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虹の死神  作者: 九JACK
死神の因縁
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燈のない道に

『緊急任務です』

 マザーの静かな声が脳内に響き渡る。おれたち全員に語りかけているのだろう。キミカは耳元に手を当て、リクヤは「なんだよ、こんなときに」と毒づいていた。

 だが、マザーはよほどでなければ「緊急」などという言葉は使わない。というか、おれが死神になってから聞くのは初めてだ。

 マザーはおれたちの心境など気に留める様子もなく、淡々と任務の内容を述べていく。

『対象は二人。そのうち一人は今問題となっている竜鱗細胞を手に入れた少年です。ユウヒの言う通りなら、彼は死神の手に負えないので、立ち向かっても無駄骨に終わることでしょう。問題はもう一人です』

 映像の終わった研究室はいやに静まり返っていた。故に、マザーの一言一言が脳内に焼き付くように入ってくる。

『もう一人の対象はアナロワに社を構える会社の社長……あなたたちにわかりやすく言うのなら、アリアという少女を追い出した張本人です』

 それを言われ、ふと疑問がよぎる。

「アリアは追い出されたことでストリートチルドレンになった。ストリートチルドレンになったことで、ストリートチルドレンばかりを狙っていた竜鱗細胞実験の研究員の下に行くことになり、紆余曲折あり、死亡した。……他人を死に至らしめたとするにはあまりにも間接的すぎる要因に思えるのだが」

 おれが疑問をそのまま口にすると、マザーは即座に違います、と返してきた。

『確かに死神のシステムでは間接的に他人を死に至らしめた者を罰することもあります。けれど、アリアという少女が死に至るまではあまりにも紆余曲折がありすぎました。今回アナロワの会社社長が対象になったのはもっと別な理由です』

「というと?」

 おれが先を促すと、一呼吸置いてから、マザーは告げた。

『アナロワの会社は社長が突然死したことにより、今は混乱を極めています。問題はその元社長の死因にあります』

 ……どうも、ここまでくるときな臭い雰囲気が感じられる。

 アリアは社長令嬢だった。普通、家業というものは社長からその子どもへ引き継がれる場合が多い。つまり、この場合はアリアに引き継がれるべきだった。けれど、アリアはまだ家業を継ぐには幼いと断じられ、継ぐには至らず、現社長となっている元社長の弟が会社を引き継いだ、という話だったはずだ。

 だが、齢十二にして、聡明なアリアを恐れて、アリアの叔父にあたる人物はアリアをストリートチルドレンに貶めた。──なんとなくではあるが、そこに計画性があるように見られる。

 計画性があるということは、ここで問題に挙がってくるのは、元社長の「突然死」だ。社が混乱するほどの突然死。それは元社長の健康状態に全くと言っていいほど不安がなかったからに外ならないだろう。病気には様々あり、突発的な発作を起こして死亡という例もなくはないが、ごく稀だ。

 現社長である人物は、もしかしたら「今」社長に死んでほしかったのではなかろうか。後継者であるアリアが幼い子どもであるうちに死んで、アリアを跡継ぎから引き剥がしたかったのではないか。──そう考えると、道理が通る道が一つある。

 突然死であったにも拘らず、現社長はアリアを退け、スムーズに社長の座に就いた。つまり、元社長の突然死は「仕組まれた」ことであったのだ。

 もしかしたら、聡明なアリアはそのことにいち早く気づいていたのではないか。その聡明さを恐れ、現社長はアリアを追い出したのではないか。自らの罪を明かされる前に。

 だとしたら、その現社長は、罪を犯している。死神で言うところの罪──人の生き死にに関わる罪だ。薬を盛ったのかもしれないし、凄腕の暗殺者を雇ったのかもしれない。どちらにせよ、死神の論理でいけば、罪であることに変わりはない。

 罪人は刈らなければならない。それが死神の決まりだ。だが……

「アインは、アリアは復讐を成し遂げていないと言っていた。それはつまり、親が死んだ真相を知り、竜鱗細胞の力を使って復讐しようとしていたことになる。だが、復讐というものは復讐する相手が決まっていなければできないものだ。つまり、アリアはわかっていたんだ。己の親を殺したのが、叔父であると」

 そこで熟考する。アインから告げられた、アリアを弔ってほしいという嘆願。それは如何様にも受け取れる。だが、アインの話した流れから察するに、アリアが成し遂げられなかった復讐を遂げてほしい、というものだろう。おれたち死神がその叔父を刈るだけで、果たして、アインの嘆願を遂げたことになるのだろうか。

 おれの中である可能性が閃く。

「マザー、彩雲は、おれたち虹の死神のように、願いを叶えてもらうことはできるのか?」

『はい。彩雲は虹の死神の次席といっても過言ではありません。虹の死神と大まかな部分は変わりませんが、何か?』

「それなら、その者の処分を待ってほしい。少年──フランを彩雲にするのが先だ」

『ほう。何か考えがあるのですか?』

 頷く前に、おれはマザーに確認した。

「マザー、おれたち虹の死神、それから彩雲は、一人一つだが、どんな願いでも叶えてもらえるんだったよな?」

『はい』

 それなら、まだ手はある。

「マザー、フランの居場所を教えてくれ」

 おれの中にはある考えがあった。

 フランがもし、彩雲になったとして、願いをなんでも叶えられると知ったなら、彼が何を願うのか、おれにはわかるような気がするのだ。

 もし、その予想が当たっていれば、アインが要求した、アリアの復讐を遂げてほしい、という願いに応えられるような気がするのだ。

 マザーは腑に落ちていないようだったが、おれたちにフランの居場所を教えてくれた。より効率の良い刈りができると言えば、すぐにマザーは受け入れた。マザーは任務がスムーズに行われればそれでいいのだ。それに、いち早くフランを味方につけておいて損はない。

 おれはキミカとリクヤを伴い、その場所へ向かった。


 まだ砂漠の真っ只中、とぼとぼ歩く少年がいた。翡翠のような色をした長髪を肩口で軽く一つに結っている。写真で一度だけ見た被験者01──フランに似ている。ただ、写真のフランは長髪をそのまま流していたので断定はしかねるが、あの髪色はそういないだろう。

 さて、どう声をかけたものやら、と思っていると、リクヤがずいずいとその少年の方へ寄っていった。

「おい、フランだよな?」

 相変わらず、思い立ったら早いやつだな、とやや呆れつつ、おれはフードを深く被った。顔を見られたくないわけではない。単に日差しがきつかったのだ。砂漠のど真ん中である。仕方あるまい。

 顔を晒せと言われたら、キミカはどうかわからないが、おれは大変に困るところだった。そういう意味では、リクヤに行ってもらって正解だったのだろう。

 名前を呼ばれた少年は振り向いた。琥珀色の瞳。間違いない。彼がフランだ。髪を結っているのは白いリボン。少しくたびれているが、ストリートチルドレンがするにしては上質なものであることが窺える。

 フランはリクヤに負けず劣らずな無愛想な表情をして、ぶっきらぼうに言い放つ。

「何、あんたたち」

 まあ、フランがそう思うのも仕方のないことだ。今のおれたちはマントを羽織った──重ね重ね言うが正式名称はローブであり、マザーがマントと譲らないため、マントと呼んでいる──三人衆だ。黒ずくめ二人と白ずくめ一人。怪しいことこの上ない。

 そんな自覚があるのかないのか、リクヤはずけずけと続ける。

「お前、竜鱗細胞実験で竜鱗細胞に唯一適合した被験者01と呼ばれていただろ? 竜鱗細胞を植え付けられてから、研究施設を壊した」

「なんで知ってる?」

「聞いたからだ」

 ぶわりとフランから怒気が溢れ出す。琥珀の瞳が赤くちらちらと変わりつつあった。

「お前、こないだのやつらの仲間か」

 こないだのやつら、とはおそらく、ユウヒとアルファナのことを言っているのだろう。格好がほとんど同じなのだから、想像がつくだろう。

 リクヤは迷いなく頷く。……少しは警戒されているのを解く方向に持っていってほしいのだが。この真正面からぶつかっていくタイプがリクヤ、と考えれば良いのだろうか。

 とはいえ、フランに明らかに警戒されてしまったのは痛い。この先の交渉に支障が出ないか不安だ。

 そう思っていると、リクヤがいきなり、頭を下げた。

「こないだ襲ったことは謝る。だから、頼みを聞いてほしいんだ」

 想像以上にド直球だった。

 フランが未だに訝しげな表情でリクヤを見ている。その真意を推し量ろうとしているのだろうか。

「……別に、おれを殺さないなら、いいよ」

 案外あっさり承諾された。

 戸惑うおれとキミカを尻目に、リクヤが本当か!? とがばっと顔を上げる。

 特に考えもなかったのだろう。そこから先も直球だった。

「死神になってくれ」

 頭ひっぱたいてやろうかと思った。



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