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虹の死神  作者: 九JACK
死神の始まり
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燈の彼方に

 おれはセッカ。先日死神になった者だ。

 今はわけあって死神の先輩……でいいのか? にあたるユウヒからこうして日記のようなものを預かっている。

 さらりと読んでみたが、どうやら、おれが虹の死神に任命されたことが、今この書をおれが持っていることに関係するらしい。

 というのも、おれはまだ、虹の死神だけの特権という「願い」を言っていないのだ。

 死神になってからの方が生前より満ち足りているし、特に願うこともない。唯一願いらしきものがあるとするなら、施設で死なせてしまった子どもやフィウナ姉さんを生き返らせたい……というくらいだが、死神という職業柄、人間の生死を操作することは許されないだろうとおれは言葉を飲み込んだ。

 ユウヒはそんなおれにこう言った。

「願いがないのならば、代わりに私の願いを行使してくれないか?」

 そうして渡されたのが、この日記である。

 なんでも、死神の存在を正しく伝えたいのだとか。せめて、この虹の死神のことだけでも。

 おれが先日語った過去が、こうも細やかに書かれていたことには驚いたが、ユウヒの言うことには概ね同意だった。別に、誰に覚えていられなくてもいい。おれたちが罪人であったと同時、それがどうしようもないことだったことを、せめて同胞である虹たちにくらいは正しく理解されていたい。

 罪から逃れる気は、今更ない。

 傷の舐め合いと笑われるかもしれないが、別にそれくらいはかまわなかった。

 ユウヒから渡されたのは、一番新しい日記のようだ。ユウヒは万に片足を引っ掛けたような時を過ごしているらしいから、日記は膨大な冊数となっているだろう。それらごと引き継ぎたい、というのをおれの願いにしてほしいというのがユウヒの希望だった。

 どのくらいの冊数があるか、皆目見当もつかないが、その中に教えてもらえないユウヒの過去というのもあるのだろうか。

 それを訊ねたら、あっさり「ない」と答えられた。

「死神にはね、大きく分けて二種類いるんだ。君のように生前を覚えているのと、忘れているのと。私は元々忘れっぽいからどうも後者だったようでね」

 ユウヒには悪いが、とても胡散臭かった。

 まあ、そんなユウヒの性格を育てたのが、一万という年月なのだろう。


 さて、何故今日これを渡されたかというと、実はユウヒと共に任務──人間の魂を刈りに出たからである。

 引き継ぐ者として、今日から少しずつ、虹の死神としての日々を綴ろうと思う。

 といっても、現在虹の死神はおれとユウヒの二人だけ。同系色の寂しい集団、などとユウヒは揶揄するが実物はあまり同系色ってわけでもない。

 前にユウヒが記したおれの過去からわかる通り、おれはアルビノだ。白い髪、白い肌、赤い目。マザーという意識体から支給されたマントも白という特別仕様だ。

 対してユウヒは黒い髪に褐色の肌、瞳は時折橙に透けるような琥珀色。見るからに不健康そうなおれとは違う色をしている。マントも普通の黒い、よく伝承で出てくる死神のもの。まあ、死神というのは生前の肉体を使って活動しているため、人の目に映るらしいから、案外伝承も間違いではないのかもしれない。残念ながら、黒いマントを着ているのは骸骨ではなく、肉体を持った者だが。

 人間の目に映ってしまう、というのがこの仕事の実に厄介なところだ。人間に見つからないように──無論、対象者は別だが──任務をしなければならない。しかし、人間の魂を刈るというのは、有り体に言ってしまえば、人殺しということになる。どこだったかの難しい宗教では、肉体と魂と両方があって、人間はようやく人間として成り立つ、とか言っていたのを思い出す。そう、おれたち死神のやっていることは、肉体から魂を引き剥がす行為。人間を人間じゃなくする……殺すのだ。

 魂を刈られた人間の処置については、マザーが上手い具合に調整してくれるらしいので心配はいらないそうだが……マザー、万能だな。

 いやいや、ではなく、マザーがどうにか誤魔化すといっても、やはり人殺しというとあまり穏やかな心地ではいられない。人ならざる者だからいいとか、そういう問題でもないだろう。……だが、これを考えてもキリがない。何故なら、人間は食べるために様々な動物を殺すし、住居のために樹木を切り倒す。生き物を殺すことが罪なら、そもそもどんな種族だって生きてはいけないのだ。

 そういう自然の摂理に沿ったものに関しては、マザーは死神にカウントしないらしい。あくまで、他殺か自殺を行った人間、というのが死神となる対象なのだという。

 まあ全て、「有り体に言えば」だが。


 今日、ユウヒと共に行くのは、とある宗教団体の本拠地だ。

 その団体は人を「呪い殺す」ことを試行錯誤しているという、なんともイカれた集団だった。その試行錯誤のいくつかが成功し、何人もの犠牲者が出ているのがなんとも言えないところだ。

 質の悪いことに失敗しても死者が出るのだとか。

「マザーからすると、こんな死神量産団体、迷惑でしかないそうだよ」

 宗教団体の本拠地に向かいながら、ユウヒがそう肩を竦めた。

「マザーは『虹』は歓迎したがるけど、こういうしょぼいやつらは嫌だっていうんだよねぇ。そこの感覚がよくわからないよ」

 ユウヒの言うことに頷くしかなかった。

 死神となってまだ日の浅いおれは死神を統率、補助するという意識体マザーとの接触はあまりないが、一度接触──脳に直接語りかけてきたときには、奇妙な感覚に襲われた。なんというか、気持ち悪い。ユウヒとはまた違った意味で胡散臭いし、掴みどころがない。

 ユウヒが言うにはマザーという意識体が生まれてから、死神というのが存在するようになったらしい。死神の概念を作るというのは果たしていいことなのか悪いことなのか。まあ、発想としてはこれから刈りに行く宗教団体とどっこいどっこいな気もするが。

「ともあれ、今日はたくさん刈っておくといいよ。いっぺんに刈れる機会なんて少ないからね」

「ああ」

 確かに、団体を刈るのはおれは今日が初めてだった。団体で悪事を働く、というのがあまりないからかもしれない。しかも死神が刈りに行く悪事は決まって人殺し絡みだ。対象は一人の場合が多い。魂を刈ればおれたち死神の罪は軽減されるらしいが、一人の持つ罪には大小があり、それによって軽減される罪の量も決まる。一人の罪など、たかが知れている。虹の死神になるようなレベルの人殺しじゃなければ、おれたちにとっては大した軽減にならない。

 だが、塵も積もればの格言の通り、大勢となると話は違ってくる。

 罪が軽くなると、浄化……まあ成仏? への道が近くなるらしい。成仏したいか、と言われると、よくわからないが、悪いことではないだろうから。


「じゃあ、さくさく終わらせようか」

「はい」

 目的地に着くと、ユウヒは掌サイズの棒状のものを横薙ぎに振るう。するとそれは柄として伸び、首刈り鎌に変貌する。

 これも死神にマザーから支給されるものだ。仕組みはよくわからないが。

 すぱぁん、と横一直線に扉が裂かれ、異常を察知した信徒たちがわらわらとこちらに向かってくる。目分量だが、聞いていたより人数が多い気がする。

 面倒だな、と思いおれも自分の獲物を出した。おれのは、棒が柄として伸びるだけで、刃はつかない。棍である。まあ普通は首刈り鎌に変わるらしいのだが、虹のは特別製らしく、持ち主の思いによって変化するらしい。おれのは恐らく、殴られていた記憶から形成されたのだろう。……虹に特別製が多い気がするのは気のせいか。

 ともあれ、おれは呪詛を放とうとする者たちの方へ、ユウヒと共に駆けた。


 ボコスカドコ

 嫌な効果音。……いやに懐かしい。

 ……懐かしい?

 殴られるのは、好きではなかったんだけどな。

「……はは」

 呆気なく倒れていく人の山。

 呆気なく手折れていく人の山。

 おれは失笑していた。それは次第に哄笑に変わる。ははは、ははは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!

 なんだろう、笑いしか浮かばないな。なんでだろう、楽しいのかな? 愉しいのかな?

 あははっ、おれは、おれは……

「もう終わったよ、セッカ」

 そんな優しい声を最後に、おれの意識は落ちた。


 どうやらおれは暴走したらしい。人を殺しているうちに何かがふっつり切れたのだろう、とユウヒは語った。愉しそうに笑っていたよ、と。

 快楽殺人の素質ありだな、とおれは自分を笑った。



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