黄のせいではなく
死神界は基本的に扉であらゆる場所に繋がっています。
改めて死神界について書いたことがなかったので、私キミカがセッカから日記を借りて、これを綴っています。
私は新しく彩雲の死神として死神になったフランと一緒に死神界の探索をしました。
「えー、今まで探検したことなかったの? つまんねーの」
と、フランに言われてしまいました。あまり体が丈夫ではなかったので、動き回るという発想がなかったので。そういえば私、病床から起き上がるところなんて、自分でも想像ができません。
苦笑いしながら、リビングと呼ばれる部屋から、一つ目の扉を開けました。フランが非常に目を輝かせているのが印象的でした。子どもらしくて微笑ましいです。
「俺だって、研究所? にいた最初の頃は研究所? の中をみんなと探検したんだぜ? ストリートでも探検は必須だ」
探検をしないと食べ物にありつけないということでした。
「よく見つかりませんでしたね」
「隠密行動も必須だ」
ポテンシャルの高いストリートチルドレンもあったものです。
ポテンシャルが高いといえば、アリアもそうですが、アリアが社会的な教養の下に育てられたポテンシャルなら、フランは元々の初期値が高いタイプなんでしょうね。
ここ数日で、フランの面倒を見るのは、なんとなく私ということになっていました。
「虹の死神って、なんかすっげえ個性? の塊みたい」
あなたが言いますか。
「そうですね。まあ、どの死神も特殊な環境下で育ちましたから」
リクヤについてはバレたらいけないので語れませんでしたが、振り返ってみると個性的です、確かに。
「セッカは親に捨てられたのだと聞いたことがあります」
「あ、あのでっかい人? なんかわかる。あの人すっげえ俺と似た臭いするもん」
天性の勘というものが成せるのでしょうか。教養がない分、フランはそっちの方が冴えていて、生きる上で欠けている面を補っているように見えます。
私は続けました。
「ですが、一度は良家に引き取られたようですね。正確には良家のお嬢様に見留められたというか」
そんな辺り、セッカとフランは似ているような気がします。セッカが拾われたというフィウナ嬢、フランと親しくなったアリア。この関係はよく似ていて、けれど、その儚さを描いた物語になっている気がします。
「へぇ。家あったんだ」
「結局、追い出されて孤児院に行ったらしいですよ」
その辺りの社会のシステムというのが、フランの時代ではなかったのが疑問だ。いや、暮らしている街が違うからだろうか。
ストリートにたむろする子どもたちと、施設に送られる子ども。どちらもいいとも悪いとも断定できません。結局、親が子どもを育てないという社会的問題は解決されていないのですから。
これは何年経っても解決されない問題なのでしょうか。いつか、ユウヒさん以外のみんなで読んだユウヒさんの過去を思い出します。
あの人は親に望まれていなかったところがありました。最初から最後まで、あの人は人として望まれず……最後にはこの死神の祖となって、今も死神として生き続けていると言います。
私が口を閉ざすと、フランがぽつりと語り始めました。
「マザー? って人からは、人間じゃない感じがするよ。人間だったあんたたちが嫌うのはわかる。俺も好きじゃない。宗教? の考え方みたいで嫌だ」
死神は元々、宗教的な存在です。死神を統括するマザーの元は人間で、神様と謳われていた話も聞いたことがあります。
神様、という言葉が自分の中から出てきて、私はおかしくて笑いました。
「私、昔は神様って言われていたんですよ?」
あまり美しくない過去のお話です。私は神様だ使徒さまだと奉り上げられ、人々に恩恵をもたらすためだけにあれやこれやと延命措置を施されていたのです。
あれは何度思い返してもおかしな話でした。恩恵をただの体の弱い人間に求めて、盲信して、結局恩恵なんて受けられずに死んでいくのですから……彼らがしていたことというのは一体なんだったんでしょうね。
そんな話をすると、フランはあはは、と笑いました。
「俺はね、神様なんて嫌いだよ。大嫌いだ。そもそもいないと思うしね」
「あなたとて、死神ですよ」
「アインが言ってたけど、死神と神様は違うんだって。死神は俺らみたいに人間の命だったり、魂だったりを刈るのが仕事だろ? でも、神様には仕事がないんだ。仕事はみんな小間使い? 任せなのさ。神様は実質なんにもしない。死神は役目を果たす。そう考えたら、死神は神とはついているけど、神様とは違うとかどうとか。まあ、ぶっちゃけて言うと、俺、死神になったからって神様になった気分にはなってないし」
「では、死神になった感想は?」
訊ねると、フランは首を一捻りし、それから屈託なくにかっと笑いました。
「よくわかんね」
まあ、妥当な回答でしょう。
さて、となると気になってくるのは、神様と呼ばれていた私に対する感想ですが。
扉を開けた先には調理場がありました。私はこの時代にはまだないはずのハイテクな器具の使い方の書かれた取説を読みながら、それとなく、フランの回答を待ちます。
しかしフランは答えず、私をじぃっと見ていました。冷蔵庫というらしい箱から取り出した食べ物を見て、どことなく、期待の眼差しを向けられているような気がします。
要するに、お腹が空いたのでしょう。
死神は食べなくても死にませんし、竜鱗細胞に適合したフランなら、何ヵ月か絶食しても支障はないはずです。ですが、食べ物はストリート育ちにとっては貴重なものと聞きます。マザーがいつの間にこんな調理場を用意したのかわかりませんが、死神個人個人に私室が与えられているように、一種のリラクゼーションのようなものとして、マザーが気遣ったのでしょう。……虹の死神に果たして料理ができる人物がいるかは謎ですが。
冷蔵庫にあったのは葉物野菜です。人参もありますね。マザーはベジタリアンなのでしょうか。
とりあえず、フライパンがあるので、調理はできそうです。
一応、長年病院食を食べて、作り方くらいは聞いています。これくらいの材料があれば、野菜炒めくらいは作れるでしょう。私は包丁とまな板を手に取りました。
とんとんと調理を進めていくうちに、またフランが呟きます。
「あんたは神様なんかじゃないよ」
手短に問います。
「何故?」
「神様は料理なんかしないよ。神様は食べ物を人々に与えても調理なんかしない。アインに教えられたけど、神様は貧困した人々にパンを与えたらしいけど、それだけだ。料理っていうのは、人間の文化なんだよ」
アインに聞いたと言いますが、フランの真剣な眼差しを見る限り、フランもフランなりに考えて出した結論なのでしょう。
フランは言葉を連ねます。
「だから、俺はあんたがかつて神様と呼ばれていようと、それは事実ではないんだから、あんたは人間だ。俺は神様は嫌いだけど、人間は好きなんだよ」
遠回しに私をフォローしてくれているようです。
ちょうど、野菜炒めが出来上がりました。
フランは初めてのまともな料理に目を輝かせます。
「俺、食っていいの?」
「もちろん」
「やった!」
いただきます、と手を合わせて、フランが箸を伸ばした先で、──倒れました。
あまりにも唐突な現象に私は呆気に取られました。けれど、フランが机に突っ伏したのも数秒。むくりと顔を上げると……それはフランではありませんでした。
フランにはない知性的な雰囲気。容姿は同じなのに、まるで別人になったよう。……それもそうでしょう。今目の前にいるのは、フランのもう一つの人格、アインなのです。
アインは唐突な人格交替をこう説明しました。
「確か今日はアリアが任務に出ていたのでしたね。アリアが任務に失敗したか何かしたかで、罪の数値が加算されたようです」
アインは淡々と言いますが、死神の罪の数値の加算というのは数値が貼られたところを中心に激痛をもたらします。フラン、アイン、アリアは運命共同体の死神です。誰か一人でも罪が加算されたなら、全員に痛みが走るのです。
ですが、アインはけろりとしていました。まるで、何も感じていないかのようです。
「僕は元々機械ですから、痛覚機能はありません。フランはそれをわかって、痛みから逃れるために、無意識に僕と交替したのでしょう」
「……難儀ですね」
いえ、とアインは首を横に振った。
「僕はこれでよかったと思っています。フランの苦しみを和らげることができるのなら、僕はどう扱われたって、構いません」
アインはそう言うとフランの顔で、フランなら絶対にしないような表情でほろ苦く笑いました。
「これが僕の罪滅ぼしですから」
何に対しての罪滅ぼしかは聞きませんでした。
死神は人の寿命操作を罪とします。けれど世には、他にも罪はごまんとあるのです。
私は暗くなりそうな雰囲気を振り払って、アインに問いました。
「野菜炒め、食べますか?」
するとアインは苦笑いを浮かべました。
「フランが起きてから、いただきます」




