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虹の死神  作者: 九JACK
死神たる者
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赤い夕焼けに向かって

「学生?」

 マザーから言い渡されたあまりにも突飛な依頼に、虹の死神一同は異口同音となった。いつもなら声が重なると喧嘩になるリクヤとユウヒとアイラがぽかんとしている。異常事態だ。

 キミカは驚きこそしたものの、今までの血腥さからかけ離れた言葉にほんわかしている。平和主義のキミカらしい。

「……で、学生を見張れとはどういうことですか?」

『学生を見張れということです』

 答えになっていない。マザーよ、わかっていてやっているだろう。

「おれたちは『何故』を聞きたい」

『死神になりうる素質のある者がいるからです』

 それを先に言ってほしかった。

 死神になる可能性のある人物を見張るのも、立派な虹の死神の仕事だ。見張るといっても、未然に死神にならないように導くことはできないので、本当にただ見るだけである。

 死神とは、人の寿命を弄った者がなる。早い話が、人を殺したら死神になる。まあ、一人二人くらいは目を瞑るようだが、大量殺人を犯すと特になりやすいらしい。

 かくいうおれも、孤児院のやつら全員殺したし、リクヤは自滅だし、アイラも大量殺人だ。ユウヒは救うべき人々を見捨てた、とか、キミカなら、もう少し生きられたのに生き急いだ、とか、一概に大量殺人ばかりではない。自殺や延命行為、他人の命を見捨てるなども「罪」にカウントされるらしい。

「学生というと……ありました」

 キミカが新聞を取り出す。新聞をもらうのが彼の日課になっていた。いつの時代も金目の人間というのは珍しいらしく、有難がられるのだそうだ。当初は自分の特殊な目を疎んでいたキミカだったが、物も使いよう、と踏ん切りをつけたらしく、金目信仰をする人から新聞をもらっているらしい。

 キミカが何故新聞が好きなのかというと、生前、彼は病院のベッドでほとんどの時を過ごし、触れ合う娯楽は本か新聞しかなかったからだ。本も宗教の偶像として奉られていたから、簡単には読ませてもらえず、毎日更新される新聞だけが日々の楽しみだったという。こう考えると、キミカも不憫な人生だったんだな、と感じた。

 学生。ついぞ自分には縁のない言葉だったが、識字率などの上昇に伴い、国で特定年齢の者に学ぶ場所を与えるというもので、学ぶ場所を学校と呼び、そこに通う子どもたちを学生と呼んだ。

 おれは字を読むことに興味がないのでキミカから聞いたのだが、今では小学校、中学校、高校、大学などと分かれていたりするそうだ。なんて面倒な。

 ちなみに、学校という仕組みはリクヤの時代にもあったらしく、リクヤも学校に通っていた経歴があるらしい。吸血鬼のアイラは自学だそうだ。まあ、吸血鬼の中でも貴族? 階級だったそうなので、勉強に不便はなかったという。

 ユウヒはというと。

「学生……懐かしいですねえ。かつての青の席に色々教えてもらったのを思い出します」

「青の席……昔はいたんだもんな」

「一番入れ替わりが激しい席でしたよ」

 その話はあまり聞きたくない。

『そう、青の席の候補なのです。今回見張ってほしいのは』

「へ?」

 マザーからの横槍に、またしても全員きょとんとするのだった。


 青の席候補。ということは、虹の死神の仲間になるということだ。青の席が学生だったのはユウヒ曰くままあることだったらしいが。

 ユウヒ、三十路近く。キミカ、三十路。リクヤ、二十歳。アイラ、五千歳以上。

 ……薄々気づいてはいたが、こいつら年齢層が高いんだよな、全体的に。まあ、死神として何百何千と時を重ねていると、そんなことはどうでもよくなるのか。

「セッカも普通なら学校に通っていたんですよね」

「え!?」

 キミカの発言に動揺が隠せないリクヤ。今回もこのメンバーで向かうことになった。理由は「不審者と思われないため」である。

 黒マントの集団なんて不審者以外の何者でもないと思うのだが、見た目年齢的に今の子どもが「おじさん」と呼ぶ年齢のアイラとユウヒで学校に赴けば事案だろう。その点、リクヤは背が低く、学生といっても無理のない背格好、そして性格、キミカは女性に見えるし、優しそう、ということで選ばれた。

 そんな中に何故おれが、と思ったが、ユウヒは社会見学だと言った。

 おれは自分の年を数えたことはなかったが、確か死んだのは十代半ばである。社会を知らないと言われてしまえばその通りだ。

 それを言うと、リクヤが目を剥く。

「嘘だろ、オレより年下だと……!?」

 デリケートな問題なので言わないが、リクヤは背が低い。おれはひょろひょろとかもやしとか言われてきたが、まあ背が高い。大人より背が高い。目立つ。

 簡単に言うと、背丈で年齢は決まらない、という話だ。

 ついでに言うと、死神は生きていないから、背がこれ以上伸びることはない。

「おれが死んだのは十五のときだったはずだ」

「まじか……」

 何故死んだのか聞いてこない辺り、リクヤのデリカシーはゼロではないらしい。孤児院の出だということは、以前話しただろうか。

 考えに耽る中、誰よりも楽しそうにずいずい進んでいたキミカが、機嫌よさそうに歌っていた鼻歌を止め、ちら、とおれたちを見る。

「まあ、よかったんじゃないですか? おめかしして外出なんて、なかなかできることではありません」

「おめかしってな……」

 キミカはそういう言葉遣いをするから女と間違えられるのではないだろうか。

 おめかしというほどではないが、今のおれたちは死神姿のマントではない。マザーに案内された衣装部屋にあった服を思い思いに着ている。俺は白いパーカーなので、普段とあまり変わらないが、リクヤは詰襟に近い濃紺の服を着ていた。記憶がないために文字のないお馴染みのワッペンを左腕につけている。こうして見ると、おれより学生っぽいかもしれない。

 キミカはというと、ハイネックシャツにカーディガン、体にフィットするタイプのズボンを身につけている。その華奢な骨格では、女性と間違えられても仕方ないと言えよう。

 リクヤは目付きがとても悪いので、眼鏡をかけている。紫縁という独特な眼鏡だ。その色合いがリクヤの目の色と合っているのでしっくりきている。ただ、かなり度が強いため、眼鏡越しの景色は健常者からは歪んで見える。

 今回のマザーは親切だった。いつもならこんな変装はさせてもらえない。死神の格好で白昼堂々出歩かなければならないのだ。だが、何故か今回はちゃんと世界観に馴染む服を着せられた。

 マザーが親切だと、何か裏にある、と疑ってしまうのだが、ユウヒ曰く、親切というよりは慎重なのだそう。

 青の席の死神は、虹の死神の中で最も入れ替わりが激しい席である、とユウヒは言っていた。だからなのだろうか。

「今回の対象は高校生のアオイという子でしたね」

 名前に露骨に「アオ」と入っているのはわざとなのだろうか。まあ、虹の死神の適合には名前も含まれると言われている。そういう名前なのは、仕方のないことなのかもしれない。

「学校か。なんか久しぶりの響きだな」

「リクヤは学校に行ったことはあるのか?」

「あったりめーだ。オレを何歳だと思っているんだ」

「五千二十歳」

「くっ」

 真顔で答えると、リクヤは何も言い返してこなくなった。しまった、正論すぎた。

 アイラやユウヒはもっと悠久の時を過ごしているから、五千年とか瞬き一つ分程度なのだろう。日めくりカレンダーをめくるのは飽きるくらいの時間は経った。

 それでも日めくりカレンダーを毎日めくるのがキミカ。お前は一体何千、何百の時が経ったら飽きるのだろうか。毎日拾ってくる新聞も一部屋を埋め尽くすほどになっているのだが。

 ……毎日が病室で、なんでもかんでも他人にしてもらうしかなかったキミカの新しい人生、みたいな感じになっているのだろうか、この死神としての生活は。そんな美談になり得ないことはキミカもよく知っているはずなのに。

 人生、か。自分の身の周りは生きるのでいっぱいいっぱいだったから、なんとも言えないな。死んだんだから、生きていたはずなのに。

「学校が見えてきましたよ」

「おー、普通の学校って感じだな」

「? 学校に普通とか普通じゃないとかあるのか?」

「建物の造りが独特だったり、いきなりでかい学校だったり、色々あるだろ。……って、オマエは学校行ったことないのか」

 それを言うならキミカもなのだが……人生経験の差とやらが露骨に出ている。

 鐘が聞こえてきて、学生たちが外に出てくる。制服というのを初めて見た。

「放課ですかね。アオイという子を探してみましょうか」

 キミカの提案に乗ったはいいが、どうやって探すのだろう。制服を着ていればまだ学生と誤魔化せたかもしれないが……リクヤは背が低いし、キミカもガタイはよくないから……あ、おれだけアウトか。

 とりあえず、学校自体はここで合っているだろうから、学生に聞くのが一番だろう。一番まずいのは本人に当たることだが。

 と、考えているうちに、キミカが一人に声をかけようとしたときだった。

「今日はさ! 夕陽に向かって走れー!! みたいなやつやりたいよね!!」

「え、セイム馬鹿なの?」

 青っぽい黒髪と黒目が特徴的な男子と金髪蒼眼で流麗な面差しの友達らしき人物。夕陽に向かって走るって、何か意味があるのか?

「いいじゃん、青春って感じでさ」

「……まあ、セイムがやるならいいけど。いつものとこ?」

「うん、行こ行こ!!」

 話し終えるなり、二人はそそくさといなくなってしまった。辺りのガヤがすごい。

「まーた馬鹿やってる。セイムったら」

「よく付き合ってやってるよな、アオイ」

 聞き逃せない名前を聞いた。耳をそばだてる。

「アオイくん今日もかっこいい」

「えー、セイムくんとセットだからいいんでしょ。わかってないなー」

「アオイ馬鹿じゃないのに馬鹿に付き合うなんてな……」

 どうやら、あのセイムという少年についていったのがアオイで間違いないようだ。

「追うぞ」

 リクヤの判断は早かった。

 おれとキミカは遅れ気味に二人が消えた夕焼けの方に歩を進めた。

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