一つの燈
「はははっ、そんなことがあったのかい? マザーが言い負けるなんて、是非とも見たかったなぁ」
野次馬精神剥き出しでユウヒが死神の世界で高笑う。
あれから、マントは砂漠で燃やした。それでよかったかどうかはわからないが、繋がれた扉からフランを死神界に連れて来られたので問題はないのだろう。一応、確認までにユウヒに話をしてやった結果が先の高笑いというわけである。
「まあ、マントがなくても罪の数値があれば死神であることは証明できる。フランの罪の数値はそこそこなはずだ」
「確か、五桁はあったはず」
おれの初期の数値とそう変わらなかったはずだ。研究員を全滅させたこと、残された子どもまで殺したことが罪の数値になっているようだ。元々ストリートチルドレンで行き場がないとはいえ、罪のない命を絶った罪というのは重いだろう。
今は部屋がないので、キミカの部屋で寝かせている。怪我の治りは皮肉にも、竜鱗細胞のおかげで早いらしい。
「しかし、緑の席のやつはいつも面白い。必ずマザーとぶつかるんだ」
「そうなのか」
「正義感の強いやつが多いんだよ。一番難儀だったのは四代目かな。確か、『罪人の命を刈ることも結局人を殺すことじゃないか』とか言って任務に積極的じゃなかった。マザーに罰としてよく数値を増やされていたね。それでも折れない男だった。あの頃は悪戯好きの青の席もいたから、楽しかったなぁ。青のが緑のをけしかけて、マザーを呆れさせていた。そいつでもマザーを言い負かすなんてことはなかったから愉快愉快。是非日記に残しておいてくれ」
と言われたから書いたが。
ユウヒが過去のことを話すのは珍しい。忘れっぽいと自称しているが、深層の記憶に仕舞われているだけなのかもしれない。
話は死神の定義に戻る。
「死神は罪の数値があれば問題ない。フランにはセッカが数値をつけたのだろう?」
「ああ。項のところに」
虹の死神は他の死神に数値を「貼る」という役目がある。数値は体のどこかに必ずある。おれの場合は首筋、キミカは背中、ユウヒは左腕、リクヤは額の左上だったか。マザーが予め決めていた数値をそこに貼ることで死神になるのだという。
また、虹の死神は他の死神の管理もしている。罪の数値が少なく、一つの任務で解放される死神の付き添いをするのは実体を持たないマザーの代わりらしい。マザーが死神界のトップだとすれば、虹の死神は幹部といったところか。更に言うと彩雲は虹の死神の補佐のような役割を担うらしい。
彩雲なんて最近できたばかりだというのに、ユウヒがやたら詳しい、と訝しむと、ユウヒはからから笑った。
「最近ね、マザーから情報が垂れ流されてくるような感覚があるんだよ。脳内が繋がっていると言ったらいいのか……わからない用語があるとき、辞書に書いてある意味を知るときのような感じだ」
「え、それって大丈夫なのか?」
マザーとの同化現象? 一万年以上も死神をやっていると、マザーに存在が近くなるのだろうか。過去を鑑みるに「ユウヒだから」という説もあながち否定できない。
ところで、とユウヒは話題を変える。
「フランを連れてきたわけだけど、棚上げになっているアナロワの企業社長の件はどうするつもりなのかな? セッカには何かあるようだったけど」
「ああ、あれは」
作戦は当然あった。研究施設の資料から、竜鱗細胞実験以外にもアインの人工人格実験に関する資料も得てきた。
人工人格実験は元々普通の実験として実施されたものだったがAIは所詮AI、と科学者たちから唾棄された案だったという。
その逆境で逆に火が着いた研究員が、竜鱗細胞実験と並行して行っていたものだ。竜鱗細胞実験がメインであったため、同じ部署でやっていた人工人格実験も次第に秘匿されるようになったのだという。しかも、一部宗教では、人格を作るということは、人間の魂を作ることに相当するため、神への冒涜も甚だしいと非難されることもあったという。そういう諸事情を踏まえると、人工人格実験が秘匿されたのは、ある意味正しかったのかもしれない。
しかし、次第に竜鱗細胞の第一適合者であるフランを制御するために、自分たちをマスターと慕うアインという人格を移植するに至ったのだとか。その点はいただけないようにも思う。つまりは研究員たちをマスターと慕うアインの純粋な心を弄んだ、ということになるのだから。アインも被害者ではあるのだ。
フランは幸か不幸か、アインにも適合したらしく、アインという人工人格の移植実験は恙無く成功、後は様子を見るだけだったらしい。
そんな最中で、竜鱗細胞の移植にも成功したフランが暴れ、研究施設は壊滅、となったわけだ。
他にも竜鱗細胞に興味を持っている科学者はいるかもしれないが、しばらくはこのような惨事にはならないだろう。そう頻発されても困る。
だが、幸いなこともあった。フランは竜鱗細胞実験に携わった全ての研究員を殺したという。罪のない子どもたちではあったが、竜鱗細胞実験の片鱗を知る者もいなくなっている。砂漠に建設された研究施設の竜鱗細胞実験は秘匿性を保ったまま、密かに終焉を迎えたのだ。後の世に伝わらないのなら、それが一番である。
そんなことを考えていると、フランがキミカと一緒に出てきた。怪我はもういいらしい。肌を見せてもらえば、腕の血は止まっていたし、粗末な服の上から食い千切られかけていた脇腹の竜鱗細胞も元の通りだ。項の数値は長い髪で見えない。
「キミカさんから説明は受けた。願いを一つ、叶えてくれるんだったよな」
「ああ。……マザーが、だが」
言い淀むのに、フランは苦笑いした。キミカがマザーの偏屈さについて、色々話したのかもしれない。
フランはそこで短く息を吸い込んで、吐き出すように願いを告げた。
「俺が死神でいる間だけでいい。アリアと一緒にいたい」
アリアとは、被験者02、フランの次に竜鱗細胞との適合率が高いものの、不測の事態により殺された少女だ。年は、確か十二くらいだった気がする。
マザーからの声はなかったが、途端に自室にいたリクヤが出てきた。一人の少女──いや、女の子といっても過言ではないくらい、幼く、儚げな子どもを連れて。
「こいつが部屋にいきなり現れたんだが」
金色と茶色の中間くらいの髪を右側にサイドテールで括っている。白いリボンがフランとお揃いに見える。質の良さから考えると、元々は彼女が持っていたのかもしれない。
その姿を目にして、フランは一も二もなく、すたすたと少女の方へ歩み寄った。それから、こくりと唾を飲み、口にする。
「アリア……?」
「フラン、本当にフランなの?」
互いに訊ね合ってから、アリアがくすりと笑い、フランの髪を肩口で結うリボンに手を伸ばす。
「確認するまでもないか。フラン、大事にしてくれてたんだね」
そのリボンはおそらく、アリアがフランにあげたものなのだろう。フランは少しはにかんで、うん、と頷いた。
それから、アリアに抱きつく。
まあ、なんてキミカが声を上げ、オアツイことで、とリクヤがそっぽを向いたが、感動の再会に水を射すほど、おれは野暮ったくない。何せ、死んだ人物に会えたのだ。
そんな場面を横目に見ながら、珍しくマザーがまともな願いの叶え方をしたな、と少しだけ感心した。




