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虹の死神  作者: 九JACK
死神の因縁
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藍より深く

 霊凍室はひんやりとしていた。まあ、いつものことなのだが。

 カプセルのようなものがいくつも並んでいる。カプセルの下にはカプセルの中にいる死神の名前が書かれていた。基本的に生前の名前だ。おれはその中からアルファナと書かれたものを探し出す。

 アルファナはずっと前から同じ場所にあった。何年……いや、何十年、解放されるのを待っているのだろうか。おれたち虹の死神と違って、普通の死神は霊凍室に保存されている。黒いカプセルが建ち並ぶ姿は一種、墓地のようにも見える。そんなカプセルの中で眠る死神たちは何を考えているのだろうか。それとも何も考えていないのだろうか。あまり普通の死神に深く関わることがなかったため、今まで考えもしなかった。彼らも元は人間で、それぞれに思考があったはずなのに。

 そう考えると、おれは一種、薄情なのかもしれないな、と自虐的なことを考えながら、アルファナのカプセルを開けた。

 アルファナはすう、と降り、その目を開ける。キミカと同じ金色の瞳は、何か惹き付けるものを感じた。関わりが少ないおれでさえそう感じたのだから、婚約者だったアイラや、言い寄ったリクヤなんかは、もっと深い感情を抱いていただろう。おれは愛をこの身に受けたことなんて、一度しかないから、人を愛するという行為がどれだけ大切で、どれほど重いものか知らない。

 とりあえず、降り立ったアルファナに一言。

「久しぶりだな」

「お久しぶり……なのかしら」

 疑問を浮かべるアルファナに興味が湧いたので訊いてみる。

「カプセルの中にいる間は時間の経過とかは感じないのか?」

「……私は感じないわ。他がどうなのかわからないけれど」

 ふむ、検証の余地がありそうだ。

 なんて思っている傍らで、アルファナは暗い表情になり、俯く。

「ただ、ずっと夢のように過去を見ているの」

「過去を……?」

 顔を覗きこもうとすると、目を逸らされてしまった。

 まあ、アルファナの過去……というか最期は人伝に聞いている。あまり胸の透くものではないだろう。

 アルファナは胸元できゅ、と手を握りしめた。

「私はリクヤを惑わせてしまった。それが悲劇に繋がった。……愛と愛情は違うわ。あの子はそれがわからなかったのよ。それに私は気づけなかった……いいえ、気づかないふりをしていた。だから、私は死んで、それからリクヤもアイも死んでしまったのよ」

 アルファナは自分が悪いと思っているようだが。

「人を好きになるのに、いいも悪いもないんじゃないか?」

 まあ、愛と愛情の違いもろくにわからないやつが何を言うとは思うが。

 倫理だか道徳だか社会だか何だかに逆らった行為だとしても、その瞬間、その人を好きになった感情というのは嘘ではないだろう。

「あなたは優しいものの考え方をする人ね」

「……そうかな」

 これでも一応、施設を一人で一晩で壊滅させた虐殺の徒なのだが。

 それもアルファナの知らない話だ。指摘しても仕方がない。

 おれは手短に用件を伝えた。

「任務だ」

「ええ、起こされたということは、そういうことね。標的は?」

「人間の暗殺者だ」

 伝えると、アルファナはほっとした様子を見せる。まあ、前二回が悪かった。想い人と曰く付きの人間だ。

 気休めにしかならないだろうが、言っておく。

「今回の任務で、お前は解放されるだろう。魂の死というやつを迎えるんだ」

「随分宗教的な物言いをするのね」

 そうだろうか。意識はしていなかったが。まあ、姉が教会と繋がりがあったから、少し移ったのかもしれない。

 行くぞ、と言おうとして、アルファナが遠い目をしていることに気づく。どうしたんだろうか。

「そっか、私はまた、二人を置いていくのね」

 アルファナは、リクヤが虹の死神になり、アイラが封印されていることを知っている。更に言うと、アイラは封印から解放されても虹の死神になる未来が待っているため、先程のおれの物言いで言うところの魂の死は迎えられない。

 少し、アルファナの感情が気になった。自害したときもそうだが、彼女は一体、何を思って逝くのだろうか。

 それを見届けるのがきっと、おれの役割なのだろう。

 霊凍室の扉に向かう。おそらくマザーは外に繋いでいるのだろう。

「行くぞ」

 後ろを確認すると、死神の鎌を手にしたアルファナが無言で頷いた。


 外は夜だった。最近、あまり死神界から出ないので、時間の感覚がわからない。大体、起きて、リビングに行くのが朝で、ユウヒとリクヤがよくわからない理由で殴り合いをして終わってくるのが昼で、アリアが任務から帰ってきたフランを寝かせるために本を読み聞かせ、眠くなってくる頃が夜だと思っている。死神界には時計がないため、よくわからない。フランと違い、「死んでいる」おれたちの時間は止まっているのかもしれないし、死神そのものに時間という概念が通用しないということなのかもしれない。フランは特殊としか言い様がない。

 もしかしたら、マザーは任務を速やかに行いやすい時間帯の外に繋いでくれていて、おれたちの中での時間の経過など、あまり関係ないのかもしれない。……ここまでくるともはやサイエンスフィクションだ。

 考えてもよくわからないのは変わらない。死神界及び死神の仕組みを理解しているのは、おそらくマザーだけなのだろう。

 とにかく、夜の闇の中というのは非常に都合がいい。目立たないから。

 ただ、猫ではないので、何分、夜目が利かない。さて、標的はどこだろうか。

「……あれかしら」

 アルファナが呟いたのに振り向くと、アルファナの金色の瞳は夜闇の中にあっても際立っていた。夜目を持っているのか、吸血鬼の特性というやつか。

「いるのか」

「ええ、足音がほとんどないけれど、血の匂いがするのが一人」

 暗殺者と聞いた。犯行を働いたばかりということだろうか。吸血鬼というのは読んで字の如く、血を吸う生き物だ。血の匂いには敏感なのだろう。おれも空を嗅いでみるが、さっぱりだ。

 アルファナはおれやフランのように暴走の心配はないだろう。おれは無言で行くように促す。アルファナが小さく顎を引くような気配を見せた直後、そこにアルファナはいなかった。

 速い。

 少し街灯があるので見えたが、黒い影の後ろに瞬間移動のように移動し、鎌を振り下ろす。黒いマントと相まって、死神らしく見えた。ごとり、と対象の人間の首が落ちる。

 長年死神をやってきたが、そういえば人間の首を落としたことはない。人間だった頃の知識では、死神は大きな鎌で、今アルファナがやってみせたように、首をちょんぎるイメージだった。だが、実際死神になって、やったことがないというのは不思議な感じがした。

 脳内に女声が谺する。

『任務達成です』

 いつ聞いても感情が感じられないマザーの声だ。おれは浄化するのであろうアルファナの傍に近づいた。

 しかし、アルファナの体が消えていくような感じはなかった。普通は任務を達成すると透けていくのだが。

 まだ罪の数値が残っているのだろうか、と思ったが、アルファナの首筋に黒い刺青のように「〇」という数字が書かれていた。

 マザーの意図はわからない。わからないが、猶予があるのなら、少しくらい話してもいいのだろう。

「アルファナ」

「なんですか?」

 おれは聞くと決めていたことを口にする。

「愛って何だ?」

 おれが知らなかったもの、知れなかったもの。キミカがアリアの編み込みのハート型に込めた思いを実はよく知らない。

 アルファナは難しいことを聞くわね、と苦笑いした。

 愛と愛情は違う、と言い切ったアルファナにさえ、難しい問題なのか、と思っていると、アルファナが口にする。

「愛しいと思うのは愛情。家族や友達に抱くのは愛情よ。家族も友達も越えて、好きだと思えることが、愛かしら」

 少なくとも、私はそうだったわ、とアルファナは呟いた。その瞳は今、おれを映してはいないだろう。思い浮かべているのは、アイラだろうか、リクヤだろうか。

「そろそろ、お別れね」

「ああ、ありがとう」

「何のこと?」

 アルファナは苦笑のようにそう言い、空気に溶けて消えた。

 家族も友達も越えて、好きだと思えることが愛。だとしたら、フランとアリアのあれは愛なのだろうか。

 それと同時、おれの中にもぽつりと疑問が浮かぶ。

 おれがフィウナ姉さんに抱いていたのは愛情だろうか、それとも──



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