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虹の死神  作者: 九JACK
死神の懊脳
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赤の他人のままでいさせてくれ

 アイラを迎えて、なんとなく、虹の死神も大所帯になったような気がする。まあ、最初はおれとユウヒの二人だったところから、三人も増えたのだ。特にリクヤが入ってからは賑やかになった。

 そんなリクヤは──歩くトラブルメーカーだ。

「何ぶつかってんだよ?」

 不良にしか聞こえない台詞。それで睨み付ける相手は先日まではユウヒだけだったのだが……

「……いや、お前の目が悪いだけだろう。いい加減認めろ」

「生意気言うな! こないだ来たばっかのくせに!」

 困ったことに、悪絡みする相手が増えた。被害者はそう、アイラだ。

 リクヤには生前の記憶がないはずだが、アイラによくよく突っかかる。曰く、「なんだか気に食わない」らしい。理不尽ここに極まれり、である。

「あー、今日もまた始まりましたね……」

 キミカが苦々しい面持ちで二人の仲裁に向かう。最近、「いつもの光景」になりつつある。リクヤがアイラに突っかかって、キミカが仲裁に入る。何気ない、日常。

 ……つい、思い出してしまう。比較してしまう。おれが生きていた頃、孤児院での日常を。

 あの頃は毎日が地獄だった。一瞬一瞬が絶望にまみれていた。最後には、救いなんて、どこにもないことに気づいて、呪われたような自分の生を憎み、自分を貶める他人を──

 その末路が、今の「虹の死神」という地位。罪人の命を刈るという残酷な役目。けれど、こんな日常風景を見ていると、死神である残酷性を忘れ、「まあ、生前に比べたらましだな」なんて思ってしまう。

 ……そんなこと、あり得ないのに。

「セッカ、マザーがお呼びだ」

「……今行く」

 ユウヒの目も見ずに答える。きっと任務だろう。

 何が救いなものか。

 おれは今日もまた、人を殺す。死神として。


「おまえが任務に行くのは初めてだったな」

「ああ、よろしく頼む」

 おれはアイラと歩いていた。いつも通り、夜の街だ。夜じゃないとおれは出歩けないし、吸血鬼であるアイラも夜の方が動きやすいらしい。まあ、昼間に死神の真っ黒なマントが目立つというのもある。……昼間にしろ、夜にしろ、おれの真っ白なマントは浮いていることこの上ないのだが。

「そういえば、なんであんたのマントだけ白いんだ?」

「体が弱くてな。日の光を遮断するのに、白が都合がいいのだとマザーが言っていた」

 黒は光を吸収しやすい云々。人間の頃には得られなかった知識を披露しながら、アイラと夜道を歩いた。

 アイラはおれに倣ってなのか、マントのフードを深々と被っている。目元は長い前髪で既に見づらそうなのに、と思ったが、深いわけがあるのだろう、とあまり聞かなかった。

「それにしても……初任務で麻薬組織の壊滅とは、マザーも酷なことをする」

「俺は平気だが」

 おれの隣で、アイラはなんでもないような顔をしている。

 まあ、かつて吸血鬼と人間の集団を一人で皆殺しにした「藍色の修羅」だ。一対多でも充分にやっていけるだろうが、初任務で組織壊滅とか、マザーは相変わらずぶっ飛んでいるというか。

 夜の街は静かだ。が、怪しい裏の組織が動くにはうってつけである。だからこそ、夜の街に出してもらって歩いているのだが、どこのドアでも繋げるのだから、その組織の拠点に繋げばいいものを、と思った。

「まあ、組織の壊滅が目的なんだ。その組織の人間を全員を殺さなきゃ帰してもらえないんだろう」

「飲み込みが早いな、アイラ」

 組織戦、とは言うが、実際は「組織の人間を皆殺しにする」のだから、一人も取りこぼすな、ということだろう。

 情報では、マフィアと会合を開いているらしい。「ついでにマフィアも殺っちゃってもいい」とのことだが、「ついで」の規模がでかいと思うのはおれだけだろうか。

 そういえば、と目的地に着くまでの繋ぎにアイラに話題を振った。

「よかったのか? あいつの記憶消して」

 リクヤの生前の記憶を消す。それがアイラの虹の死神の特権による願いだった。なんでも願いを叶えてもらえる虹の死神。けれど、それはたった一度きりだ。

 そんな貴重な機会を自分のためではなく、他人のために使う、なんて、おれは今まで考えたことがなかった。

 もっと色々あったはずだ。アイラが愛していたアルファナを輪廻に戻すために罪を肩代わりする、とか、リクヤを虹の死神から外す、とか、封印を無効にする、とか……色々あったはずだ。

「いいんだ。何をどうやったって、俺の罪が消えるわけじゃない。あいつの罪も……消えることはない。俺の中で、一生生き続ける。だから、あいつと向き合う必要がある」

 あいつ──リクヤが生前に犯した罪。おそらく、アルファナの自殺のことを言っているのだろう。やはり、アイラの中であのことは看過できないらしい。

「リクヤを恨んでいるか?」

「いいや」

 意外にも、即答だった。

「全く恨んでいない、と言ったら嘘になるが、あいつにもあいつなりの考えがあってした、ということはわかっている。ただ、そういった恨みの感情は、五千年前にもうぶつけてきた。だから、いいんだ」

 五千年。時間感覚が曖昧な死神になってからは自覚はないが、人間だった時代からすると、途方もない時間だ。人生を省みるには充分すぎる時間と言えるだろう。

 何度、省みたのだろう。アイラをちら、と見ながら、そんなことを考えた。

 ──いや。

 それをずっと考え続けるのは辛すぎる。もしそうだとしたら、おれは何千年経ったかしれない今も、あの過去に苛まれ続けなければならないことになる。

「……あそこか」

 おれが回想しているうちに、目的地に着いたらしい。アイラの声に顔を上げる。

 重い空気を背負う建物。いかにも、というか、人の気配が異様だ。人がたくさんいるのではなく、人がいるが、その気配を隠そうとしているのが滲み出ている。きっと常人なら、建物の中に人がいるなど想像できないほどに気配が殺されている。

 これだけこそこそしていると、堂々と「ここで非合法なことしてます」と言っているようなものだ。やや呆れる。

「……人数が多そうだな。全員やるのか」

「マザーがそう言っているからな」

「性格悪いな……」

 ごもっともすぎてちょっと噴いてしまった。それから気を引き締めて中に入った。

 油断はできない。死神は役目を終えるまで肉体が死ぬことはないとされているが、肉体の再生はごめん被りたい。

 大人数を相手におれとアイラをあてがったのは、おそらく「効率性」からだろう。大人数を相手にしたことがあり、戦うことに長けているから。嬉しくはないが、間違っていない。

「お手並み拝見だな」

 拳を鳴らしながら、口の端が吊り上がっていくのを自覚した。

「まあ、あっても嬉しくはない才能だが……」

 アイラも隣で笑っているのを感じた。


 まあ、結果はすごいことになった。

 飛び交う薬莢、鈍く耳に残る殴打音。流れる誰かの血の匂い。気を抜くと飛ばしてしまいそうだ。孤児院のときは飛び道具なんてなかったが、あのときに似た匂いが、おれの鼻腔を擽り、嘲るように抑えた本能を刺激してくる。

 駄目だ。飛ばしてはいけない。アイラが飛んだら誰が止めるんだ。

 ──そうか、そのためにおれなのか。

 気づいた瞬間、頭の中が冴え渡って、先程までの暴走の気配など嘘のように消えていく。

 一人を殴り飛ばして、アイラの方へ視線を滑らせる。

「……は……」

 蹂躙と殺戮の中央に、彼は立っていた。さながら、この空間の王であるかのような堂々とした出で立ち。畏怖という言葉が脳裏をよぎる。

 ──これが、人間も吸血鬼もものともしない戦いの王。

 まるで獣だ。理性なく、自分の満足のいくまで食い散らかす、獣。

 人間業とは思えない、引きちぎられた人間の首や腕……凄惨な光景が殺戮の二文字を彩っていた。

 アイラは何も言わずに、ただ向かってくる者を殺していた。ちゃちな玩具を壊すように、いとも容易く。とても恐ろしい光景だった。

 もっと恐ろしいのは、それを「美しい」と思ってしまったことだ。完成された、殺戮の美。蹂躙の背徳。背筋を悪寒が繊細な指先でなぞっていく。

 ……ああ、これは人間じゃない。これがおとぎ話でもなんでもない、「吸血鬼」の成せる業なのだ。

 血にまみれた身体中が、とても綺麗だ。不謹慎なのはわかっている。けれど、そう思わずにはいられなかった。




 ヒトゴロシがこんなに美しいなんて。




 あってはならないことだ。

 けれど、おれはすぐには止められなかった。一瞬とはいえ、見惚れてしまったのだ。

 だが、思い出す。


 必要以上の死体の損壊は罪に数えられ、罪の数値を増加させる。

 数値の増加は、痛みをもたらす。

 思い出したおれは叫んだ。


「アイラ、やめろ!!」


 ぺろり、と口の端についた返り血を舐めるアイラ。吸血鬼だからなのか、そんな異様な仕草さえも、艶やかに見える。

 吐きたくなるほど美しかった。

 さらりと落ちた赤髪の合間から見えるぎらぎらと輝いた藍色の瞳に息を飲んだ。


 ああ、吸血鬼には、この程度の蹂躙、日常茶飯事なのか。

 おれはそう気づいた。


 アイラの唇が、もう物言わぬ骸と化したものの首筋に触れ、その人間よりも鋭い犬歯がゆっくり、つぷり、と刺さっていくようなそんな、美しくも残酷な映像が広がっていく。

 おれはぎりり、と拳を握りしめた。血が出るほどだったかもしれない。けれど、痛みは一瞬で、おれを正気に戻す。

「アイラ!!」

 叫ぶ。他に生者のいない空間によく声は通った。

「もうやめろ!! 任務は達成だ」

 アイラに近づき、肩をがしりと掴んで揺さぶる。目を覚ませ、と叫ぶように。

 アイラから、しばらく反応はなかった。茫然自失としていたのかもしれない。ただ、光を失っていたアイラの藍色の目に正気の光が灯ったような気がした。

 それから、ゆらり、とおれを見上げたアイラは、おれではない何かを見ているような気がした。

 それから、ぎりぎりと掴んでいた手から、アイラの力が緩んでいく。

 それから掠れた声で、アイラが呟いた。

「やめてくれ」

「え?」

 言葉の意図が読めず、おれは目を丸くした。そのうちに緩んだ手を振りほどかれた。

「……今は、赤に呑まれそうなんだ。お前のその赤い目で、俺を真っ直ぐ見ないでくれ……」

 ──赤。それは血の色。

 もしかしたら、それはアイラの理性を壊す色なのかもしれない。察すると、おれはアイラから手を離し、目を逸らした。

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