。おれはというと、どうしたらいいかわからないのでぽけーっと見ていた。

「はい。医者をしておりまして」

「まあ、お医者さま」

「しかも美人女医なんてさぞや引っ張りだこなことでしょう」

「あらあら、お上手ですこと」

 後で聞いたが、これは初対面のコミュニケーションらしい。まあ、ナキと名乗った女性は間違いなく美人なので美人女医にはちがいない。

 キミカとリクヤに応対したところで、一つ咳払いをすると、ナキはアオイとセイムに向き直った。

「とにかく、こういうのは気持ちなのよ。それに、二人が友達を家に連れてくることなんてなかなかないのだし」

「まあ、いないからね」

 朗らかに言うことではないと思うぞ、セイム。

「それから、セッカさんは日の高いうちに帰すとしんどいと思うから、充分に休ませてあげるのよ?」

「セッカ?」

「白いパーカーの人だよ。フードでよく見えないけど、肌が真っ白だし、髪も白い。アルビノの人だ」

「アルビノ。学校で習った!」

 セイムは本当に人の名前を覚えるのが苦手らしい。白い人ではなくアルビノと呼ばれるのも微妙な気分だ。事実ではあるが。

「ってああ! 荷物持ったらもう出なくちゃ。とにかく、仲良く過ごすのよ?」

「はーい」

「はい」

「ん、いいお返事ね。……挨拶も慌ただしくてすみません。二人をよろしくお願いいたしますね」

「いえ、こちらこそ」

 いそいそとどこかの部屋へ行き、ぱたぱたとナキは出ていってしまった。

「あ、そだそだ、みんなこっち」

 ナキが出ていくのを見た直後、セイムはリビングの窓へおれたちを呼び寄せた。アオイが呆れたような平坦な目をしているが、なんだろうか。

 細く開けられたカーテンの隙間から、アオイ以外の四人が外を覗く。出ていったばかりのナキが、黒髪の男性と鉢合わせていた。見間違いでなければ、アオイの父だ。

 二人は談笑する間もないことをわかっているのだろう。する、と互いの肩や頬に触れ、顔を近づける。

「まあ!」

「わ、えと、えと」

「にっひひー。いつまでもあんな感じでいてほしいよね!」

 なるほど、アオイの呆れの理由はわかった。まあ、仲がいいのはいいことなんじゃないか。

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