真緑
アイラと別れてから、リクヤとアルファナの遺体にマントをかける。
再生を待つ間、キミカがマザーに問いかけていた。
「よかったんです? マザー。死神のことは生者には知られてはいけないのでは?」
言われてみれば、その通りである。先程のアイラは人格として別であるとはいえ、生者の体に宿っている。生者に死神のことが伝わってしまう恐れがあるのではないか?
しかしそんなことは杞憂なようで、マザーはあっさり『問題ありません』と答える。
『アイラは封印の特殊性から、生者の人格と記憶を共有できないようですから』
なるほど。二重人格というものはよくわからないがそういう点は便利と捉えて良いのだろうか。
それとも『封印』というのが功を奏したのか。
まあ、どちらにせよ、マザーが大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。
今はこちらか。
リクヤとアルファナの再生は終わったようだ。アルファナは死神のマントによって、筒型に覆われて、霊凍室にあるカプセルのようになる。アイラの体はマザーが特殊な場所に転移させたらしい。というか、転移が使えるのなら、いちいち死神を霊凍室に運ぶのをやらせるな、と思うのだが、まあ、保管形態になった死神はマント分の重さしかないので苦にならない。
つくづく不思議物体なマントである。
キミカが自分より大きなカプセルを担げと言われて不安げだったが、軽いことに驚いたようで軽々と担いでいる。大工が丸太でも担ぐかのように。丸太にしては太いが。病弱で線の細いキミカが担いでいるからこそ、その光景はいっそう異様に見えた。
私は担がなくていい方……つまりはリクヤに目を向ける。もぞもぞとマントが蠢き始めた。リクヤが目覚めたのだろう。
むくりと起き上がると、マントがぱさりと落ちる。黒いシャツの袖を立て、左腕にワッペンをしている。ワッペンはおそらく自警団の証なのだろうが、マザーの処置か、縁取りのデザインだけで字がない。
開かれた目は、気分でも悪いのだろうか、大変据わっている。……いや、よく見ると焦点が合っていない。そういえば、目が悪いのだったか。
「……ええと、あんたら、誰?」
口も悪かった。
アイラ曰くリクヤは二十歳手前だったはずだ。私は年など忘れたが、キミカは三十路手前らしいし、年上に対する礼儀がなっていない。……いや、年上すぎる吸血鬼と接していたからその辺りは麻痺しているのだろうか。けれど、アイラたちの記憶は消されているはずだ。……うむむ。
キミカは気にした様子がないのでいいか。
「私たちは、死神ですよ。貴方も」
キミカが丁寧に──出会い頭一発目にはどうかと思う自己紹介をする。まあ、間違ってはいないのだが、軽すぎないか?
マザーが何も言って来ないから問題ないか。……振り返ると、自分もそういう名乗り方をしていた気がする。見直すべきか。しかし、死神であることは事実であるから……まあいいか。
「死神? 何それ」
そこからか、という質問が来た。生前の記憶は消されただろうが知識まで消したのかマザーめ。
「人の魂を刈る者のことです」
「いや、それはわかるけど、お伽噺だろ、それ」
……ああ、そういうことか。
「残念ながら、実在するんだよ、死神は。私たちが実在するようにね」
「……わけわかんね。いきなり目が覚めて記憶ないのに死神になったって、小説か何かかよ」
「現実は小説よりも奇なり、だよ?」
うさんくさ、と引かれた。地味に傷つく。
それともこれはマザーの新手の嫌がらせだろうか。ならば受けて立つ。
と私が現実逃避している間に、キミカが懇切丁寧に説明していた。キミカは体こそ脆弱だが精神が強いな。
「と、まあ罪を持って死んだ人間が死神になるのです。残念なことに貴方も罪人と判定されてしまい、死神となりました。ここまで、いいですか?」
「おう、なんとなくわかった」
なんだこの態度の違い。なんとなくキミカの方には敬意が向けられているぞ……
「要はなんでかわかんねぇけど俺は罪人で死神になって、死神としてこれからは罪人……悪人を退治していくってことだな!」
確信した。こいつ、発想がガキだ。短絡的な思考回路をしているんだ。
「まあ、そんなところです」
それを否定しないキミカ。細かいところに拘らないというか、ガキの扱いが上手いのか。そういえば、キミカが大切にしていた記憶の中には入院患者の子どもがいた気がする。子ども慣れしているのか。だとしたら私は、子どもは苦手だ。少なくともキミカのように丁重には相手にできない。一種の才能だろうか。そう思うことにしよう。
「あんた、名前、なんて言うんだ?」
「キミカと言います」
「キミカか。いい名前だな。オレはリクヤ。よろしくな」
もう名乗り合うところまで打ち解けている。名乗られなくてもリクヤの名前など知っているのだが、そこを突っ込まない辺りがさすがキミカというか。
私は引っ込んでいた方が話が早くて済むんじゃないか、と思いかけたところで、リクヤがこちらを向く。「あんたは?」と名前を訊ねてきた。
「ユウヒです」
「……なんか辛気くせぇ名前」
ぶわりと殺意が湧いたのは仕方のないことだと思います。
「辛気臭い? 初対面の人の名前に難癖をつけるとはいい度胸ですねぇ?」
「ちょ、ユウヒさん?」
リクヤに掴みかかる勢いの私をキミカが止めますが、こればかりは譲れませんでした。
私の名前は、大切なものなのです。
「燈を結ぶと書いてユウヒと読むのですよ? 友からもらった大切な名を何故初対面の相手に侮辱されなきゃならないんですかねぇ?」
そう、この名前は唯一無二の友からもらった、かけがえのないもの。記憶の遠退いた私にとっては、唯一の記憶の欠片。片時も離すことなく、大切にしていた。
それを辛気臭いだと? 許せるものか。
だが、それでも、キミカは止めた。
「直に夜が明けます。喧嘩はかまいませんが、人間の方々に迷惑がかかりますよ」
そこを突かれると、黙るしかなかった。リクヤも素直に引っ込むが、謝罪の一言はなかった。
むかむかしながら、リクヤとキミカのやりとりを眺める。
「そういやキミカの担いでるそりゃなんだ?」
「ああ、この方も死神で、私たちとは仕様が違うので、任務のときまで眠っているのです」
「へぇ、変なの。あ、それに書いてあるのが名前? ええと……アルファ、ナ……?」
リクヤがその名前を紡いだ瞬間、私になんとも形容しがたい嫌な予感が駆け巡る。残念なことにそれは的中し、リクヤが混乱し始める。
「アルファナ……アルファナ、オ、レが……死なせた……ぁ、ぁあああああっ」
記憶が蘇ったというのだろうか。しかしマザーがこんな不完全なことをするか?
思考を巡らせていると、ぶつんと電源を切られたようにリクヤがその場に崩れる。おそらく、マザーの処置だろう。キミカが慌てたところに、呼び掛けてくる。
『わたしとしたことが、抜かりましたね。もう少し強力な暗示が必要ですか』
「……暗示?」
問いかけるとマザーは答える。
記憶というのはそう簡単に第三者に消せる代物ではない、と。マザーは超常的な力でそれを叶えているが、何かが弾みで思い出してしまうかもしれない。そのため、その『弾み』をできる限り少なくするのが『暗示』らしい。
『想像するに、キミカはアルファナを連想させる何かがあるようですね。性格が似ているのかもしれませんし。あまり関わらない方がいいかもしれません』
ん、嫌な予感が。
『というわけで、当分リクヤの世話はユウヒがしてください』
「んなっ」
相性最悪としか思えない相手なのだが。
「そんなこと、セッカにだってできるでしょう」
『この場にいない人物の名前を出しても仕方ありません』
「うぐっ」
マザーにあっさり論破されてしまった。……帰ったらセッカに相談しよう。
『ひとまず、キミカはアルファナを担いでいますし、ユウヒはリクヤを』
「えっ……」
『安心なさい。重さはマントと同じです。騙されたと思って担いでみてください』
そういう問題ではないのだが、いちいちマザーに突っ込むのも疲れるため担いで……後悔した。
騙された。
普通に人一人分くらいの重さはある。というか眠っているせいでより重い!
「くっ……マザーっ?」
『……』
都合の悪いときばかり黙りである。参ったものだ。
ただ、これで一つ、虹の死神の特性がわかった。
人の重さがある。
それが普通の死神との違いだ。
発見の多い一日だったが、何か解せぬ……