黄に溶ける想い
フランとアリアは竜鱗細胞実験で出会った。フランは竜鱗細胞実験に否定的で、アリアは肯定的だった。そんな思うところが正反対に見える二人が意気投合したのは奇跡と呼べはしないだろうか。
元々ストリートチルドレンだったフランと富豪の令嬢だったアリア、親に捨てられたフランと親に大切に育てられたアリア、ストリートに守られて育ったフランとストリートを守るために犠牲となったアリア。こんなにも相反する二人が、何故ここまで仲良くなったのか。子どもだったからだろうか。
それだけで説明するには、おれは「子ども」を知らない。おれは捨てられ、富豪に拾われ、それから施設に送られた。二人とは似て非なる人生を送ったものだから、たった二人の子どもの心情がてんでわからない。
だが、これだけはわかる。「子ども」だった二人は成長している。竜鱗細胞実験を経て、死神となって。自分だけで精一杯だったフランはアリアのために行動するし、アリアはフランのその行為を誠心誠意、受け止める。
アリアは死んでいるから体の成長はないが、フランと同様、アリアも心が成長していっている。子どもだったときでも充分に大人びた考えを持つ人間だったが、更に広い視野で物事を見られるようになったと思う。
アリアはフランのために、髪を編む。きっとそれは初めての任務で、自分は人を殺せないと知ったからだろう。その分、運命共同体であるフランに「人殺し」という重い荷を背負わせることになる。だからきっと、アリアは自分にできる最大限のこと──髪を編む、というのをするのだと思う。
そんなアリアのことをフランはどう思っているのだろうか。人の摂理に反していても、再会したかった人。それを叶えた。アリアと共に過ごして、それ以上の感情を抱いたりしないのだろうか。──例えば、好きだとか。
おれたちには無縁の言葉だ。人の憎悪を取り扱う死神という種族には。けれど、それくらい願ったっていいじゃないか。人殺しばかりする中で新しく生まれ出る愛、それほど微笑ましいものが、果たしてこの世にあるだろうか。おれは──たぶん、キミカやリクヤもそれを見届けたい。
ユウヒはわからない。毎日濁った目をして、腕に切り傷を入れるユウヒは、すっかり何を考えているのかわからなくなってしまった。フランにかけられる「死神の任務、ご苦労様でした」という台詞には、以前のマザーがそうであったように、人間の感情というものが感じられない。……死神を始まりから見てきた人物だ。長年やるとこうなってしまうのだろうか。そう思うと、長くやるのもどうなのかと思う。
ハート型に編み上がっていくアリアの髪。アリアを見ていると、アリアとフランは友達のように見える。アリアは死んだあのときのままの感情なのかもしれない。
少女というより女の子と言い表した方が適切な容姿をしている。彼女は「死んでいる」から、フランのように成長することはない。
引き離されていく見た目、でも傍で見ているというのはどういう感情なのだろうか。
「……人を好きになるっていうのは、どういう感情なんだろうな」
ぽつりとこぼした疑問に、キミカは言わないでくださいよ、と言わんばかりに睨んできたが、彼はすぐに答えた。
「とても美しい感情ですよ。わからないなら、誰かに聞いてみては?」
無茶を言う。
「誰かとは?」
キミカはそこで少し考え、中空で人差し指をぐるりと回した。ぱっと閃いたように表情が輝く。
「アルファナさんとか」
「ああ……」
おれは思わず苦い面持ちになってしまった。
アルファナといえば、吸血鬼という特殊な種族が住まう世界から死神になった人物だ。リクヤと同じ時期に。藍色の髪と金色の瞳が印象的なかっこいい女性である。
問題は、彼女の死に様にあった。
アルファナは自害した。自殺も寿命を操作する行為として、死神の世界では罪になる。故に彼女は死神となることになったのだが……彼女が何故、自害という道を選んだのかというと、それはひとえに、ある人物への愛故になのである。
今はまだ死神にはなっていないが、いずれ虹の死神の藍の席を埋めるだろう、吸血鬼のアイラという人物がいる。軽く聞いた話だと、アイラとアルファナは婚約者で、アルファナは今死神になっているリクヤに言い寄られ、操を立てるために死を選んだのだという。
それで、リクヤと同じく死神になってしまうとはなんとも言えない皮肉なシチュエーションだが……操を立てるほど、アイラを愛していたということだろう。なるほど、愛を語らせるにはこれ以上となく適した人物ではある。
ただ、アルファナは虹や彩雲の死神と違い、普段は霊凍室という場所に閉じ込められている。当初は意味がわからなかったが、霊凍室とは上手いことを言う。今、人間の間では、「コールドスリープ」という研究がされている。体を急速冷凍することで仮死状態にし、そのまま何年保存しても解凍すると生きているという摩訶不思議と言えば摩訶不思議な現象のことだ。これなら人間の求める「永遠の命」というものが実現できるかもしれない……という研究がされている。
永遠の命について、マザーは今のところ何も言っていない。実現できないから言わないのか、寿命操作に該当しないから言わないのかはわからない。
ただ、霊凍室はコールドスリープに肖ってつけられた名前なのだろう。……マザーが人間だった頃にはまだコールドスリープの概念はなかったと思うが。
「……霊凍室に行ってみるか」
任務以外で死神を解放できるのかわからないが。
と、思っていたら。
『セッカ、任務です』
久しぶりにマザーのお呼びだ。
「なんでしょう」
『そろそろ、アルファナを解放するべきと考えます』
マザーにしてはまともなことを言う。
『ちょうど、罪の溜まった暗殺者がいます。アルファナにその暗殺者を刈らせてください』
「了解した」
……もしかして、マザーはおれに言い訳を与えてくれたのだろうか。アルファナに会いに行くという。
随分人道的になったものだ。……何かあるのだろうか。
いや、無駄に勘繰るのはよくない。今は任務に集中だ。
アルファナがようやく解放されるというのは喜ばしいはずのことだ。死神になってから、アイラに当たったり、フランに当たったりと引きが良くなかった。ただの暗殺者程度なら、吸血鬼で人間より身体能力が高いらしいアルファナのことだ。難なく刈ることができるだろう。
おれは霊凍室に向かった。




