緑の街
北の街パシェにはこのオレ、リクヤが行ってきたぜ。
なんかキミカとセッカとユウヒの野郎で交換日記みたいなの前からやってんの気づいてたんだけどよぉ、みんな何も言わないから、オレだけ仲間外れにされてるみたいで嫌だったんだけど、やっとオレにも回ってきたぜっ、交換日記。
何書いてあるのか気になったんだけどさ、キミカにきつく、前のページは見ないようにって言われた。何が書いてあるのかは気になるけど、キミカに言われたんじゃ、仕方ない。
日記について聞くと、これはただの日記ではなく、時々オレたち死神の頭ん中に話しかけてくるマザーって存在から託された、死神の記録みたいなもんなんだってさ。ただの記録なら、見せてくれりゃいいのにって思ったけど、「今はまだそのときじゃない」なんて意味深なことを言われた。まぁ、キミカに言われたんなら、従うけどな。
さて、そろそろ本題に入るか。
今回オレたちが調査しているのは、不自然なストリートチルドレンの失踪。ストリートチルドレン……言葉は知ってたけど、案外現実にいるもんなんだな。なんかやるせないぜ。
パシェは最初にいたレクロエから北にある。内陸で、森が近い街だ。レクロエとは、徒歩で行った感覚だと、とても近いとは言えない。そしてレクロエと比べると……とても栄えている、とは言い難い街だった。
村と称しても差し支えないであろう、小ささ。そのためか人の数は少ないはずなのに、何故か密集している気がした。
それでもやはり、子どもは減っているのだという。ストリートの子どもが。
おかげでだいぶ広くなったと宣う浮浪者を、オレはぶん殴りたくなったが、その浮浪者は、数少ない目撃証言を持つやつだから、オレは辛うじて踏みとどまった。
浮浪者の話によると、子どもは実際、大量に連れて行かれたらしい。レクロエでも耳にした、「白ずくめ」の連中に。
レクロエでは白ずくめという情報だけだったため、単独犯かとも思っていたのだが、そうではなかったようだ。……よくよく考えてみれば、各街で子どもが大量に連れ去られているのである。新聞記事になるほどに。
サスラエやアナロワでも実際に被害が出ているのだから、結構な規模での犯行だ。単独で行うのは難しいだろう。それに、目的がわからない。
浮浪者曰くその白ずくめ──白衣の青年は、子どもに「食べ物は欲しくないか?」と何気なく手を差し伸べたのだそうだ。
食べ物。
浮浪者もそうだが、ストリートチルドレンは家がなく、否が応にも自分で衣食住をどうにかしなければならない。そんな悲しい存在だ。
住まう場所は、ストリートでも、建物と建物の狭い隙間なら、風くらいは凌げる。衣装は、拘らなければ、何日も同じものを着ていれば済む。
しかし、食事はそう簡単な話ではない。
寝だめと食いだめはできない、とどこかで聞いた気がするが、その通りなのだ。
オレはもう死神だから、腹が減ったり、眠くなったりはないが、人間のときはそうではなかった。上手く思い出せないけど。
腹が減るのが生きてる証、なんて言ったこともあったか。
その日暮らしの一番の難点はそこだった。
何があろうとなかろうと、腹は減ってしまうのだ。耐えようと思えば耐えられるのかもしれないが、そんな「我慢」は子どもにはきついにちがいない。
話を聞いた浮浪者だって、どれだけ我慢しても一週間にいっぺんは、何か食わないと気が済まないらしい。
そんな、飢えに苦しむ者にとって、
「食べ物は欲しくないか?」
そう聞かれたら、頷く以外の選択肢は見えなくなるにちがいない。
白衣の青年は迷いなく頷いた子どもの手を取り、だったらついてきてください、と丁寧かつ柔らかな物腰で言ったそうな。
知らないやつに簡単についていくな、とは思うが、ストリートチルドレンは家無し子だ。そういった常識を教えてくれる親はいない。大人の浮浪者だって、ストリートチルドレンがそのまま大人になったようなものだ。まともな知識も持ち合わせちゃいないだろう。
計算高く組み立てられた犯行だ。
そう子どもを拐かす彼らを浮浪者はただ見ていた。
みすみす見逃していたのかと思うと腸が煮え繰り返るような心地になるがこれも道理だ。ストリートチルドレンと浮浪者には何の繋がりもない。血も繋がっていなければ、友情の一つだってありはしないだろう。時に食べ物を取り合う敵同士なのだから。絆の一つもありはしないだろう。
その上、その浮浪者は子どもが全員いなくなるまで、自分もその白衣の青年たちの恩恵に与れると思っていたらしい。一度媚を売ろうと声をかけたことがあったらしいが、「大人はいらん」とばっさり斬られたとのこと。
正直ザマミロと言いたい気分だが、貴重な証言だ。「大人はいらない」──思い返すと、レクロエでいなくなっていたのは子どもの浮浪者だけで、大人の浮浪者はぽつりぽつりといた。ここまでそれに何の疑問も抱かないで来たが……犯人たちの目的の一つがはっきり見えた。
大人はいらない──つまり犯人たちは子どもが必要な何かをしようとしているのだ。
まあ、それが何なのかはさっぱりわからないのだが。
考えたくはないが、奴隷商? 強制労働? ……あまりいいものが浮かばない。まあ、奴隷商が白衣っつうのはおかしいか。
白衣、白衣か……なら、実験とかか?
それはそれで胸糞悪いな。子どもを実験台にするってことだろう? ただの病気に関する実験とかなら、動物実験とかこれまでもやってきただろうし、そっちの方が手間がかからなくていいだろうに。……それとも、人間じゃないとだめな何かか?
だーっ、わからん! どれだけ憶測を巡らせたところで、オレの足りない脳ミソじゃ、思考するのに限度がある。推理は情報を纏めてキミカ、セッカ、オレの三人でしようってことになってんだ。オレ一人がいちいちここで悩む必要もないだろう。
と、一つ重要な情報を書き忘れていた。
浮浪者がたまたま通りすがったパシェより北の街──確か、プジェロと言ったか──からの商人に聞いた話では、ストリートチルドレンの誘拐被害はないのだそうだ。
少し妙な気がしたのはその点。
だいぶ情報を得られたと思う。




