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虹の死神  作者: 九JACK
死神たる者
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黄らかすぎる子ども

 キミカ、リクヤ、おれの三人で、セイムとアオイに会いに行った。待ち合わせは校門前だった。当然だが、登下校などの用事で校門前を行き交う生徒は多い。

 キミカはアオイとセイムの姿を探していたが、おれとリクヤはそれどころではなかった。というのも、行き交う女子生徒たちからアオイとセイムの名前がちらほらと聞こえてきたため、気になって聞き耳を立てていたのだ。

 アオイは次期青の席。人となりについて把握しておきたい。セイムはそんなアオイが過剰なまでに執着を見せる人物。気にしないわけにはいかなかった。

 聞き耳を立てている中には、こんな話があった。

「はあ……アオイくん、今日もイケメンだった……」

「あんた毎日そう言ってるじゃん。いい加減話しかけてみたら?」

「でも、アオイくんにはなんか近寄りがたいオーラあるじゃない? 成績も優秀、運動神経も抜群、女の子が怪我しそうなときにはさりげなく腕を掴まえて、未然に自己を防いでくれたり、学績が芳しくないセイムくんの面倒見たり……もう非の打ちどころがなくて、雲上人って感じ。それがまた尊いんだけど」

「まあ、雲上人はわかるかも。なんか完璧人間として生まれてきたみたいな感じはある」

 女子からのアオイに対する評価は非常に高い。ただ、セイムにご執心ということは気づいていなさそうだ。

 聞かれているとは微塵も疑っていなさそうな女子生徒は続ける。

「でもさ、こんなこと言っちゃいけないんだけど、アオイくんに告白するにはセイムくんっていう越えられない壁があるから」

「わかる」

 どうやら話の内容を聞くに、セイムは天涯孤独になってしまったところをアオイの両親に引き取られて、同い年のアオイとはずっと一緒に暮らしているらしい。

 唯一無二の親友で幼馴染み。そうなれば、アオイがセイムに執着する理由もわかる。アオイにとって、セイムはよすがなのだ。雲上人と避けられ、他者との接触のないアオイにセイムしか映らないというのは必然と言ってもよかった。

 そんな色恋の話に花を咲かせる者ばかりではなく、不穏な会話も耳に入ってくる。

「正直セイムって邪魔だよな」

「能天気で頭の中すっからかんっていうか……ああいうのを脳内お花畑とかいうんだろうな」

 それは男子生徒の声だった。

「心中一家の生き残りのくせによ、どれだけ謗られても笑顔でスルーだぜ? 人間の神経してねえよ」

「楽観思考もここまでくるとうざいわ。どんな嫌がらせしても全然効果ないし」

 その会話から、そいつらがセイムに対していじめを行っていることがわかった。

 セイムが心中一家の生き残りという点はどうしようもない事実なのだろうが、それを口実にセイムという人間を踏みつけにしていいわけがない。いじめというのは本人がいじめだと思わなければいじめではないとか言われているが、それを逆手に取っているのが目に見えて、いい心地はしなかった。

 聞いていたリクヤも機嫌が悪くなっている。ケッと唾を吐いた。胸糞の悪い話だ。

 しかし、心中一家の生き残りとは、セイムという少年、思ったより闇深い生い立ちをしている。それが花冠を作って無邪気に笑うような子に育ったのは奇跡としか言い様がないだろう。話を聞く限り、そういう自分の生い立ち自体を一切気にしていない可能性はあるが。

 おそらくだが、セイムの近辺にあれだけ目を光らせているアオイがこのことに気づいていないわけがないだろう。とすると、アオイが罪を重ねるとして、このいじめっ子たちに過剰制裁でも加えるのだろうか。

 そうこう考えているうちに、セイムの「おーい」という声が聞こえた。金色の目をしたキミカ、ブレザー校の校門で詰襟を羽織るリクヤ、白くてでかいおれはまあ、一目でわかっただろう。

 キミカが手を振ると、セイムはにこっと笑った。心中一家の生き残りなどという物騒な肩書きなんて、この笑顔のどこから想像できるだろうか。

 この子が明るく育ったのは、ひとえに共に家族として過ごしたアオイやアオイの家族のおかげなのだろう。それにしてはアオイが暗く淀んだ空気を発しているのはこの際置いておく。

「背高のっぽの真っ白なお兄さんがいたからすぐわかったよ! いいなあ、背が高いって」

 無邪気なセイムの発言に、キミカがセイムの肩をとんとんと叩く。

「学生さんなんだから、セイムくんもアオイくんもまだまだ伸びますよ」

「えー、でもぼくもう十八だからなあ……」

 十八歳。キミカから聞いた話だと、高校三年生、だったか。それまで学校に通い続け、その分だけいじめを受けてきただろうに、一切ひねたところがないのはすごい。……いや、その分アオイがひねているのか。

 おれはさりげなく会話に加わった。

「聞いた話だと、人は二十代くらいまでは体の成長はするとか」

「へえ、そうなんだ! あ、そういえばお兄さんは何歳?」

「セッカさんな」

 アオイは名前を覚えていたらしい。セイムにそれとなく告げる。セイムはそうそうセッカさん! とおれを見上げた。

 おれがどう答えたものかと悩んでいると、アオイが折目正しく謝ってくる。

「すみません、セイムは人の名前を覚えるのが苦手で……」

「名前を覚えるのが? 顔と名前が一致しないとかではなく?」

 聞き返すとアオイが苦い表情をした。ただの言い間違いではないらしい。アオイが行きましょう、とセイムの手を引き、おれたちを導いた。

 セイムがおれたちに振り向きながら行き先を教えてくれる。

「お姉さんが編み物教えてくれるっていうから、色々準備したんだ! というわけでこれから向かうのはアオイの家だよ」

「セイムの家でもあるだろ」

「だってまだ事情説明してないじゃん」

 ああ、そうか。おれとリクヤは聞き耳を立てていたから事情を把握しているが、この子たちからするとまだ説明していないことになっているのか、とおれは黙っていることにした。

 キミカが優しく尋ねる。

「お二人は一緒に暮らしているんですか?」

「はい。事情があって、セイムには両親がいないんです」

「そんなぼかさなくてもいいでしょ、アオイ。ぼくの両親は無理心中したって、みんな知ってるじゃん」

 おお、これは、とおれは思った。

 アオイが思慮深いのに対し、セイムはこういう爆弾発言を爆弾と思わないで躊躇いなく投下する性格のようだ。これはアオイも苦労するだろう。

 セイムからあっさりと放たれたとんでもない発言にキミカもリクヤも目を丸くしていた。

「ぼくの家はぼくの両親が燃やしちゃったんだ。まだ幼かったぼくも巻き込まれたんだけど、奇跡的に助かって、両親の友達だったアオイのお父さんとお母さんに育ててもらったの。生命力強いってお医者さんに言われたっけ」

 果たしてそれは生命力が強いだけで済む話なのだろうか。

 まあ、センシティブな話を穿って聞くのもよくないだろう。セイムは平気そうだが、アオイの顔色が良くない。

 おれはキミカを見た。この場で最善の言葉を出せるとしたら、キミカしかいない。

 するとキミカは、ふわりとセイムの手を包み込み、祈るように目を閉じていた。少し悲しげで慈愛に満ちた表情はマザーなんかより「慈母神」という呼称が似合う。

「セイムくんにとっては遠い出来事なのですね。でも、セイムくんの一言一句に心を痛める人もいるんですよ」

 そこで金色の瞳が細く開かれる。月のように静かに悲哀を孕んだ色にセイムが息を飲むのがわかった。

「少なくとも、私はつらいです」

 ね、とキミカは少しだけアオイに目配せをした。アオイはキミカと目を合わせなかったが、小さくこくりと頷く。

 きっと、セイムは感情の一部が欠落してしまっている。両親に殺されかけるという壮絶な過去が人生の始まりに近いところで起こったせいなのか、元々の彼の個性なのかはわからないが、セイムは悲しみや苦しみがわからない。そんな歪な子どもに育ってしまった。

 もし、そうだとして。セイムを悲しみや苦しみから遠ざけようとするアオイの行動は一体どうなるのだろうか。……そう考えると、おれも胸が痛む。

 報われない思いなんてこれでもかというほど見てきた。そういったものたちの結晶がおれたち、虹の死神だったりするから。

「大丈夫だよ」

 歩きながら、セイムが朗らかに言う。

「どんなに悲しくてもつらくても、時間がいつか許してくれる。ぼくはそう信じているから」

「セイムくん……」

 何が違うとも言い返せなかった。アオイはどこか諦めた表情をして、セイムの手を引いていた。

「あ、見えてきたよ!」

 住宅街から外れた場所に建つ一軒家。庭に草木が繁り、花を咲かせている。「いつもの場所」に草原を選ぶセイムの好きそうな家だ。

「ここがアオイの家だよ!」

「だから、セイムの家でもあるでしょ。……いらっしゃいませ」

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