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虹の死神  作者: 九JACK
死神の因縁
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黄づかぬままに

『任務失敗ですか』

 唖然とする私たちの許にどこか冷たいマザーの声が降りかかってきました。

 アイラにも聞こえているのか、不機嫌そうな声を上げます。

「あんたは前からわかっていたはずだ。俺は封じが解けない限り死神にはなれないと」

『それと刈りの対象となることは全く別の話です。アルファナ、やりなさい』

 無情なマザーの声が響きます。アルファナは泣きじゃくって、首をふるふると横に振りました。

「できない、できるわけない……私に、アイを殺すなんて……」

 そう、元はと言えば、アイラとアルファナは相思相愛の恋人同士だったのです。それを傷つけることさえ、つらいにちがいありません。

 けれど、マザーは無情にも催促を続けます。

『やらなければあなたは死神の役目から解放されませんよ?』

「いい。アイを殺さずに済むなら……」

「それは聞き捨てならねぇぞ」

 そこでしばらく黙っていたリクヤが口を開きました。マザーを睨んでいるつもりなのか、常より悪い目付きはこの場の誰でもなく、空に向けられています。

「勝手に達成できない任務を下したのはあんただろ。その責任を投げるような真似は、ちょっと筋が違うんじゃねぇか?」

 リクヤの言うことはもっともなことのように聞こえました。しかし、マザーは引きません。

『何か、勘違いをしているようですね』

 マザーがそう言った途端、何か、不穏な空気の揺らぎのようなものを感じました。私が使う、月の魔力の清浄な空気とは真逆の禍々しい気。闇を孕んだ空気は、アルファナの中に入って行ったように感じました。

 途端に、アルファナの手から得物が繰り出されます。三日月型の刃を持つ、長柄の首刈り鎌。それが戸惑うアルファナをよそに、アイラに向かって振り下ろされました──

「いやぁぁぁっ」

 その刃を振り下ろしたアルファナが悲鳴を上げます。しかし。

 キィン。

 硬質な音がしました。まるで、金属を弾いたような。

 それから珍しく、マザーが戸惑ったように唸るのが聞こえました。

『む……封印に伴う結界、ですか』

 マザーの言葉に顔を上げると、アイラの首を刈ろうとした鎌はアイラの首の寸前で、見えない壁に阻まれているように留まっていたのです。

 アイラは刃を受け入れようとしていたのでしょう。幾分か安らいだ表情で閉じていた目を開き、溜め息のように説明します。

「ご名答。勘違いしてるのはそっちさ。封印を甘く見ちゃいけない。今の俺は簡単に死ねない体でできている」

 命が助かったというのに、非常に不服といった様子です。おそらく、アルファナのためになるのなら死んでもかまわない、と考えていたのでしょう。悲しいですが、それも愛の形の一つですから。

『ふむ、仮初めにしろ、神に近しい力を持つ私の力を阻害するとはなかなかのものです』

 マザーが感心したような声を漏らすと同時、アルファナからふっと力が抜け、彼女はそのまま地面にへたり込みます。リクヤが慌てて駆け寄り、大丈夫か、と背中をさすってやりました。

 状況から見て、一つの推測が立ちます。リクヤもそれに気づいたのか、再び空を睨み付けました。

「おい、マザー! この人に何をした?」

 確信に近い想像です。先程私が感じた闇の気配や、それがアルファナに取りついたこと、マザーの言動とアルファナの困惑から容易にできる、俄には信じがたい想定──マザーがアルファナの体を操っていたということ。

 なんでもないことのようにマザーは応えました。

『何が疑問なのです? 死神という存在は私が生み出したものです。それを()()()()()()()どうするんですか?』

 さも当然であるかのように、

 実にあっさりと、

 マザーはアルファナを操っていた事実を認めました。

 制御。

 それはまるで、私たちが機械か何かであるような扱い。

『実際、私が制御すれば、あなた方の任務はすんなりと進むことでしょう。しかしそれではあなた方の心が伴わない。心が伴っていなければ贖罪にはならないのです。ですから私は普段からあなた方に行動の自由を与えているのです』

 それは、死神の任務が「贖罪」でなければ、自由など度外視すると暗に言っているようで、

 私は途端にマザーという存在が怖くなりました。先日読んだユウヒさんの日記を疑えるほどに。

 マザーは心ある存在か?

 答えは否。死神(ヒト)を想う心など、存在しない。

 マザーとは慈母神の名を騙った無慈悲な何かなのです。

「悪いな」

 マザーの無慈悲さに唖然とする私たちの間を縫って声を上げたのは、アイラでした。

「俺のせいで嫌な思いをさせた」

 真摯に頭を下げてくるアイラに、私は慌てて「貴方のせいではありません」と言おうとするも、リクヤがその前に立ちはだかり、不機嫌な面をそのまま言葉にしてぶつけます。

「全くだよ、なんで封印なんてことになってんだ。お前のせいで話がややこしくなってるじゃんかよ」

 場の空気が凍りつくのが、肌でわかりました。無理もないでしょう。リクヤにその記憶はありませんが、封印の原因はリクヤにも一端があるのですから。

 アルファナが絶望か失望か、暗い色の混じった顔で、そっと私に近づいてきました。か細い声が疑問を描きます。「これは、どういうことですか」と。当たり前の疑問に、私は咄嗟に答えられませんでした。答えを知っているというのに。

 リクヤは、全てを忘れてしまっている。自分の罪さえも。

 だからアルファナやアイラを見ても何も思わないし思い出さない。──マザーの今回の目論見は成功したと言えるでしょう。リクヤの記憶を、完全に封印できているかどうかの実験なのですから。

 その成功が立証されました。思うより残酷な形で。

 アイラは自分で願ったことが実ったことに喜んでいるように笑おうとしましたが、その笑みはどうしても悲しみに歪みました。

 アルファナは流れているとも自覚せず涙を流し、そっとリクヤから一歩、距離を取ります。

 私の中には分かたれた絆という文字が浮かびました。

 向いている方向があまりにも違いすぎる彼らは、かつては喜怒哀楽を共にしたはずの友人同士。

 けれど何故、今はここに、見えないのに明瞭に、溝が穿たれているのでしょうか。




 ああ、なるほどな、と私は傍らで納得していました。

 常日頃、マザーを無情だと罵るユウヒさんやセッカの心情が理解できずにいましたが、

 こういうこと、だったんですね。


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