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虹の死神  作者: 九JACK
芽取りの死神
144/150

記緑

 リクヤが死んだ。

 吸血鬼の街に行ってからのリクヤが書いたような日記は、眼鏡だけ持って帰ってきた俺を迎えたシリンが、俺と眼鏡に触れて、記憶を読み取って記したものだ。リクヤの思いをそのままに文にしたためたのだという。

「そんなことをして、大丈夫なのか?」

 やっていることが人間の域を越えているシリンに俺は声をかけた。

 シリンは筆を走らせながら、なんでもないことのように笑う。

「僕の記憶能力を活かした文書作成は生前から慣れています。記憶能力のオーバーヒートもしたことはありませんし、……アイラさんはどうやら忘れているようなので、敢えて言っておきますけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その言葉がひどく刺さった。

 そうだ、俺は勘違いをしていた。

 リクヤはもう人間じゃない。死神だった。既に死んでいる者に「死」という概念は訪れない。人生は一度きりなのと同じ。「死」というのは一度きりだ。

 俺は未だ、混同していた。死神として生きることを、人間として生きることの延長線だと考えていたのだ。

 リクヤに言われた通りだった。

 リクヤに幸せな人生なんて、人でなくなった時点で、もう与えられないのだ。

 全部、俺のエゴだった。

「リクヤさんの浄化に立ち会ったのはアイラさんです。ここからはアイラさんが続きを書いてください」

 シリンが日記とペンを差し出してきた。

「続き……? そんなもの、ないだろう?」

「いいえ、あります」

 シリンの目は灰色だった。淡い色なのに、それは強い色に見えた。

 シリンは確固たる自信を持って告げる。

「リクヤさんがいなくなっても、僕たちが死神であることは続いていきます。僕も人のことは言えませんが、アイラさんだって大量の罪を抱えている。だからこの先も生きていかなければなりません。

 僕はリクヤさんの記憶を見ただけです。アイラさんの気持ちはわからない。リクヤさんと特段仲がよかったわけでもない僕に書き綴れるのはここまでです。僕はリクヤさんを弔えない。それなら、誰が一番リクヤさんを偲び、弔えるんですか? ()()()()()()()

 その言葉は、ただでさえ重石の多い胸に、ずしりと結構な重量をもたらした。

 ああ、こいつはたくさんのものを抱えすぎてきたからわかるんだ。

 どんな言葉が一番、呪いのような重石になるかを。

 だから俺は、日記を書くしかなかった。


 これは俺の懺悔である。言いたいことを書き殴って、誰にも許されはしなくても、許された気分になりたいだけの自己満足だ。

 リクヤのことは、あいつが餓鬼の頃から知っている。弟みたいなやつだと思っていた。

 吸血鬼、特に純血種となれば、子種に恵まれることも少ない。おそらく長命であることの帳尻合わせだ。だから俺には、兄弟がいなかった。

 寂しくなかった、と言えば嘘になる。生まれたときから藍色の目で、藍色の修羅の転生体だと、吸血鬼の中でも疎まれていたからな。俺の友達に進んでなろうというやつなんざ、いなかった。

 両親も藍色の修羅を生んでしまったことを嘆いて、一家心中まで目論んだほどだ。そんなことをしても、藍色の修羅の類稀なる身体能力で、藍色の修羅だけは生き延びただろうから無駄だ、と他の吸血鬼たちに叱咤されていた。

 死にたいとは思わなかったが、生きる理由がなかった。そんなに疎むんなら、いっそ殺してくれよ、と思っていたが、誰もそれを実行しようとはしなかった。

 生きるのが苦しいというわけではない。俺が人畜無害でいる限り、俺の生は保障されていた。疎まれても、絡まれることはなかったしな。変に俺を刺激したくなかったんだろう。

 親の心中を止めたことも褒められた。疎まれてはいたが、一人の吸血鬼として普通に育てられたはずだ。

「婚約者、ですか?」

「そうだ」

 俺が藍色の修羅に纏わる伝統と伝承を聞いたのはこのときだ。吸血鬼は長命だから、婚姻を結ぶものも結ばないものもそれぞれたくさんいる。だが、藍色の修羅だけは違ったようだ。

 吸血鬼とは生き血を啜る生き物だが、それは愛の代替だということがわかった。一部の人間の研究によって、吸血鬼という今まで未知で、ブラックボックスとされてきた吸血鬼の生態が明らかになってきた。吸血鬼と人間が共存する未来を築くためだ。

 人間は吸血鬼を恐れるばかりで理解しようとしなかったし、吸血鬼は血を啜ることしか頭になく、人間のことを餌だと思っていた。それが対等になるためには相応の時間が必要だ。長命の吸血鬼でも数世代かかる相互理解は人間からすれば途方のない時間のものだ。

 途方のない時間をかけた甲斐あって、吸血鬼の吸血行為というのは愛の代替行為であることが明らかとなった。吸血鬼は血を吸うけれど、心の中が空っぽの状態を乾燥している、喉が渇いている、と勘違いすることによって喉を潤すために血を飲む。水や果実水でも良いが、吸血鬼の口に一番合ったのが血液だった。血液である理由に関しては諸説あり、まだ確定した論はない。

 ただ、心が満たされていると、吸血鬼は血液を求めなくなる、というのが明らかになった。それは空腹状態が満腹状態になったから「満たされた」と感じるのではないか、と言われもしたが、そこで挙げられたデータが、吸血鬼の婚姻率と吸血行為の関係性である。婚姻、恋人関係にある者は圧倒的に吸血量が少なかったのだ。

 そこから吸血は単なる食事行為ではない、という説が生まれ、吸血鬼が血を吸うことに感情が関係することが推察された。

 その研究が進み、今では、吸血鬼の吸血行為は愛の代替行為である、と一般的に唱えられている。

 吸血鬼は吸血行為に伴い凶暴性が増すというデータもあり、吸血鬼は誰か愛する者と結ばれることが理想的だとされるようになった。

 藍色の修羅は吸血鬼の中で最も凶暴な者だ。故に、それを制するために、藍色の修羅には早めに婚約者が与えられることとなっていた。

 俺に誰かを愛する自信なんてなかった。誰かを愛せる自信もなかった。愛というのは怖かったし、存在の有無すら俺は疑っていた。

 親は俺を愛することはなかった。彼らが愛し合った結果生まれたのが俺のはずなのに、俺が藍色の修羅として生まれてきてしまったから。

「あくまで婚約者、だ。お前が本当に愛せるものに出会えたら、この婚約はなかったことにしてよい」

「ですが」

「アルファナ、入ってきなさい」

 俺が反論する前に、長は誰かを招き入れた。おそらく話の流れからするに件の婚約者とやらだろう。

 俺は大して期待をしていなかった。

 かつん。

 ヒールが地面にぶつかって、音を鳴らす。

「こんにちは。はじめまして、アイラ。私はアルファナと言います。大体あなたと同い年です」

 凛とした声。涼風が吹いたような錯覚がした。

 見るとその女は藍色の髪をさらさらと揺らめかせて、ショッキングピンクのシャツを着ていた。緑のスカートには軽くスリットが入っており、動きやすそうだ。ヒールは高めで、すらっとした立ち姿。容姿は申し分ない。

 まあ、吸血鬼で醜く生まれる方が珍しいらしいが、と思って、その女と目を合わせて驚いた。

「金瞳種……」

「あら、お気づきになられまして? といっても、そもそも吸血鬼の中で純なる金瞳種は八人しかいなかったから、私は純なる金瞳種というわけではありませんけれど」

 吸血鬼の中で、始祖と呼ばれる八人の吸血鬼。彼らは金色の目を持つことから金瞳種と呼ばれた。純血中の純血である彼らも、人間との争いの中死に、その血を残したかどうかも怪しい。

 ただ、かなり稀に金色の目を持つ吸血鬼は生まれると聞いていた。目の前にいる女は夜空で妖しく輝く月のような目をしていた。

 その目に俺は惹かれた。

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