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虹の死神  作者: 九JACK
死神の因縁
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燈く見透すもの

 今日は任務も特にない一日だったが一つ重要な問題を解決した。

 以前に書き記した、リクヤの眼鏡問題である。

 その詳細について、綴っていこうと思う。




 ***




 思案した通り、おれはキミカにそのことについて相談した。

「近眼ですか……瞳孔がぶれているとなると、乱視という可能性もありますね」

 キミカは思ったより医学方面の知識に強いようだ。おれは近眼くらいしか知らなかったが、俗に言う「目が悪い」という状態にはいくつか種類があるらしく、遠くのものが見えないという近眼の他にも、逆に近くのものが見づらいという遠視、物が二重、三重にぶれて見える乱視というものがあるらしい。人間の中にはリクヤのように近眼と乱視が混ざった者もいるし、年老いると、近眼と遠視の両方が混ざったりと不便なのだそうだ。もちろん単体でも質が悪いが複合されていると尚のこと不便だという。

 その懸念の通り、リクヤは近眼と乱視が複合されており、しかもかなり進んでいて、眼鏡なしの状態ではかなり生活に支障をきたすレベルだというのが、キミカの見立てだった。あの任務から帰ってきた後、あらゆるところにぶつかっていたため、リクヤの体のあらゆる箇所、主に足には青アザが多くできていた。キミカが月の魔力でその怪我を治してはいたが、あまりの痣の多さにキミカは痛ましげに顔を歪めていた。

 おれたちは不老不死の死神ではあるが、元は人間の体であるため、怪我はするし、痛いものは痛いし、治りはするが相応の時間はかかる。便利なのか不便なのか、微妙な体だ。

 キミカに月の魔力を使ってもらって治すということは可能だが、キミカの能力は月が出ていないと発動できないという条件つきだ。そうほいほいとは使えないし、キミカに負担をかけているような気がして、毎回使わせるのも気が引ける。

 故に、怪我をしないようにするのは重要な条件だった。

 キミカ絡みとなれば、あのリクヤのことだ。素直に応じるだろう。

 もちろんキミカ以外にもいくらか説得要項の準備をして、おれはリクヤ、キミカを伴い、人間の世界(そと)に出ることにした。

 任務も特にない日はたまに散歩もいいだろう。真っ昼間だから、光諸々に弱いおれには少々きついが、マントのフードを目深に被って二人を伴い、外に出た。

 留守番はユウヒに任せた。ユウヒとリクヤの仲は相変わらず険悪なため、ややこしいことになりそうだったから。


 昼間の街というのは活気に満ち溢れていた。初めて見るような光景だ。

 アルビノの虚弱体質のため、あまりこんな日照りのいい日に外に出ることはなかったからか、人間の生き生きとした様子は新鮮だった。フード越しでも日光は少々眩しく、きつかったが。

 場所はキミカの故郷である。病床での生活が長かったキミカだが、街のことは信徒から聞いていて、ある程度は知っているらしい。おれたちはキミカを先頭に街を歩いた。

 白いフードつきのマント姿のおれはやはり目立ち、人に訝しまれていたが、その視線を避けるようにおれはフードを目深に被った。

 死神衣装なのはおれだけで、キミカはタートルネックのセーターを着て、リクヤはワッペンを外したいつもの格好で歩いていた。マントは着ていない。私用の場合は、着用義務がないらしい。ちなみに普段のキミカはマントの下に病院着を着ているのだが、それはそれで目立つだろうから、とマザーがわざわざ手回ししてくれたのか、タートルネックのセーターだった。

 おれも服をマザーに要求してみようと思ったが紫外線などを通さない特殊加工の施されたマントと同等の機能のパーカーを頼むのはなんだか面倒だったのでやめた。普段着とさして変わらないことに気づいたのだ。虚しい。

 まあ、お洒落という言葉にあまり興味を持っていないのでかまわなかった。

 そんな三人で向かうのは、眼鏡屋だという。眼鏡というのは、通常病院で眼科というところにかかり、度を合わせるらしいのだが、それだと診療費……つまりは金がかかる。人間として死んだことになっているおれたちに金を稼ぐ術はなかったし、マザーは金銭という概念にまだ疎い時代からの存在だ。目まぐるしく変わる金銭の単位や概念についていくことはできず、というか金銭概念を切り捨て、死神管理というびた一文にもならない仕事に能力を費やしているらしい。有り体に言ってしまえば、死神のおれたちには金がない。無一文なわけだ。

 当然、無一文で病院の診療を受けられるわけもない。故に、眼鏡屋という場所を目指していた。

 眼鏡屋では眼鏡の度合わせ、視力検査を無料でやってくれるのだという。度数さえわかれば、マザーがなんとか眼鏡を作ることができるらしい。故に度数だけ測りに来たのだ。

 リクヤは眼鏡への抵抗感があるようだが、キミカの説得により、案の定、あっさり眼鏡の作成を了承した。すんなり言って何よりだ。リクヤで困ったときはやはりキミカに限る。

「着きましたよ」

 キミカの案内で辿り着いた店は古びた看板の眼鏡屋だった。時計屋というのも兼任しているらしく、店には多種多様な時計が展示してあった。

 時計、というか、時間という概念が存在しない死神界のことを時計を見ながら思った。死神界にはありとあらゆる部屋をマザーが作り、存在するが、時計がない。一万年前には時計という概念が存在しなかったからかもしれない。任務や眠気などの感覚で大体の時間に見当をつけているが、やはり、何か時間のわかるものがないというのは落ち着かなかった。マザーの作る部屋には扉があっても窓はないのだ。日の出や夕陽を見ることはない。それらで一日の始まりや終わりを認識していた人間時代を思うと、やはり死神界は異質で、違和感があった。

 けれど、マザーは金銭が生み出せないように、概念を理解していないものは生み出せない可能性がある。時計も生み出せないかもしれない。

 そう思い至ると、なんとなく時計が欲しくなった。リクヤが視力検査を受けている間、おれは無意識にじーっと時計を見つめていた。

「時計もお求めですか?」

 そんなおれの様子に気づいた店主が問いかけてくる。おれは思わず口ごもった。その後、諦めを漂わせて頷く。

「けれど、おれたちには金の持ち合わせがないものですから……」

「ふむ。それは悩ましいですね」

 きっこんかったんと大きな時計の振り子が揺れる音が響いた。その音はなんだか落ち着いたが、やはり商売ものだから、金を持っていない自分たちが手に入れることはできない。

 そう、諦めていたのだが。

「では、この時計、お譲り致しましょう」

 店主がそんなことを言った。

 おれは一瞬、その一言の意味が飲み込めなかった。一拍、二拍、三拍ほどの間を置いて、おれはようやく「とんでもない!」と両手を振った。

 譲る、というのは無償で、ということだ。しかも、店主が示したのは店の中でも大きく、旧そうな時計だった。どれくらいの値がつくものかは測りかねるが、確かアーゼンクロイツ家にも同じようなものがあった。豪邸に飾られていても見劣りしない荘厳さ。きっと高価なものだろうとおれは拒否しようとしたのだが。

 不意に店主は寂しげな顔をした。

「これはですね、何十年もここにあるのですが、なかなか買い取り手が見つからなくて困っているのです。最近はそこの丸時計のような小さくて幅を取らないものの方が需要がありまして……歴史あるものが、時代に埋もれてしまうのがどうにも惜しくて取っていたのですが、そろそろ処分しようと思っていたのです。もちろん、どこが壊れているというわけでもない、立派な時計です。けれど廃棄する予定ですから、よろしければどうぞお受け取りくださいな」

 そんな店主の言葉におれは心を打たれた。

 時代は変わっていき、人も変わっていく。そんな変遷の中に取り残される逸品が、惜しくて堪らなかった。その時計がアーゼンクロイツの家にあったのに似ていたことからの、懐かしさもあったのだろう。

 おれは大きな古時計を受け取ることにした。適当にリビングにでも設置すれば少しは味のある部屋になるかもしれない。

 そんな会話を交わしているうちに、リクヤの度数計測も終わり、おれたちは帰途に着いた。




 帰ってリクヤの度数を報告すれば、マザーは至極あっさりと眼鏡を作り出した。

 時計は初めて見るらしく、珍しがっていた。構造を理解すれば、故障しても治せるとのことだった。結構便利なのだな、マザーって。とぼんやり思った。

 リクヤの眼鏡姿は思っていたより様になっていたが、目付きが明らかに柔らかくなっていたのでまるで別人だった。人当たりがよさそうに見える。無論、黙っていれば、という捕捉がつくが。




 ***




 今日は色々と曖昧だった死神界の中に明瞭なものが増えた日だった。

 きっこんかったんと時計が刻む音はなかなかに心地よく安心感がある。

 これからどのような時を刻み、見つめていくのか。

 時計は新たな一歩となった。



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