無緑苛む
明かされた、ユウヒの過去。
死神の始まり。マザーの正体。ユウヒが髪と名を大切にする理由。
キミカによって朗々と読み上げられたそれら全ての事実を受け入れるには、少々時間がかかった。キミカも、無論、リクヤも。
おれたちは今まで自分の処遇を理不尽と思い、マザーに反目してきたりもしたが。
……そのマザーが最も、理不尽から生まれた存在ではないか。ユウヒも然りだ。
それに。
中に出てきた「教会」というのに、おれは心当たりがあった。
フィウナ姉さんが繋ぎをつけてくれたあの教会。すぐ施設に送られ、詳細を知ることはなかったが、あの教会が崇めていたのは確か、慈母神というものだったはずだ。
疎外され、神子を死に陥れてまで拒絶されたものが、今はすんなりと受け入れられ、存在する。殺された当事者たちであるクレナイやユウヒは、それを知ったらどう思うのだろう。それとも、ユウヒはもう、その気質のままに忘れてしまったのだろうか。
マザーという存在の理不尽さ、ヒトを弄び楽しむような嗜虐趣味。それをおれたちは軽蔑してきた。けれど、こんな悲しい話を知ってしまって、おれはどうすればいいのだろうか? 安易にマザーを責めることはできない。マザーもまた、ヒトの理不尽によって生まれてしまった存在なのだから。
マザーはそれを意図しておれたちをここへ寄越したのだろうか。けれど、ユウヒが綴った内容をマザーが知る術はないように思う。マザーにクレナイの記憶があるかどうかも怪しいのだ。……単なる気紛れかもしれない。
知っていたとしても、きっと今のマザーなら、おれたちの反応を見たいという好奇心からの行動にちがいない。
そう、おれは大体自分の中で処理をつけた。
ふと見やると、キミカは熱心に日記を見つめていて、リクヤは唖然としている様子だった。
そう、割り切れる話ではない。けれど、だからこそ、ユウヒは伝えることを選んだにちがいない。ユウヒはその動機すらほとんど覚えていないようだが。
「……悲しい、話ですね」
キミカがポツリと呟く。
「ユウヒさん、このことをもうほとんど覚えていないんでしょう?」
「……なんつー無責任な」
リクヤがそう悪態を吐くが、それは仕方のないことだ。
「おれたちは神様でもなんでもない、元は人間なんだ。ユウヒも」
だから、仕方のないことなんだ、と紡ぐ。
「人間は誰かが示唆しなくても忘れてしまう、そんな風にできている生き物だからな」
「……」
自分は生前を覚えていないからか、リクヤは押し黙った。
「だからこうして紡いでいくんだろう? 悲しみも憎しみも、全て、日記になるんだ。おれたちはそれを背負い、明日の死神たちへ繋げていく。それが、マザーに命令されたんではなく、おれたち自身で導き出した、おれたちの答えだ……そう、思わないか?」
俯いたリクヤをじっと見つめる。リクヤはぎりりと歯噛みしていた。手も固く握りしめて、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「重すぎるんだよ……!」
呻くようにリクヤが放った一言。それはもっともな発言だった。
過去を、他人の記憶ごと、背負って歩いていく。形はないけれど、どんなものよりも確かな荷。
「ユウヒはな、残りいくばくかで解放されるんだ。でも、虹が揃うかもしれないのを、その義務感で見届けようと、罪を重ねて、待っている。おれたちよりずっとずっと長い年月を。記憶が擦りきれてしまっても、守っているんだよ」
「そんなの、一緒に背負ってやる義理……」
おれはリクヤの言に大きく頭を振った。
「義理とかそんなんじゃない。これは虹の死神の義務だ。同じだからこそ、できること、同じ者にしか語り継げない……そんな、物語なんだよ……」
分かれとは言わない。これはおれの勝手な推測で、持論だから。
ただ、伝えたい。
ユウヒのそんな気持ちに、おれはいつの間にか同調していたのかもしれない。
「……ユウヒさんが消えたとき、そのままこの日記が葬られてしまうのも、勿体ない気がします」
キミカが静かに語る。
「なら、私たちも抱えましょう。私たちは虹の死神なんですから……」
綺麗事と言われてしまえばそれまでだが、
悲しい真実が闇に葬り去られるのは、見ていられなかった。
何故ならおれたち死神は、そんな悲しい真実の中に生き、現実に葬られてしまった人間なのだから。
おれたちは死神であると同時に人間。
そのことを、忘れてはいけない。
日記を元の棚に戻し、クローゼットを閉めた。
そういえば、マザーが話しかけて来ない。追憶でもしているのだろうか。
もしそうだとするなら、マザーもまた、元は人間、クレナイのままなのだ。
最期まで報われず、その生を終えたヒトなのだ。
おれたちはマザーに声をかけず、部屋を出た。どういう偶然か、元のリビングに続く扉だった。
ここで悪戯を仕掛けてくれば、いつものマザーなのだが……
やはり、クレナイ、貴女はまだマザーの中で生きているのか?
譬、唯一無二の友だったユウヒに忘れられようと。
そんなヒトの心がマザーに残っていることをおれは祈った。
それ以降、リクヤがユウヒに突っかかることも少なくなり、一つの懸念材料が減った。
ユウヒは笑ってリクヤを許した。
許して、許されて。
罪負いのおれたちはこんな日々を繰り返すのだろう。
そして忘れた頃にまた、マザーはいつも通り悪戯を仕掛けるにちがいない。
きっと、生前にできなかった遊びなのだろう。そう思えば、少しは許せるような気がした。
まあ、沸々と怒りが沸いてくるのを抑えられないときもあるが。
一見非日常にして、日常。
神というものに縛られ生きたクレナイが、自由を満喫している。それを思えば、いくらか救われているし、報われているのだろう。
そう願って、おれは今日も明日もまた、日記を綴っていく。
いつか自分も、誰かに手渡すのだろう、未来を見据えながら。




