赤の街
手分けして、ストリートチルドレンの減った地域で調査に当たることにした。
ユウヒも誘ってみたのだが、マザーから急務があるといけないから待機しておくとのことだ。ありがたい。
というわけで調査はおれ、キミカ、リクヤの三人で行うことになった。三人でそれぞれ別の街三ヶ所を調べ、それを今まとめているというわけだ。
まずは、おれが行った貴族という存在のいる貧困差の激しい街、サスラエについてだ。
今回調査したのはレクロエ街から近い三ヶ所。西側にあるサスラエ街、東側のアナロワ街、北側のパシェだ。
各々、レクロエ街の比にならず、数に差こそあれど、そこそこにストリートチルドレンがあぶれている街だった。
サスラエは前述した通り、貧困差が激しい。統治している人間の問題もあるだろう。商店街が栄えていた活気溢れるレクロエ街のセイバとは全く異なり、サスラエの商店は贔屓にしている貴族にごますりをするばかりで、貧民はおろか、一般人にさえ物を売らない店まである。
よくそれで成り立つものだな、と思っていたが、貴族から金をもらっているのだ。それだけでかなりの量だろう。……胸糞の悪い話ではあるが。
そんな貴族が中心に回っているような街故か、ストリートチルドレンという言葉を出すことにさえ嫌悪感を露にする人物が多かった。「そんな貧民中の貧民に関わる必要ない」とほざいたやつを思わず胸ぐら掴んで天井にぶつけたほどだ。
そこで気づいたのだが、ストリートチルドレンを貧民というのなら、同じ貧民に聞けばいいじゃないか。……この言い方人種差別っぽくて嫌だけどな。
サスラエは貴族たちの住むオークウェン、商店の並ぶファクル、貧民の集うツロクァの三つの地域に分かれている。
オークウェンは鉱山があり、貴族以外はそこの採掘以外の用事では入れない。鉱山の採掘は大抵貴族からの依頼で行われるものであり、労働者は雀の涙のような賃金をもらい、鉱石のほとんどは貴族の懐に入る。なんとも貴族至上主義なシステムだ。
それでもツロクァの住民にとってはありがたい働き口だ。ただ、鉱山に籠りすぎると怪我をしたり、病を発症したりする。病の中にはまだ医療では治せない「奇病」「難病」の類があり、危険でもある。
そういうことで、ツロクァの民が減ることはあまり不思議なことではないらしい、というのを聞いた。ツロクァの民たちから直接淡々と聞かされて、おれは何とも言えない心地になった。中にはまさしく鉱山が原因で家族を亡くした者も少なくないだろうに……
と、思ったのだがツロクァの民は、「ツロクァに住まう全員が家族だ。毎日のように家族が死ぬのに涙をいちいち使うくらいなら一ヶ月絶飲食した方がいい」となかなかに逞しいことを宣っていた。
そんな家族の中で、子どもが大量にいなくなる事案があったか、聞いていいものか悩んだが、こうも逞しい民たちだ。かまわないだろう。
それで、聞いてみたところによると、子どもが不自然にいなくなる事案は確認されていないらしい。ふと気づくと減っている、といった感じのようだ。あまりの家族の減る頻度の高さに、誰かがいなくなることに対する悲しみというのが、ツロクァの民はすり減っていて、子どもが減っているという話も、どこか他人事のように、ぼんやり遠くを見つめて話していた。
人が人らしくない。オークウェンにしたってそうだし、ファクルもそうだ。この街は形こそ違えど、皆、人間らしさが欠落している。それに気づいていても唯々諾々とその現実を受け入れるしかない。それが実情。なんともやり場がない。
ツロクァの民の一人が、行動を見てか、おれの目的をなんとなく察したのか、こう言ってきた。
「人の命は石より軽い。そんなちっぽけなものを拾い集めようというのなら、諦めた方がいい」
そんなことはない、と言いたかった。
おれは死神だ。人の命に関わることを罰する死神。だから命の重さはわかっている。それにおれは仮にもアーゼンクロイツという医学に通じる家にいた身だ。命を軽くなんて、見られるはずもなかった。
しかし、ツロクァの民の目が、おれの出かけた言葉を喉の奥に押しやった。
あの人たちの目は、「諦念」という泥で塗り固められて、光を射そうとすれば温かさで崩れてしまいそうな、そんな脆さがあった。潤いも、これ以上あってはいけない。溶けてしまうから。そんな、手の施しようのない泥土。
差し伸べた手をすり抜けるのは、きっと振り払われるより辛い。
おれは満足のいく情報を得られないまま、ツロクァを後にした。
オークウェンには許可がないと入れないらしい。無論、おれは死神であるからあの手この手で侵入はできるが、街の者は違う。オークウェンは同じ街の中にありながら、別の街のような境界線を引くように、壁が立てられ、唯一の入り口には常に門兵が立っている。ここまで警備が徹底されていては、ツロクァの民はおろか、ファクルの民すら入れまい。
オークウェンの調査は諦めた。代わりにファクルの民の中でもオークウェンの貴族と繋がりの深い商人に訊いた。
ファクルの商人はレクロエ街のセイバの商人より曲者で、「情報も商品だ、金を出せ」というものだから困り果てた。
以前も話した通り、死神は人間の通貨を持っていない。物を買うなんてできないのだ。
しかも今回のものは情報、形のないものだ。物々交換するにも、やはりおれには何もないし……と悩んでいると、商人がおれの衣装に目を丸くしていた。
「あんた、変わった成りをしてるね」
「……そうか?」
よくよく考えてみると真っ昼間から真っ白なマント(正しくはローブ)に身を包み、フードを目深に被っているのだから、変わっているかいないかで言ったら変わっているに決まっている。
その事実に突然気まずくなるおれをよそに、商人は舐め回すように上から下までじっくりおれを見た。少し気味悪く感じて、フードをいっそう目深にした。
五分ほどじぃっと眺め回されて、ようやくおれを視線から解放すると、そいつが言う。
「かなり上等な布と見た。それをくれたら話す」
「はぁ……?」
交換条件がかなり厳しい。
そもそも死神のマントによっておれたちの体は維持されているらしいし、おれの場合はアルビノ体質も考慮した特別仕様だ。そう簡単に渡せるものではないし、日差しの照りつける真っ昼間にこのマントを脱ぎたくない。
何か方法はないものだろうか、と考えて、ふと、思いつく。……あまり使いたくない手だが。
「……アーゼンクロイツという家を知っているか?」
「!!」
すると商人は敏感に反応した。まあ、新聞に載るだけの有名人だ。その上情報も取り扱っているというのなら、知らないことはないだろう。
「なるほど、便宜を計ってくださるんですな」
「まあ、そうなるな」
曖昧に返答したが、言質を取ったと思ってか、商人は満足げに頷く。もう少し追及されたら返答に困るところだったが、詰めの甘いやつでよかった。
情報を扱っているというだけあって、そいつからの収穫はツロクァよりもあった気がする。
まとめると、
ツロクァから子どもを拐っているかもしれない人間はいる。
ツロクァの子どもが減っているのは確実。ツロクァからファクルの商店に盗みに入って捕まったやつは奴隷商人により、貴族に売られるというシステムらしいが、奴隷商人曰く、最近はそういう子どもがいなくて商売あがったりなのだそうだ。
ざまぁみろという話だが、子どもがいなくなっていることの証明と考えると複雑な心境だ。
それと、「白ずくめ」らしき人物の目撃情報もあった。
オークウェンには貴族お付きの医者がいたり、貴族が医療事業を展開していることがあるため、白衣の人物がいるのは珍しくない。が、貴族のお得意様である商人すら見たことのない白衣の人物が数名、通りを歩いていたことがある、という情報だ。
そのときは新しい医者が入ったのだろう、と思ったらしいがよく考えると子どもが減り始める前後に見かけたのだということだった。
おれはツロクァに戻り、白衣の人物が訪ねて来なかったか訊いたが、これにはツロクァの民はきょとんとして首を振るばかりだった。
街の存在自体にやるせなさを感じるサスラエだが、今はまず子どもたちのことが重要だ。急く気持ちは留めておくとしよう。
以上がサスラエの調査結果だ。




