緑畑
アオイとセイムという二人組を追って入ったのはこれまで目にしたことがないくらい、綺麗な光景だった。
一面に青々と繁る草。青空と相まって爽快感のあるそこは草原だった。ちらほらと花が見える。
草原。言葉は知っていても、見たことがなかった。おれにはこんな景色、縁がないと思っていたから。
そんな緑に囲まれた中で、二人はいくつか花を摘んでいた。セイムが何やら編み始めているので、花冠でも作るのだろう。
アオイも編み始めるが、手の動きが覚束ない。学校では万能人間のように持て囃されていたが、実は意外と不器用なのかもしれない。おれが言えたことではないのだが。
セイムはさくさく編んでしまって、五分もかからずにアオイの頭の上にぽんと乗せる。乗せられたアオイは何故かとても悔しそうな表情をした。早編み勝負でもしていたのだろうか。
「素敵な場所ですね」
おれがセイムとアオイのやりとりに夢中になっている間、キミカは美味しい空気を味わっていたらしい。深い息が零れる。
死神界はお世辞にも空気が美味しいとは言えない。空気清浄機があるわけでもなし、窓も繋がっているのは偽りの外だったり、屋内だったり。一万年以上溜まった淀んだ空気を替えることはできない。換気をしたとしても、一万年以上もの淀みがそう簡単に消えるものではないだろう。
こういう、外に出られる機会はおれたちにとって貴重なものだ。任務中ではあるが、息抜きにもなる。
と、思っていたら、キミカは花を摘み始めた。一瞬思考が停止する。……何をやっているんだ?
すると、先程のセイムの手捌きを更に倍速で見ているかのように、瞬く間に花冠が編み上がっていく。
これには傍らで見ていたリクヤも驚きを隠せず、目をひんむいていた。
しかも、倍速なので二つ完成。可愛くもない野郎二人の頭に花冠が乗せられる。
キミカは満足げににこにこと言った。
「似合ってますよ」
んなわけあるか、と思ったが、キミカの笑顔に水を射せないおれたちは、ひきつった笑みを浮かべるより外なかった。
確かにキミカは外で毛糸なんかを調達して、よく編み物をしているが、それが生かされたのだろうか。編む系統のものはキミカにとって全て同じなのだろうか。
「キミカすげーな」
呟くように言ったリクヤが、突然、頭を押さえる。息が少し荒くなって、目の焦点がぶれている。
「どうしました? リクヤさん」
まさか。
記憶が戻ろうとしているのか。
リクヤの人間時代の記憶は、アイラの願いによって封じられている。思い出そうとすれば、反発が起きてもおかしくない。マザーはそういうやつだ。
それに、キミカの金目はリクヤが生前思いを寄せ、死の原因ともなった女性アルファナによく似ている。金色の目を持つ者など少ないから尚更。
「だい、じょーぶだ」
次第に息が整ってきて、おれとキミカはほう、と胸を撫で下ろす。
が、予想外の出来事は続いた。
「大丈夫ですか?」
気づけば、セイムとアオイがこちらに来ていた。まだ顔色が芳しくないリクヤにセイムが心配そうに声をかけた。
リクヤは慌てたように大丈夫だと言い直す。対象との接触はまずいと思ったのだろう。おれも正直、どう切り抜けたものか悩んでいる。
すると、アオイが少しばかり険しい表情でこちらを睨んでいた。
「俺たちのこと、見てましたよね?」
「えっ」
焦る。見張っていたのがバレるのは、接触する以上によくない。そんなにわかりやすかったか、おれたち。
そう思って辺りを見渡すと、一面の緑。とはいえ、草はおれたちの姿を隠すほどではない。おれたちにアオイとセイムが見えていたのだから、二人におれたちが見えない道理はないだろう。
しかし、アオイが殺気立っているような気がするのはおれの気のせいだろうか。
「ええ、仲のいいご様子でしたので」
キミカが空気の気まずさを中和するような柔らかな笑みを浮かべる。セイムが似たような笑みを浮かべて、「そうですかぁ? えへへ」と照れているが、アオイは殺気を抑えない。
「俺たちが仲がいいからなんですか? あなたたちとは面識も何もないはずですが」
「ええ、そうですね。たまたま先程学校の前を通りかかったときにあなた方を見かけましたもので、あなた方の仲のよさが微笑ましいと思ったんですよ」
アオイが理解できないというような目をする。が、空気は若干和らいだ。
「まあそういうこった。他意はない。不快に感じたんならオレたちゃ行くよ」
じゃあな、とリクヤは締めた。
おれは何も言わず、リクヤと一緒に立ち去ろうとした。……のだが……
「お姉さん、花冠編むの上手だね!」
「はい?」
キミカがにこやかに引き留めてきたセイムを見る。キミカの笑顔に何故か凄みがあるのだが。
ただ、リクヤが乗っかる。
「そうそう、こいつすげーんだぜ。あっという間に編み上げちまってよ……」
「えー、すごーい。普段何してるの?」
「あ、編み物など……」
「えー、すごーい!!」
何故かアオイが食いついて、キミカがおろおろとしながらも、話に花が咲く。
「ぼくも編み物は興味があるんだよね。お姉さんどんなの編んでるの?」
「マフラーとか……セーターは編むのは大変ですが、やり甲斐はありますよ」
ハイスペックなキミカ。さっきからお姉さんお姉さんと言われていることに苛立っているようだが、セイムの無邪気さの前では怒るに怒れないらしい。
それにしても、女子力が高い。見た目も相まって、本当に男かおれでさえも疑いたくなる。
「ねえねえ、それじゃあ、今度編み物教えてよ」
「ええ?」
……セイムは気づいていないのだろうか。アオイから凄まじい殺気が放たれているのだが。
ただ、殺気だけではなく、複雑な感情もこもっているような視線だ。セイムを取られたくない思いと、セイムが望むことを妨げたくないという思いだろうか。セイムに対する執着が半端じゃないが。
「放課後、ぼくたちはここにいるからさ」
「……いいんですか? 今日会ったばかりの見も知らない人ですよ?」
セイムの警戒心のなさにキミカも確認する。セイムは躊躇いなく頷いた。
「編み物する人はね、心がちゃんとある人なんだ。そうじゃないと、難しくて途中でやめちゃうから」
キミカも、自分を評価されて、悪く思わなかったらしい。
「私はキミカ。じゃあ、明日も来ていいかな?」
「うん」
アオイがとても不服そうな顔をしているのだが、セイムは気づいていないのだろうか、と考えていると、セイムがアオイの方を見た。
「アオイもいいよね?」
「……ああ」
あれ、いいのか? セイムに微笑み返している。
「この人たちは私の友人です。一緒でもかまいませんか?」
「もっちろん!!」
それから、おれとリクヤが慌てて名乗り、その場は解散となった。
これ、マザーに何か言われないだろうか。




