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虹の死神  作者: 九JACK
芽取りの死神
143/150

黄ゆ

 鍵の開いた音がした。

 もう戻れない何かを踏み越えてしまった気がした。

 記憶と共に溢れ出る感情。感傷。心象。

 オレは、アイラって野郎が、大っ嫌いだった。


 友達だった、と周りからは認識されていたらしい。アルも友達として接していた。オレのこと。

 吸血鬼からしたら、人間のオレなんてガキんちょみたいなもんだろう。幼子を可愛がるようなもんだったんだろう。今にして思う。

「リクヤ、またアイラと喧嘩したの? 団長さんに怒られちゃうじゃない。手当てするからおいで」

「喧嘩じゃない。鍛練だ。アイラにちょびっと負けただけで」

「はいはい。吸血鬼が誇る最強の男によくもまい懲りないこと」

 アルはいつもそう言って、オレの怪我を手当てしてくれた。消毒が染みて痛いけど、アルに労られるのはいい気分だった。

「アイラも、ちっちゃい子こんなにぼろぼろにして。ちょっとは手加減なさい」

「いや、手加減したら怒るしいてっ」

「言い訳はなし! 後でお説教です」

「……」

 アイラは無愛想だった。そういえば、あの頃も目に包帯を巻いていたっけ。今ほど包帯を外すことに抵抗はなかったようだから、ガキん時、一回目を見せてもらった。

 夜空みたいな綺麗な色をしていて、なんでそんな綺麗なのに隠すんだよって言った。オレは思ったことをそのまま口に出すガキだった。

 アイラはなんかごもごもしてた。男ならはっきりしろよ、とオレが背中を思い切りひっぱたいたのを覚えている。

 オレもアイラのこと嫌いだけど、アイラもオレのこと嫌いなんじゃないかって、その時思ったんだ。

 アルがオレの世話を焼くから付き添ってるんじゃないかって。

 たぶん、間違ってないと思う。

 バカだろ。

 バカみたいだろ。

 アルを中心に世界が回っているだなんて、オレは思ったんだ。それくらい、アルは眩しかった。


「随分とまあ、美談にされたみてえだな」

「……」

 本を閉じるオレ。黙りこくるアイラ。ここが図書館じゃなけりゃ、オレはアイラの胸ぐらを掴んでいたし、ここが図書館じゃなけりゃ、オレはこの本をびりびりに裂いていた。

 吸血鬼のが寿命が長いから、生きられる時間の一部を自分に割いてくれ、なんて頭のいい言葉、オレの口から出るわけないだろ。もしも、そういう言い方ができていたら、アルはあんな死に方絶対にしなかった。もう少し、オレの話を聞いてくれたはずだ。

 オレの頭がいいわけないだろ、バカ。オレはただの青臭さの取れねえガキだったんだよ。成人年齢になっても、大人になんてなれなかった。年齢が人格を変えることはない。それはオレに限らず、人間も吸血鬼も、みんな知ってることじゃねえか。

 閲覧室の時計の秒針が、かっかかっかと懲りもせず回り続ける。その五周目くらいでようやっとアイラは口を開いた。

「……思い出したのか?」

「言いたいことはそれだけかよ?」

 かっかかっかと時計が回る。アイラは口を開いては閉じ、開いては閉じ、を繰り返した。コイツなりに葛藤しているんだろう。それはわかったがどうでもよかった。

 コイツがどう思っているかなんて、どうでもよかった。オレはいつだって、オレの感情を優先させる。本のように、アイラという婚約者がアルファナにあると知って尚、アルファナと結ばれることを望んだように。

「面ァ、貸せ、アイラ。どうせここじゃ騒ぎになる」

「大人になったな」

「皮肉か、ゴルァ?」

 オレは大人だと威張ってた。

 それは大人のすることじゃなかった。


 本を返して、図書館から出て、民家の少ない場所に来た。草原がただ、広がっている。セイムとかが好きそうだな。アイツ、花好きだし。

 キミカもきっと好きだろう、と思って、切なくなる。キミカにもう会えない。あの金色の瞳にはもう会えないと確信していた。

 オレの罪は浄化される。たぶん、思い出しさえすれば、アイラなんかが来る前に浄化できていたはずだ。そうすれば、お別れをする人数なんてセッカ、キミカ、ユウヒの三人だけで済んだ。

 オレのコレは死神からすれば、罪ですらないのかもしれない。オレの罪はアルを見殺しにしたことだが、それは罪の加算数としてカウントされない。アイラに殺されたことで帳消しになるくらいだ。死神の適正は生前の行いにも表れ、生前殺したヤツの負う罪をも浄化するとか言ってた。アイラは罪も力も強い分、浄化作用だって強かったはずだ。

 死神になりたかったわけじゃないが、自分が死神だったことを、オレはわりと後悔していない。死神はクソだが、キミカやセッカやセイムやシリン、ヒカリにアカリまでもがクソだったわけじゃない。アイツらは中途半端な大人のオレが導くまでもない存在だったが、少し背伸びすりゃ、オレの方が背が高かった。

「お前の記憶は、俺が消してくれ、と頼んだ。マザーに」

「ああ、そうみてえだな。マザーのアナウンスが脳内に流れて鬱陶しかったわ」


『リクヤ。盟約に反することは禁止されています。繰り返します。盟約に反することは』


 なーにが盟約だ。オレとの約束じゃねえだろうに。

 オレはふっと笑う。どこか自虐っぽくなった。

「そんなに忘れてほしかったかよ、アルのこと。当てこすりたあ、みっともねえなあ。最強の吸血鬼サマがよ」

「違う。俺のことを忘れてほしかった」

「マザーに感謝しろよ。バグでもてめえのことを思い出したことはねえ」

 オレは死神になった当初、キミカの目とアルの目を重ねて、その優しさに面影を見て、アルのことを思い出したことがあった。マザーが力で捩じ伏せたみてえだけど。

 それに連なって、アイラを思い出すことは、一度もなかった。ただの一度もだ。

「俺はお前に、幸せになってほしかった」

「殺しといてよく言うわ」

「死神になって、人生をもう一度、俺のいない状態でやり直せるんじゃないかって思った」

「てめえが来て台無しじゃねえか」

「そうだな。でも」

 アイラは、目の包帯を取った。藍色の目が、静かな湖面みたいに揺らがずにそこに存在する。

 アイラという野郎は好きじゃなかったが、この色だけは、どうしても嫌いになれなかった。だから、前髪で鬱陶しく目を隠そうとするコイツに苛ついた。だからセイムとバカやりがてら、コイツの前髪を切ろうとしたんだと思う。

 アイラの目には慈しみの色があった。

「他のやつらとの時間は、悪くなかっただろう?」

「バーーーーーーカ」

 オレは低俗な罵りを皮切りに、アイラに迫る。

「人生はな、一度きりなんだよ」

 ざっ。

「死んだら終わりなんだ。死神は人生の延長なんかじゃねえ。勘違いしてんじゃねえよ、気持ちわりぃ」

 ざっ。

「てめえはオレを救ったつもりだろうが、一回殺した事実で全部パアなんだよ」

 ざっ。

「アルだってそうだ」

 ざっ。オレとアイラの間の距離は消え、オレはアイラを見上げがてら、襟首を掴まえる。

「オマエさえ、オマエさえいなけりゃなぁ、オレとアルで幸せになる道だって、あったはずなんだよ!!」

 ぐっと掴んだ襟首を握り込む。アイラの首が少し絞まったはずだが、アイラはぴくりともしなかった。

 オレは腹が立って、その顔面に拳を一発叩き込んだ。アイラの右頬が腫れる。それでもアイラはだんまりだ。いい加減にしろ。

「強いからっていい気になってんじゃねえよ!! そうやってオレをずっと見下してきたんだろ!?」

 がっ。

「何がどう転んだって、賽の目が六ばかり出揃ったって、アルの想いが変わることはないって確信できてたんだろ!?」

 がっ。

「オレがどんな邪な想いを抱いたところで、叶う可能性なんて小指の先ほどもねえって、嘲笑ってたんだろ!?」

 がっ。

「オレが一生、オマエに敵うことなんてあり得ねえからって、オマエは、オレを!!」

 ぱし。

 止められた拳は乾いた音を立てる。オレはアイラを睨んだ。どうせ涼しい顔をしているのだろうと思ったら、腸が煮え繰り返る。

 だが、アイラと目がばちりと合って、オレが息を飲む間もなく、アイラはオレの襟首を掴み返し、オレを思い切りぶん殴った。オレが吹き飛ぶのと同時に、ちらちらと雨滴が舞う。

 ……は?

「泣いて、んのか? オマエ……」

「……いつからだ……?」

 藍色の目から零れ落ちるそれは、不謹慎にも流れ星のように綺麗だった。

「いつから俺たちは道を違った!? 答えろ、リクヤァァァッ!!」

 ……アイラの激情を見たのは、生前も含め、初めてだ。

 殴られた頬の痛みなんて忘れた。オレはただただ、藍色の修羅という男に、見惚れた。

 ああ、そうか。

「最初からだよ、アイラ」

 コイツはオレのこと、嫌いじゃなかったんだな。

 でもオレは、大嫌いだ。大嫌いなまま、逝くよ。

「最初から、やっぱ、人間と吸血鬼なんて、関わるべきじゃなかった。価値観も人生観も、何もかもが違いすぎる」

 悟ったわけじゃない。たぶん、最初から知っていた。知っていて尚、オレはアルファナという女が好きでたまらなかった。

 だから。

「てめえにとって、一番の不幸が、オレと出会ったことであることを願うよ、アイラ。さよならだ」

「っ、リクヤ」

 アイラが流れる涙を拭うこともせず、オレに駆け寄ってくる。なんとなく、自分という質量が世界から失われていくのがわかった。

 オレはもう、充分償ったよな? アル。

 本当はアイラが記憶を取り戻したオレを介錯するつもりだったんだろうが、てめえのエゴには付き合わねえし、てめえに二度も殺されてたまるか。

 オレに手を伸ばすアイラがスローモーションに見えて、嘲笑(わら)う。

「てめぇの思い通りになんかさせるかよ。……あばよ、アイラ。アルと同じ世界には、行けねぇか、さすがに」


 眼鏡だけがかちゃりと、その場に落ちた。

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