表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹の死神  作者: 九JACK
死神の懊脳
63/150

赤黒くまとわる

 マザーから任務を言い渡された。

「アイラと二人で?」

『はい』

 これまで、おれは単独任務が多く、もしくはキミカと一緒だった。対するアイラは単独任務が多かった。

 いつも血塗れで帰ってくるのでキミカが大層心配しているのだが。原因をマザーは知っているのだろう。知っていて、わざわざ一人で行かせるのだ。

 それがおれを同行させるとは、どういった心境の変化だろうか。

 まあ、マザーの心情など、おれたちの物差しで測れないことはわかっている。考えるだけ無駄だろう。

「今日の任務先は……またか」

 おれかアイラには、集団戦がよく回ってくる。今回もそれだった。

 多対一。それは圧倒的な力がなければ、一の方が圧倒的に不利となる戦闘だ。……残念ながらおれもアイラも強い。おれは孤児院を一人で壊滅させた経歴があるし、アイラは街一つを滅ぼすほどの男だ。万が一にも負ける心配はないだろう。

 ただ、怪我くらいはするだろうな、とは思った。

 怪我をすれば、キミカが気にする。血塗れなだけでも気にするのだから、今回の同行任務はキミカの心労を減らすにはちょうどいいのかもしれない。

 おれは気楽に構えていた。

 アイラがどんな思いで戦っているかも知らず。


「いつものことだが、数が多いな」

 薬の売買に関わっている者たちを刈りに、おれたちはストリートに来ていた。ひどい有り様だ。

 禁断症状に襲われて泣き喚く者、自分で喉に手を突っ込んでは吐く者、狂ったように笑う者、果てにはそれらを殺戮する者。

 混沌という言葉に相応しい場所だった。

「目には目をってことだろ」

 アイラがぶっきらぼうに語る。

「狂人には狂人をってわけだ」

 その理屈だとおれも狂人となるが……まあ、否定はしない。

 おれもアイラも理性が吹っ飛ぶとどうなっているのかわからない。ただ一つ言えるのは、泣いたり笑ったりではなく、殺戮する側だろうということだ。

 これから殺戮をする身でもある。

「久しぶりだな。二人で出るのは」

「……セッカ」

 面を食らった。アイラに名前を呼ばれるとは思っていなかった。おれも口数が多い方とは言えないが、アイラは他人と一線を引いている節があるから、まさか名前を呼ばれるとは思わなかった。初めてなのではないか。

「躊躇うなよ」

「何を?」

「暴走したら、()()殺せ」

「!?」

 おれたちは死神。「生きても死んでもいない」と言ったのはアイラではなかっただろうか。

 それを殺すことなんて、できるのだろうか、とおれがない頭を回しているうちに、アイラは一人で突貫していく。狂人たちの集団に。

 鎌に変形させた武器で躊躇いなく狂人たちの首と胴を分けていく。狂人たちのほとんどはそれに気づかない。これが本当に狂っているというのかもしれない。死んでいるのに涙はだあだあ流れるし、けたけたと不気味な笑い声が谺する。

 誰が死んで、誰が生きているのかわからないほど、不快な音に満ちていた。アイラは躊躇いもなく人の命を奪っていく。まるでただ呼吸をするように。その姿は以前見て思ったのと同じく、恐ろしいほどに美しい。

 人殺しに美しさなどあってなるものか、とは思うが、アイラの動きは洗練されていて、また飛び散る血が似合い、「美しい」としか形容できなかった。それを言って喜ぶはずがない、と思うので言っていないが。

 おれも、一歩踏み出す。アイラの背中に刃を突き立てようとしていた殺戮者に、棍棒を一振り。すっ飛んで壁にめり込む殺戮者。唇から血が垂れる。

 人を殴るという行いは何度やっても慣れない。意識を飛ばしているときは何も思わないが、意識的にやっていると、自分が嫌になる。あの頃を思い出すのだ。

 殴り、蹴り、口汚く罵り、おれを虐げた職員や施設の子ども。折檻なんて日常茶飯事で、毎日に痛みがつきまとった。おれはあの日々を未だに忘れられずにいる。

 ふと、アイラの方を見ると、瞑目しながら、もうどうしようもない狂人たちを切り捌いていた。血を見ないようにだろうか。けれど、吸血鬼としての嗅覚はきっと気づいている。自分が生温かい血に濡れていることに。

 アイラは何を思い、こいつらを刈っているのだろう。いや、暴走しないように目を閉じているのか。目を逸らしているのか。見ないだけで暴走しないで済むのなら、かまわないが。

「きぃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 おれたちの殺戮に気づいたのか、狂人の一人が悲鳴を上げる。噎せ返るような血の臭いが充満する中ただでさえ正気でないものが正気を保っていられようはずもないが、一周回って正気に戻ったのか、逃亡を試みた。

 だが、それを見過ごすようなおれたちではない。

 アイラが大振りに振った鎌の先が、狂人の服を地面に縫い付ける。狂人はもがくが、無駄な抵抗だった。

 アイラは鎌を置き去りに素手で狂人に挑んだ。その姿は圧倒的だ。

 首を捕まえられた狂人は、徐々に絞められていくのに対し、奇っ怪な声を上げ、血の塊を吐いて死ぬ。これはとても見ていられるものじゃない。

 汚れた手を大して気にした様子もなく、アイラは物言わぬ骸と化したそれを壁にぶん投げた。それはべしゃり、と潰された蚊のように壁に張りついた。

「アイラ……?」

 周辺に対象がいなくなったのを確認し、おれら恐る恐るアイラに近づいた。アイラは静かだが、答えない。

 アイラはおれを一顧だにせず、もう死体と化したものたちの溜まり場へつかつかと歩き……まるで、水溜まりでも踏むかのようにべしゃりと死体を踏みつけた。

 死体は血溜まりを生み出す。アイラはそれでは飽きたらず、もう一つ、もう一つと潰していく。それは蟻を蹂躙する子どものように。

「アイラ、何をしている。やめろ、そいつらはもう死んでいる。任務は終わった。帰るぞ」

 声をかけても、アイラはやめない。恐ろしく思いながらも、おれは実力行使に出ることにした。死体を無為に傷つけるのもまた罪だからだ。

 アイラの体を掴んで、固い地面に叩きつける。あぐっ、と苦悶の表情を浮かべるアイラの目には、光がなかった。やはり、我を失っている。

 ひょろひょろだが、これでもおれは力のある方だ。これを担いで帰れば済むだろう、と肩に担ぐが。

「ぐあっ」

 肩を、噛まれた。首を。血が吸われるのがわかる。頭から力が抜けていくのがわかる。ずるずると膝から崩れ落ち──

 ──躊躇うなよ。

 その一言が閃いた途端、おれは力を爆発させて、肩にかじりつくアイラを投げ飛ばした。二つほど壁を破壊していく。流れた血に、理性などすっ飛んだ。

 かたり、と棍棒を持ち、アイラに飛びかかる。立ち上がろうとしたアイラの喉目掛けて棍棒の先を思い切りぶつける。げほ、という不快な噎せる音など、どうでもよかった。

 おれはアイラを殴った。殴り、いたぶり続けた。アイラは吸血鬼なだけあって丈夫だ。もっと殴らなきゃ。殺らなきゃ殺られる。殴れ、殴れ、殴れ。

 アイラの体がひくひくと痙攣して止まっても殴り続けた。おれを支配していたのは恐怖と高揚。こいつはまだ死んでいないかもしれない、というものと、自分が強者を制したのだ、という歪んだ愉悦。

 それは不意に途切れ、視界が暗転した。


 ぱちり、と目を開けると、満天の星。誰かが死んでも知らないように輝き続ける星。

「気がついたか?」

 傍らから声がして、振り向くとアイラがいた。申し訳なさそうにしている。

「生きて、る?」

「ああ。マザーとやらに聞いたんだが、本当に俺たちは生きても死んでもいない。譬、死と同じくらいの傷を負っても、一時的に動かなくなるだけで、時間が経てば、目を覚ます。そういう仕組みらしい」

 おれは知らなかった。

 アイラはそれを知っていたからおれにあんなことを言ったわけだ。暴走した自分を止めさせるために。

「まさかお前まで暴走するとは思わなかったがな」

 マザーに聞いて、おれの実力……というか、火事場の馬鹿力的なものは知っていたらしい。どんなに火事場の馬鹿力が働くとしても、他の死神、キミカやリクヤやユウヒでは止められない、と判断したのだという。

 おれはマザーの掌の上で踊らされた気しかしない。

「実験だったんじゃないか? アイラみたいな暴走事例は少ないから、死神の不死性を試すにはいい機会だっただろう」

 アイラは苦笑した。

「全く、趣味の悪い話だ」

「本当にな」

 そろそろ、帰らないといけない。アイラもおれも血塗れだが。

「さて、キミカに怒られに帰るか」

「……ああ」

「別に、頼るのはかまわないからな」

「……ああ」

 アイラは今一度、苦笑いをした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ