表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹の死神  作者: 九JACK
死神の因縁
58/150

赤き道を辿る

 フランとアリアの想いが愛に昇華されてから数日が経ったある日。

『セッカ、任務です』

 久々におれ指定の任務が回ってきた。フランは暇そうにしていたので、任務に行くと告げると、自分もついていく、とやってきた。

 アリアと一緒じゃなくていいのか? と茶化すと、顔を真っ赤にする。初だ。

「じゃなくて! ……何か、嫌な予感がするんだよ」

 む、勘の鋭いフランに「嫌な予感」などと口にされると身構えてしまう。本当にろくでもないことが起こるかもしれないような気がするじゃないか、と告げると、そんなにあてにされても困る、とフランは眉を八の字にした。

「手伝えることがあったら言ってよ。いつも世話になってるからさ」

 義理がたい。住んでいたストリートの人々の人となりが反映されているのだろう。別にマザーからは何も言われないのでいいだろう。

 おれは扉を開けた。

 フランの言った「嫌な予感」について、ろくに考えもせず。


 扉から外に出て、と思ったら、屋内だった。随分立派な建物だ。天井が高い。大きなシャンデリアが遠く感じられるから、かなり高いのだろう。おれはふと、アーゼンクロイツの家にいたときのことを思い出した。アーゼンクロイツの家は、確かこんな感じだった。

 一方、ストリート育ちのフランはこういう荘厳な造りの家を見るのは初めてなのだろう。広っ、と驚愕している。

 マザーからはまだ対象の詳細な情報は聞いていないが、この屋敷の中にいるのだろう。でなければ、こんな場所に出されるのはあまりにも唐突すぎる。

 辺りに人がいないことを確認してから、おれは中空に問う。

「マザー、今回の対象は?」

 マザーはさらりと答えた。

「フィウナ・アーゼンクロイツという人物です」

 その名前に愕然とした。


 フィウナ・アーゼンクロイツ。

 医学と科学において名を馳せている名家の令嬢だ。おれを拾ってくれた姉の名前でもある。

 姉は、炎の中に消えて死んだ。どういう因果かは知らないが、数百年……いや、千年以上の時を越えて、同じアーゼンクロイツという一族からフィウナという名前の令嬢が誕生した。

 彼女は科学においても医学においても、その才覚を発揮し、それなりの地位を得ている。だから、こういう屋敷に住んでいる。おれは以前、訪れたことがあった。ストリートチルドレン失踪事件の真相を探るために。その真相が生み出した結果であるフランが今、ここにいるというのは何という因果だろうか。

「……何故ですか?」

 おれはマザーに問いかけた。声が震えている自覚はある。けれど、聞かずにはいられなかった。マザーは知っているはずだ。フィウナ・アーゼンクロイツとおれの関係を。

 それとも、過去など関係ないと言いたいのだろうか。どんな因果があろうと、任務は任務。……フランとアリアに親切なものだから、忘れかけていたマザー本来の冷酷無慈悲な性格を、表したのだろうか。

「セッカ、大丈夫か? 顔色悪い」

 心配してくるフランに元々だ、という冗談も飛ばせない。おれは混乱していた。何をすべきかわからない。何故ここにいるのかわからない。フランの言葉も上手く認知できない。口からはただ、嗚咽のような声が零れるだけ。

 気づくとおれは、頭を抱えて踞っていた。

 そんなおれの頭の中に淡々としたマザーの声が入ってくる。

『フィウナ・アーゼンクロイツはフランの持つ竜鱗細胞を発見した人物です。つまり、竜鱗細胞実験にまつわる事件は彼女が竜鱗細胞を発見したことから始まっているのです。

 それにセッカ、あなたが調べたのではないですか。最初の竜鱗細胞実験にフィウナが携わっていたことを』

 最初の竜鱗細胞実験。

 おれがストリートチルドレン失踪事件に何かしらの研究が絡んでいるのではないか、と見て、アーゼンクロイツの屋敷を訪ねた。そこでフィウナ嬢に見せられたリスト。その中には黒く塗り潰されかけた「竜鱗細胞実験」の文字があった。

 竜鱗細胞実験をフィウナ嬢は忌み嫌っていた。「あれは見つけるべきではなかった」「やるべきではなかった」と。……その言葉尻を取れば確かに、フィウナ嬢が直接、竜鱗細胞実験に関わっていたことが窺える。

 竜鱗細胞実験では、実験動物として定番のラットや他の様々な動物に留まらず、人体実験も行ったと確かに聞いた。フィウナ嬢はあまり気が進まないように話していたのを覚えている。

 竜鱗細胞実験は失敗という言葉だけでは片付けられないほどの犠牲を出した。これまでの考え方からいけば、これも寿命操作の罪に相当するにちがいない。

 だが、何故今頃……そう思っていると、マザーが言った。

『竜鱗細胞実験は、フランが浄化されることによって、完結を迎えます。あの実験は後世に残してはならないものです。そして、このアーゼンクロイツ邸には唯一、その実験資料と実験を知るフィウナが生きています。それを利用しようとする輩がいつ出てくるかわからない。ならば、フィウナの罪と共に、消し去ってしまいましょう。

 罪の未然の解決が、あなたたち虹の死神の望みでしょう?』

 マザーの淡々とした語りと反論を許さない理論に、おれは何も返すことができなかった。違う。おれが望んだのは、こういうことじゃない。

「大丈夫ですか?」

 おれが踞ったままでいると、ふとそんな声がかけられた。懐かしい声だ。……今、一番聞きたくなかった声だ。

「……フィウナ嬢」

「あら、あなたはいつかの……」

 顔を上げると、フィウナ嬢はあのときよりすっかり年を経ていて、顔に少ししわが見える。だが、美しい金髪と意志の強そうな蒼い目は健在である。……泣きたくなるくらい、彼女は姉にそっくりだった。

 姉も年を取れば、こんな風になったんだろうか、と、記憶が感傷に傾く中、おれはその人を見上げた。

「また何かご用ですか? お久しぶりなのに、あなたは老けませんね」

 私はこんなになっちゃって、と苦笑するフィウナ嬢に、おれはかける言葉が見つからない。

 そんなフィウナ嬢とおれの間に、フランが割って入る。

「俺たちは、あんたを殺しに来た、死神だ」

 リクヤとよく似て、直球な言葉しか投げられないフランだが、その分言葉の意味が伝わりやすい。フィウナ嬢は驚いたようだが、それからほうと息を吐き、微笑む。

「なるほど。ようやく私の業も納めどきがきましたか」

 フィウナ嬢は、自分の罪を自覚しているらしかった。フランはああ、と頷いて、当初より随分自在に操れるようになったらしい竜鱗細胞を腕まで上らせた。

 それを見たフィウナ嬢は目を見開く。フランが少々無愛想に言った。

「何十年か前、ストリートチルドレンの失踪事件が相次いだのを覚えているか? 俺はそれで竜鱗細胞の実験の被験者にされ、竜鱗細胞に適合した。それからあの施設はぶっ壊して、もうない。……竜鱗細胞のデータがあるのはこの家と、あんたの頭の中だ」

 フィウナ嬢はごめんなさい、とフランに言い、悲しげに顔を歪めた。フランは短く、別にいい、と告げた。フィウナ嬢の顔に少しだけ救われたような表情が宿る。

 ややあって、フィウナ嬢はぽつりと紡いだ。

「それなら、私が死神に刈られるのも道理ね。では、死神さん、最後に私の願いを一つだけ聞いてはくださいませんか?」

 おれは顔を上げなかった。上げなかったが、小さく頷いた。

「この屋敷を、燃やしてください」

 おれは弾かれたように顔を上げた。

「屋敷を、燃やす……?」

 フランも、なんでそこまで、という表情をしていた。フィウナ嬢は困ったような表情で告げる。

「申し訳ないのですが、竜鱗細胞のデータを屋敷のどこに隠したのかわかりませんので。……それに、そろそろアーゼンクロイツの名がなくなっても仕方ないでしょう」

 私には子どもがいませんから、と、フィウナ嬢は告げた。どうやら、アーゼンクロイツの血を繋ぐことはできなかったらしい。フィウナ嬢はどんな縁談も蹴ったのだという。

 小首を傾げてこんなことを言うのだ。

「私にはちゃんと、想うべき相手がいて、その方以外と結ばれる必要はない気がしたのです。もしかしたら気のせいかもしれませんが……勘なんてあてになりませんね」

 まさか、と思った。

 フィウナ嬢とおれの姉の名前の一致は偶然などではなく、容姿が似ているのも、偶然などではなく、今アイラが封印されている体がアイラとよく似た容姿の少年であるように、宗教的で、根拠と言えるものはないが、フィウナ嬢は……魂が同じなのかもしれない。

 だとしたら、結ばれるべき相手とは、誰だったのだろうか。

 おれはまだ、答えを見つけられていないというのに。


 火を放ち、フランが何人かの使用人を助けた。使用人たちは燃えていく屋敷を呆然と見上げていた。フィウナ嬢がいないことに気づき、慌てて火中に飛び込もうとする者がいたが、もう遅い、とフランが止めている。

 フィウナの命が消えるとき、フィウナがおれを見て、目を見開き、それから小さく呟いた。

「雨音が響いていますね」

 降っているのは雨ではなく、雪だ。肌に当たる空気は冷たい。

 フィウナの言葉の意味も、自分が抱くべき感情もわからないまま、おれはアーゼンクロイツ邸が崩落していく様を見つめていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ