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虹の死神  作者: 九JACK
死神の因縁
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赤に向き合う

 アーゼンクロイツ邸。

 さすがに、おれの知る焼かれた屋敷とは違った。分家の人の屋敷だった。養母が火をつけたあの火事は「アーゼンクロイツの惨劇」と語り継がれているらしい。その発端であるおれは肩身の狭い思いで聞いていた。

 惨劇はもはや昔話のレベルで気にされなくなり、故に近頃のアーゼンクロイツの功績も誌面に載るほど素直に称えられるようになったという。

 まさかその惨劇のことを知っている人が生きているなんて、と現フィウナ・アーゼンクロイツ嬢は笑った。少し苦味を帯びた笑みだ。おれはもっと渋い顔をしていたにちがいない。今目の前で話している人物と姉の名前が同じだとか、生きているのではなく死神になったのだとか、それはまあ、色々思った。だがそれを言い始めてしまったら日が暮れる。この人はおれの話と存在そのものに興味を抱いていたようだが、深くは聞いて来なかった。同じ名なだけあって、思慮深いところは変わらないのかもしれない。

 それに、事情を軽く話せば、その人も協力的になった。ストリートチルドレンの失踪はやはり各地で相次いでいるらしく、誌面の片隅に載っているのだという。

 そんなストリートチルドレン失踪事件に関係があるかもしれない、と告げれば、彼女は調査に協力的だった。

 時代は進んだもので、今や機械という人より器用なことができるものが開発、発展しているらしい。それはメモ代わりの記憶媒体の役割も果たすようで、フィウナ嬢がバックアップを取っていたというデータを見せてもらった。

 あらゆる研究がずらりと並んでいた。研究の大まかな目標は万能細胞の開発。万能といっても、なんでもできるというより、何かに特化していたり、固有の特徴を持っていたりと色々だ。例えば、魚のエラ呼吸からヒントを得た肺を使わない呼吸法のための細胞とか、植物の光合成に準じる、動物が体内で栄養素を自給自足するための細胞とか。

 万能と評価するのは難しいだろうが、あったら便利そうだな、とはぼんやり思った。ちなみに、なかなか成功に至るものはないらしい。

 メモを印刷し、実験の成否を綴ったものを見せてもらった。失敗には二重線が引いてあり、成功には横に丸が書いてある。

 そんな中、目を引いたのは。




「フィウナ嬢、なんですか、これは」


 おれが指した実験名は「竜鱗細胞」。

 それを見るなり、フィウナ嬢の顔が曇った。微量ながらに、嫌悪感も滲んでいる。

 おれがその項目に目をつけたわけは、


「この欄だけ、丸でも二重線でもなく、罰が横切っていますね? しかも、何重にも重ねて」


 尋常じゃないくらいだ。もしかしたら「竜鱗細胞」という文字すら消し去りたかったのではないかというほどの勢いで、その項目は潰されていた。怪しさ満点だ。

 やがて、重々しくフィウナ嬢が口を開く。


「その細胞は人間は愚か、実験動物のほとんどが失敗してその命を絶たれたこの上ない失敗作よ」


 失敗作。研究を生業にしている以上、あまり口にしたくない言葉なのだろうが、それ以上に嫌悪感が多分に含まれていた。

 ただの失敗作なら、他の失敗作と同じく、二重線を引けばいいと思うのだが。

「それだけではないでしょう? ただの失敗作以上の何かがこの罰印には込められているんじゃありませんか?」

「っ……」

 図星らしい。が、話してくれる様子はない。

 先程彼女は人間は愚か、と言った。つまり、この実験では人体実験も行われているはずだ。

 浮かんだ憶測が口を突いて出る。


「人体実験が、見るに耐えない結果だった」


 おれが言い切ると、フィウナ嬢はびくん、と肩を跳ねさせた。どうやら当たりのようだ。

 ただ、話すには相当気が張るものらしい。フィウナ嬢の手が、震えている。いや、手だけじゃない。肩も足も、体全体が震えていた。

 掠れた空気に溶けそうな儚い声で彼女は語る。

「あんなもの、見つけるべきではなかったのです……」




 竜鱗細胞とは、太古にいたとされる竜という生物に肖って名付けられたのだという。

 竜とは、場所によっては神として祀られるほどに威厳があり、強い生き物なのだという。

 竜鱗細胞は当初、その頑丈さから竜鱗という名を冠することになった。耐熱、耐冷、耐毒、耐衝撃……あらゆる点において優れていた。その隙のなさは竜鱗の名に相応しいものだったという。

 ところが、生物に移植を試みたところ、その生物は絶命したという。

 竜鱗細胞は強いが故に、生物の保有する他の細胞を瞬く間に侵食し、己が細胞と同じに書き換えようとしたのだ。

 その急激な変動についていけず、実験動物は次々と死んだという。被験者だった人間も。

 以来、竜鱗細胞はなかったものとし、二度と研究しない、という取り決めに、学会で決まったらしい。

 ところが、それで話が収まったわけではないのだ。


「とある国家が竜鱗細胞の頑丈さに興味を惹かれたらしく……無敵の兵団を作ろうと躍起になっているという噂を耳にしました。竜鱗細胞は元々その業界に知れた存在でしたから、隠すこともできず……」

「なるほど」

 黒幕の存在がだんだんと見えてきた。そうして、今、おそらく何が行われているかも。

「お話、ありがとうございました」



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