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虹の死神  作者: 九JACK
死神の因縁
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引き裂かれる藍

 今日は久しぶりに私、キミカが綴ります。

 本当はリクヤにも綴らせてみたいところなのですが、この日記の中にはリクヤと生前関わりの深かったアイラという方の記憶について書かれているので、記憶を封じられているリクヤに見せるわけにはいきません。リクヤにはまだ死神の仕事を色々覚えてもらわなければならないので、また倒れられても困りますからね。

 私やセッカは昼間には容易に出られませんから──恥ずかしいことに病弱などの体質は治っていませんので──昼間のうちに活動できる死神はいた方がいいとユウヒさんも言っていましたし。

 ただ見ていて、リクヤは元気すぎないかなぁ、と思います。まあ、元気なのはいいんですが、毎日のようにユウヒさんに突っかかっていくのはどうかと思うのです。

 今日はそんなリクヤと、ある死神の任務に付き添いで行きました。

 私はその任務を聞いたとき、本当に私でいいのか、本当にリクヤでいいのか、疑問が渦巻きましたが、マザー曰く、自分の施した記憶封じがどこまで上手くいっているか、試したいのだそうです。確かに、うってつけとは思いますが……

 任務に行く死神の名前はアルファナ、刈る対象は吸血鬼。──何もここまで、リクヤの生前に深く関わりのある人物たちを取り揃える必要はなかったのではないでしょうか。

 とはいえ任務は任務です。私はリクヤを伴い、霊凍室へ向かいました。

 アルファナ、と名前の書かれた黒いカプセルの前に立ち、三回ノックします。そうすれば黒いカプセルは死神のマントに変化し、中から死神となった人物が出てくる……いつ見ても不思議な光景です。

 と、と地に足をついたのは藍色の髪を顎のあたりで綺麗に切り揃えた女性。贔屓目なしに綺麗な顔立ちをしています。

「……きれー……」

 リクヤも思わず見惚れたようです。見惚れただけで、記憶に引っ掛かる、といったことはないようですが。

 ゆらりとその女性が瞼を上げたとき、その下から出てきた目の色に、私は思わず息を呑みました。

 夜空に煌々と輝く、月のような黄金の瞳。……まるで、私と同じ。

 けれど夜空色の髪の下にある彼女のそれの方がより美しく、映えていました。凛とした空気を漂わせる彼女によく似合う煌めき。どことなく、人間ではないというのが納得できるような、人を越えた美しさがそこにあるような気がしました。

 金色の瞳とは、こんなに神秘的なものなのだな、とぼんやり思っていると、ぱちりと同じ色の瞳が合いました。

 アルファナはきょとんとして私を見つめます。

 かくり、と首を傾げました。

「……あなたは?」

 唐突なことで、数瞬固まってしまいましたが、ちゃんとキミカと名乗りました。死神であるということも。

 すると彼女は疑問符を浮かべます。

「死神……? では何故リクヤがここに?」

 どうやら彼女には生前の記憶があるようで、俄にこちらを警戒しているようでした。

「リクヤも貴女も、死神になったのですよ」

 死神とは生前に罪を犯した者がなるもの。それは決まって人の命に関わる罪。アルファナは自害したこと、リクヤはその後、起こった多くの人命を奪う戦争の引き金を引いたこと……とマザーから聞いていた通りに話しました。

 確かに、リクヤに関しては……アルファナを死なせてしまったことにより、アイラの箍を外すきっかけになってしまったことは確かです。けれど少し、違和感がありました。死神の有り様を知っている身としては……言葉に表しがたい違和感があったのです。

 けれどそれも言わなければ伝わることはありません。アルファナは依然、疑問を浮かべていましたが、それ以上は何も聞いてきませんでした。リクヤが記憶を失っていることを説明したせいもあるでしょう。

 私は話を進めることにしました。

「今日の標的については、マザーから事前連絡があったと思いましたが」

「ええ。大量虐殺を成した吸血鬼とか」

 そう口にする表情には、俄に嫌悪感があった。

 今回の標的は以前の吸血鬼のように吸血衝動のために人間を殺したのみならず、同族にまで手をかけたというのです。衝動をコントロールできない混血種をただでさえよく思っていない純血種であるアルファナのことです。気分を悪くしているにちがいありません。

「……同族の不届きはちゃんと自分で処理します」

 少し冷たい表情をしたアルファナに私とリクヤは頷き、標的の元へと急ぎました。


 見覚えのある風景。リクヤとアルファナを迎えたときの場所に近いです。アルファナはそのことからか、更に顔色を悪くしました。

「サルリア……聞いたことのない名ですが、まさか親戚だったりするのでしょうか……」

 そんな不安げな言葉をこぼし、アルファナは先を急ぎました。身内の不始末なら殊更、自分で蹴りをつけたいと思ったのでしょう。ラスタリカのときも思いましたが、吸血鬼というのは思いの外仁義を重んじる種族のようです。

 私が感心していると、あっという間に目的地に着き、リクヤもアルファナも私も、唖然としました。

 拓けた光景は、死屍累々の山々。どの死体もとても綺麗と言える状態ではありません。体の一部が欠損していたり、千切れかけていたり、原形を留めていなかったり。よくもまあこんなに多種多様な死に様(あくむ)を作り出せたものだな、と戦慄を覚えました。

 そこで生きていたのは、たった一人の少年だったから、尚更。──つまりは齢十代半ばほどの──吸血鬼だから正確な年齢はわからないが……そんな少年が、たった一人で生み出した光景なのだ。この屍の山々は。

 異様な光景、鉄錆びの臭いが漂う空気は記すまでもなく、まざまざと脳裏に焼き付いている。

 しかし、私が呆気に取られたのはそれだけではありません。

 ただ一人立つ少年は、血のように赤黒い髪をして、長い前髪の合間から覗くのは研ぎ澄まされた鋭さを持つ藍色の光。その眼光に、見目に、明らかに見覚えがありました。というより、忘れようのない、双眸の彼。ただし以前会ったときと違うのは、鋭い眼差しの中に理性という言葉は欠片も残っていないこと。

 殺戮の悪鬼。彼の口から聞いていた、その言葉はあのときまだ実感として受け止められていなかったのだと、まざまざと思い知らされました。

 そう、彼は、紛れもなくその名に相応しい、修羅悪鬼そのものでした。理性という箍を失ったそれ。

 私が知るその彼は、死神化見送りの、他人(ヒト)の器を借りて生きる『アイラ』その人だったのです。

「う、そ……」

 アイラを心から愛していたというアルファナは、一目でわかったのでしょう。彼だと。

 故に、現状が信じられなかったでしょう。

 彼女の知らぬ間に、愛する人はこんな、人並み外れた悪鬼と化していたのです。

 時を経て、変化があるのは仕方のないことです。けれど、これほどまでに変わり果てた後のこんな再会の仕方、誰が望んだのでしょう?

 理性の残らぬアイラは、我々を新たな敵とみなし、襲いかかってきます。

 けれど、飛んできた拳は、アルファナの鼻先前で止まります。

「……アル……?」

 その金目を間近で見ることによって、僅かに理性が戻ったらしく、彼はアルファナの名を口ずさみます。アルファナは目を見開き……直後、涙をぼろぼろとこぼしました。

「アイ……!」

 絞り出すように、彼の以前の名を呼び、アルファナはアイラに抱きついた。

 アイラは不器用な手つきで受け止めました。それから私の顔をちらと見やり、自嘲混じりの笑みを浮かべます。

「……死神の刈りとやらか」

 さすがに飲み込みが早く、私はそれに頷きました。

 けれど、状況は思った以上に複雑でした。

「申し訳ないが、あんたたちの刈りは、今のところ不可能だ。封印が阻害して、そっちには行けないんだよ……」

 いつか、封印が緩むまで、死神にはなれないし、死んではいけない。……そんな楔を打ち込まれていたのです。

「……ごめんな」

 アルファナを抱きしめるアイラの声は、任務の失敗を意味していました。

 これまでなかった、失敗を。


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