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虹の死神  作者: 九JACK
死神の因縁
44/150

藍よりも

 アリアを弔ってあげてください──つまり、

「嘘だろ……」

 リクヤが唖然とする。その横でキミカが口元に手を当てている。

「アリアさんが、死んでいる……?」

 震える声でキミカが口にしたことによって、その事実が場に浸透していく。

 手掛かりだったアリアという少女は死んでいる。弔ってくれ、ということは、そういうことだ。

 アインからのメッセージはまだ続いている。

「アリアは、この世から塵も残さず消えてしまいました。彼女の生き様と死に様を、あなたたちに知っていてほしいんです」

 アインは語り始める。アーティファクトインテリジェンスだから、彼の記憶は正確だろう。

 おれたちは彼の藍色に近い青の目に惹き込まれていた。


 この実験が始まったのは三年も前のことです。当初は彼ら──僕にとってのマスターたちは竜鱗細胞を使って、動物実験を繰り返していました。

 もっとも、本当に動物実験だけだったかどうかは一AIアーティファクトインテリジェンスである僕には確かめようもありません。僕はこのコンピュータに収められているデータしか知りませんから。

 僕、人工人格計画のAIが作られたのは、一年前のことです。この頃に、マスターたちは竜鱗細胞の人体実験を始めた、と記録に残っています。

 人体実験はかつて竜鱗細胞を発見し、実験したアーゼンクロイツ家と同様、通常の人体実験の有り様に則って、希望する成人から実験を行っていたようです。ですが、そもそもアーゼンクロイツによって禁じられていた実験です。協力者は裏社会、社会の闇に踏み入れている者ばかりでした。死んでも死ななくても、表社会に影響の出ない人間ばかりです。

 中には世間を戦慄させた快楽殺人鬼、裏社会を脅かす強力な暗殺者などがいました。彼らは実験に多大なる貢献の果て、その命を散らしました。


「何が多大なる貢献だよ……!」

 静かに怒りを噛みしめるリクヤ。握りしめた拳がぎりぎりと鳴る。

「静かにしろ」

 だが、感情を露にすべきは今ではない。アインというAIが、AIなりに何を思い、こんな映像を残したのか、おれたちは知るべきだと信じたからだ。


 彼らが残した多大なる貢献とは、この研究を進める上での大きな指針です。

 マスターたちや、過去に実験を行った者たちは、時折竜鱗細胞が適合する者がいることは知っていても、その規則性には気づいていませんでした。竜鱗細胞はそれだけ未知の存在だったということです。

 けれど、マスターたちは見つけました。失敗を重ねていって、無為に見えるその失敗のデータを統計していったのです。被験者は多種多様でしたから。

 そうして、マスターたちは気づきました。その規則性に。

 導き出された結論から言うと、

『竜鱗細胞は肉体が強い者ほど適合しやすい』

 ということでした。

 事実、肉体が頑強であった殺人鬼や暗殺者は適合率が比較的高く、失敗()に至るまでも長かったのです。

 そこでマスターたちは考えました。過去のデータから見ても、竜鱗細胞に適合しやすいのは大人より子どもというのは明らかです。ならば、子どもを竜鱗細胞に見合う者に育ててしまえばいいのではないのか。目から鱗の出るような画期的な案が出たのです。


 だんっと音が響く。振動は殴られた壁を伝って、天井を揺らした。天井からまたぱらぱらと土が崩れてくる。

「おい、リクヤ、やめろ。崩れる」

 死神の身体は人間より丈夫にできている。一人が地面を叩いただけで軽く地震を起こせる程度には。リクヤが突き破った隠し扉から、なんとなくではあるが、崩れてきているような気がする。地下というと頑丈なイメージがあるが、この一階は死神的観点からすると、あまり頑丈ではないのかもしれない。リクヤが殴り付けた壁には亀裂が走っている。

 このままではリクヤの感情のままの攻撃でこの研究施設が崩壊しかねない。貴重な映像記録も見られなくなる。AIならではの淡々とした無情な語り口はリクヤにはかちんとくるだろうが、最後まで聞きたいのだ。

 そう考えていると、おれから見て奥に続いている方からうぃーん、と音がした。そちらを見ると、薄明かりの中で、機械が紙を吐き出していた。印刷機というやつである。

 このAIは、もしかしたら、自分が映像に残したデータに保険をかけて紙資料を残そうとしているのではないだろうか。

 この施設の電気はまだ生きている、とも考えられる。

 となるとやはり、破壊されるのは望ましくない。キミカにリクヤを諭してもらいながら、おれは続きに耳を傾けた。

 アインが被験者01の少年と一緒にいるというのなら、アインもまた、彩雲の席に着くことになるであろうから。

 まだ、予測ではあるが、そんな気がするのだ。


 マスターたちがしている竜鱗細胞実験というのは、禁じられた実験です。科学の世界から抹消されるべき存在でした。それを行うことが後ろ暗くないわけがないでしょう。

 いくら、実験の成功に繋がる手掛かりを手に入れたとはいえ、実行に移すのは難しいことでした。子どものうちから竜鱗細胞に適合するように能力を育てていく。けれど、子どもは通常、表社会の存在です。まだ世間の何も知らない無垢な存在。それゆえに大人に守られる存在。それをどうやって、被験者として確保するか。それがマスターたちにとっての大問題でした。

 ここに辿り着いたということはご存知かもしれませんが、マスターたちはこんな結論を出しました。親もなく、いなくなっても世間にさして影響を与えない子どもを拐えばいい、と。その者たちを拐っても、その者たちは誰かに保護されているわけではないのですから、誰も文句を言えません。

 その者たち──ストリートチルドレンに、マスターたちは標的を定めました。ストリートチルドレンといえば、商店のもの、人の家のものを盗んだりして生活している、世の中に存在をあまり許されていない者たちです。当然、被害に遭った人々はストリートチルドレンの存在を疎ましく思っていたでしょう。疎ましい者がいなくなるのです。喜びこそすれ、何を悲しむことがありましょうか。

 後に被験者01とされる自称フランという少年は、01と称されるだけあって、ストリートチルドレン誘拐の中でもかなり初期に拐ってきた子どもでした。けれど、彼が01の称号を戴いたのはそれだけが理由ではありません。

 彼はあちこちから集めてきたストリートチルドレンの中で最も竜鱗細胞との適合率が高かったのです。彼はマスターたちがプランニングした実験を悉くこなし、元より充分だった素質をどんどん伸ばしていきました。やがて、彼は適合率を九〇パーセント以上にするまでになりました。

 しかし、問題はありました。彼は生き延びすぎた。彼は数々の実験の中で死していく仲間たちを何人も何人も目にして、仲間たちを殺していくマスターたちのことを目の敵のように見るようになったのです。つまり、最もこの実験に反抗した人物、ということになるでしょう。

 そんなフランは当然身体強化も成されていますから、マスターたちも止めるのには骨が折れました。そんなフランを制御するために人工人格として作られたのが僕、試作品01のAIだったのです。

 ただ、僕をフランに植え付けるにも相当な手間がかかることは目に見えていました。彼は当然、抵抗するでしょうからね。

 僕の完成もまだですから、フランを制御する存在が他にないか、とマスターたちが困り果てていたところ、フランと交流を深める少女が一人いました。

 彼女こそがフランに次ぐ適合率を叩き出し、フランと共にいることの多かった被験者02──アリアです。

 アリアは連れて来られた当初からマスターたちには警戒されていました。何せ、マスターたちの目的を一目で看破するという離れ業をやってのけた十二歳の少女だったからです。

 元々はストリートの出ではないらしく、一般人……いや、それ以上の生活を送っていたと考えられます。大人の奸計に聡く、鋭く切り込んでいく、頭の回転の速い女の子でした。

 アリアはかつては大企業の社長令嬢であったことをフランには明かしています。それが何故ストリートチルドレンに成り下がったのか、僕にもわかりません。

 ただ、彼女は力を求めた。それゆえに、竜鱗細胞実験にも積極的に関わりました。辛い実験に耐える子どもたちを励ましていたり、悩みを聞いていたりしました。

 フランはその行動、言動に感銘を受け、アリアを尊敬し、アリアと特に親しくしていました。01と02ということで、仲もよかったようです。

 しかし、そんな幸せも長くは続きませんでした。

 アリアは実験に失敗して、竜鱗細胞に飲み込まれ、最期を迎えました。

 フランはそこで、箍が外れました。──アリアの復讐のために、竜鱗細胞の力を手に入れ、研究を終わせようと積極的になりました。

 僕は、フランに移植されます。けれど、フランを止めることはしません。僕は復讐したいというフランの気持ちを知りたいと同時、こうも思うのです。

 アリアの無惨な死を報いたい、と。

 彼女はストリートチルドレンに成り下がった、元は身分のいい少女でした。本当は殺された父と母の復讐をするために力を欲していたんです。

 しかし、研究の途中、彼女は竜鱗細胞と拒絶反応を起こし、死にました。瞬く間に身体中を鱗が這おうとしたのです。それを危険視したマスターの手により、彼女は射殺されました。

 アリアはまだ何も遂げていないというのに。


 映像の中の少年はそう言って目を伏せた。そこでふつりと映像が途切れた。

「どうする?」

 おれは二人に問いかける。リクヤはただでさえ悪い目付きを更に鋭くし、キミカは目を伏せていた。泣いているのかもしれない。

「……私たちに、何かできるんでしょうか……?」

 キミカが口にした疑問は、真っ当なものだった。死者に対しておれたちにできることは少ない。

 そんなとき──

『緊急任務です』

 マザーの声が響いた。



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