緑なことに
「ふむ、活気がありますね、レクロエ街」
おれ、キミカ、リクヤの三人は件の事件(?)の捜査のため、外──人間の世界に来ていた。
場所は記事にもあったレクロエ街。まずはハナクラストリートに向かおう、と記事の内容に沿っていく行動予定になっている。
先頭はキミカだ。キミカが死んだのはこちらの世界ではもう何十年も前の話であるから変わっている部分は多そうだが、隣街なのである程度の勝手はわかるらしい。
と、不思議に思ったのだが。
「キミカはずっと入院生活じゃなかったのか?」
「子どもの頃は普通にみんなに混じって遊んでましたよ。まあ、ひょろひょろで今より童顔だったので、『男女』だの『性別』だの弄られてましたけどね」
あ、キミカの口の端がひきつっている。話を逸らそう。
「隣街にも遊びに来てたのか」
「ええ。今でこそ大きいですが、小さな村みたいなもんでしたからね」
追いかけっこをするとどうしても隣まで行く子どもがいたという。元気なことだ。
それに、キミカは最近新聞をもらいに来たついでに街の人から色々世間話だのを聞いていて、変わった部分も把握しているとか。頼もしい道案内だ。
「うわぁ、店いっぱいある」
心なし、リクヤがうきうきしている気がする。
「向こうには港があって、海があるんですよ。その海から獲れるものの他に農業も盛んで、作物も豊かなんです」
キミカが楽しそうに説明する。ちょっと観光気分になってきたが、忘れてはいけない、おれたちは調査に来たのだ。
「ここがレクロエ街最大の商店街セイバ商店街です」
見渡す限りの売り物屋。リンゴ売りや花売り……なんか見たことのないびちびち言ってる異形の何かを売っている店まであったぞ……
ちなみにその異形の何かは魚というらしい。おれは見たことがない。食べ物らしいが……あんなに動くものをどうやって食べるんだ……?
おれの訝しげな表情を見て、キミカはクスクス笑い、その魚屋の店を見せてくれた。店の片隅には、先程のびちびちしたやつが体を開かれて干からびたものがあった。干し肉があるように魚も干したものがあるらしいが、原型にだいぶ近いが故に、哀れさがあるというか……
魚にびびるおれを見て調子に乗ったリクヤはとりあえず鉄拳制裁しておいた。
客も商人も、賑わいの絶えないセイバだが、どうやらここが記事にあったよくストリートチルドレンの被害が出ていた場所だという。確かに、この商店街は食べ物を扱う店が多い。食は生きていくのには欠かせないものだ。餓死したことのあるおれが言うんだから間違いない。
と、洒落にならない冗談はこれくらいにしておいて、これだけ多くのものが並んでいたら「一つくらい盗ってもいいよな」という気になるのもわかる。一日一日、その日暮らしで追い立てられた身なら、尚更だろう。
商店街の道は狭く複雑に入り組んでいるが、子どもなら余裕で抜けられるにちがいない。
「直にハナクラストリートですよ」
商店街をだいぶ抜けたところでキミカが言う。ハナクラストリートはセイバにかなり近いらしく、通りに出てすぐの路地に看板があった。
そこは薄暗い細路地。ストリートチルドレンの溜まり場だったというが……人がいたという気配すら、今はない。
「……本当にここに子どもたちがいたのか?」
「記事によればそのようですが」
「百人単位とかでいたんだよ?」
「ええ。レクロエ街は商業が盛んになったことで人の出入りも盛んになりました……ただ、子どもを管理するという面では未発達な部分が多く、育て方がわからない、と親が捨て、ストリートチルドレンが増えたと聞きます」
酷い話である。
まあ、大人にとって仕事が大事なのもわかる。子育て……はしたことがないからわからないが、きっと初めて子を授かった大人も何もかも手探りで苦しくなったのかもしれない。
だが、だから簡単にほいほいと、ごみのように捨てるという風潮はどうなのだろうか、と思う。おれのように異端視されるのを恐れて……という方が……許しがたくはあるが、まだわかる。
ここにいた子どもたちが、どんな思いで生活していたのか……は、残念ながらもう空っぽのストリートから推察できることはない。
しかし、ここに百人以上いたというのは信じがたい話だ。ハナクラストリートは名前こそあるが、暗くて狭い細道。ここにいた子どもはきっと文字通り、身を寄せあって生きていたにちがいない。
「と、今いない子どもたちに思いを馳せていても仕方ないな」
「ん。まずは事実確認。まぁ、捜査の基本、聞き込みだな!」
リクヤがノリノリで明るく切り出す。どうもテンションが高い。それが疎ましいというわけではないが、少し仄暗い気分になった自分には少々明るすぎて感じた。が、本人は真面目な様子なので、突っ込まないでおく。
リクヤに生前の記憶はないが、知識は全部取り払っているわけではなく──マザー曰く、アイラが消してほしいと望むであろうリクヤが犯した罪の部分とアイラ、アルファナに関する記憶を曖昧にしたのだという。
つまりはなんとなし、生前にやっていた「自警団」という肩書きが脳裏に残っているのかもしれない。自警団とは、街の平和を守る仕事らしい。吸血鬼という存在とのいざこざの他にも、街の困っている人を手助けする、ある種の「いい人」だったのだ。
当時の僅かながらに残る使命感が、彼を動かしているのだろう。彼好みに言えば、正義感が。
少し人付き合いが下手くそ──主にユウヒに対して──という気がするが、悪いやつではないのだ。最近それをなんとなく理解してきた。
テンションの高さにスルーしそうだったが、まず聞き込み調査というのも妥当だ。しかも、彼はユウヒに対してだけ当たりが強いので隠れがちだが、案外と人に声をかけるのが上手い。
「ちょっとそこのおっちゃん」
「ん、なんだい坊主」
「最近、なんかこの辺り、子どもを見なくなったんだが」
自然な切り口で、手早く本題に入る。
眼鏡をかけていることでいくらか緩和されているリクヤの目付きと気さくな口調に、その店主は「本当になぁ」と簡単に話に乗ってくる。
「まぁ、ストリートの子どもがいなくなりゃ、無銭飲食やらが減って商売としちゃ上手く行くんだけどよぉ……ほら、おたくさんも知ってるかい? ストリートの子どもが盗みを働いて、商店の連中が『こら〜』って追いかけるのが日常茶飯事だったのが……怒号が消えたのは平穏でいいことなんだけどよ。急になくなったもんだから、ちぃとばかし寂しい気もするのさぁ」
「ああ、一連のやりとりってやつね。確かにそりゃ寂しいな」
傍らでキミカが相槌を打つ。
「その茶飯事なやりとりがなくなったのはいつ頃からなんですか?」
「んあぁ……確か一週間前くらいか?」
商店の旦那はうーん、と悩む仕種を見せ、それから肩を竦めた。
「おれぁ、あんまり被害に遭ってなかったもんでなぁ、正確なところは……そうだなぁ、在庫チェックに厳しくて、よくよく被害に遭ってた向こうの林檎屋のじいさんの方が詳しいかもな」
なんとスムーズに話が進むのか。……おれは一言も喋っていないが。
とりあえず一度目の聞き込みは得るものがあった。「ありがとな、おっちゃん」とリクヤが気さくに挨拶し、立ち去る。店主も「おうよ」と返してその場を立ち去ろうとした。
が。
「あ、ちょっと待った」
思いがけず、引き留められ、なんだ、と最後尾にいたおれが振り向くと、店主は訝しげにおれを眺めた後、しばらくの沈黙を置いてから告げた。
「あー、子どもの失踪について調べてんなら、参考になるかわかんねぇが、そこのひょろっと長い白いやつみたいなあまり見かけない顔がこの辺りを歩いてるのを見たぜ」
ひょろっと長い白いやつ……地味に精神的ダメージを受けたのはさておき、これはもしかしたら、役に立つ情報かもしれない。まだ確定ではないが。
「あんがとよ、おっちゃん」
リクヤがにかっと笑い、林檎屋へ向かう。
商店のものに聞いた林檎屋を訊ねると、そこにはおじいさんと称しても過言ではないだろう人物が一人、林檎の個数を数えたり、選別してたりをしていた。
先の店主の言の通り、どこか神経質そうなぴりぴりとした空気を持った老爺だ。
「お仕事中失礼するよ」
相変わらずの気さくさで、リクヤが声をかけると、老爺は不機嫌さを露にした顔でリクヤを見上げる。
「用なら、計算が終わるまで待っちょれ」
そう言って老爺は四角い枠の中にいくつも収められた玉(といっても球状ではないが、便宜上そう呼ぶ)を何度か弾いていた。その行動の意味がわからなかったが、これが先に老爺の言っていた、計算とやらなのだろう。
パチンパチンと弾く音が沈黙の中で映えており、老爺の集中力に引っ張られて、おれたちもしばらく黙って見ていた。
しばらくして、老爺が何かをメモすると、ザアッと玉を指でなぞり、整列させる。それを脇に退けたところでなんとなくその作業が終わったことを察し、ふう、と息を吐く。
キミカがどこかわくわくとした様子で老爺に問う。
「今の、計算機ですね!」
「おうよ」
どういう仕組みで計算を、などと思い切り本題からずれたことを問い始めて、おれは慌てて止めた。キミカは目新しいものに目敏い。そして興味を持つとまっしぐらだ。早めに止めないと、少々暴走気味になる。
そう判断したおれが、老爺とキミカの間に入ると、その途端に場の空気が変わった。肌がぴりぴりと焼けるような感覚。おれにはよく馴染み、覚えのある──嫌悪や軽蔑の情。
それは明らかに老爺から放たれていた。彼から俺に向けられる眼光は鋭い。殺意とまではいかないが、敵意を向けられている。
おれは初対面なのだが。何かおかしな振る舞いは……した覚えがない。
すると老爺がこちらを睨んだまま、吐き捨てるように告げた。
「白ずくめめ……っ、何しに来た?」
嫌悪などでは生温い。そこには憎々しげな光が宿る。
「……おれは、何もしません」
おれがいてはいけないというのは指摘されるまでもなくよくわかった。
故に、キミカとリクヤに後を頼むと、老爺にぺこりと一礼してからおれはそこから立ち去った。
白ずくめ。
なんとなくであるが、老爺のその発言が、この事件に深く関わりがあるように思え、おれは様々な推測を立てながら、死神界で二人の帰りを待った。




