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虹の死神  作者: 九JACK
芽取りの死神
142/150

藍と濃と

 藍色の修羅は恐ろしい吸血鬼です。濃い色の目を持つ彼は悪鬼とされてきました。彼は吸血鬼としての純な血故に強く、どんな吸血鬼よりも血を求める性を持つ吸血鬼です。

 吸血鬼とはそもそも、愛の代替として血液を求める生き物です。こう考えてはいかがでしょう。藍色の修羅は吸血鬼としての血が純であり、濃い故に、他の吸血鬼よりも愛に飢えていた、たくさんの愛が欲しかった、寂しがり屋なのだ、と。

 つまりは、愛で心が満たされていれば、藍色の修羅だって、暴れて人を徒に傷つけずに済むのです。

 そこで吸血鬼の長は考えました。藍色の修羅の心を満たす方法。長が考え出した答えは単純明快なものでした。

 長は藍色の修羅に自分の娘を嫁にやったのです。婚姻、夫婦関係。そこまでいかなくとも、恋人になれたなら、少しずつ愛を知って、満たされていくはずだと、長は考えたのでした。

 藍色の修羅も、長の娘も、最初は戸惑いながら接していました。けれど、愛が欲しい二人は少しずつ歩み寄り、覚束ないながらも恋人の真似事を始め、歓談したり、手を繋いだりと、心の距離を縮めていきました。

 一つ屋根の下で生活をし、色香に惑うより、穏やかな日々を選び、二人は順風満帆に暮らしていました。藍色の修羅は自分の心の中にずっと溜まっていた冷たい水が、心地よい温みを帯びていくのを感じます。

 ああ、これを求めていたんだ。血ではなく、本当は……

 そう気づいた藍色の修羅はぽろぽろと涙をこぼしました。それに気づいた嫁が、大慌てで駆け寄ります。

「あなた、どうなさいましたの?」

「なんでもない。ただ幸せで、どうして涙が出るのか、自分でもわからないんだ。同胞を殺して、血塗れになったときにすら涸れていた涙が、何故……」

 自分がどうして泣いているのかわからない、という藍色の修羅を嫁は優しく抱きしめて言いました。

「涙というのは、悲しいときや悔しいときによく流れるものですけれど、嬉しいとき、幸せなときにも流れるものなのですよ。あなたが悲しくも悔しくもなく涙を流すのなら、あなたは今幸せということ」

「幸せ……」

「あなたが、悲しみでない涙を流せるのなら、よかったわ」

 その言葉の温もりに藍色の修羅は救われました。

 かけがえのない存在と伴侶になり、心を通わし、愛を得ることで、藍色の修羅は修羅にならずに済んだのです。

 そのことから、代々生まれる藍色の修羅は伴侶を与えられるようになりました。金色の目の長の娘と心を通わせ、平穏を保っていたのです。

 そうして、数千年、吸血鬼の歴史は安寧に続いてきました。また藍色の修羅が生まれ、婚約者として金色の目の娘があてがわれました。

 その二人もたいへん仲睦まじく、友達のように、兄妹のように、親しく過ごしていたのです。

 そんな二人の仲に、人間の少年も友人として加わりました。人間の少年は、吸血鬼と人間が共に暮らせるように街の平穏を保つ自警団の子どもでした。

 二人は少年の存在を歓迎していました。藍色の修羅も穏やかでいられるときが長いため、少年の存在を邪魔に思ったり、嫉妬に身を焼いたりせず、健やかに過ごせています。人間と良好な関係を築くことは、吸血鬼にとっても、人間にとっても、いいことだと信じていたのです。

 ですが、男女三人で友達みたいに仲良くしていられるのはそう長続きするものではありませんでした。人種が違うのなら、尚更です。

 数年もすれば、少年は年頃になり、藍色の修羅の婚約者を異性として意識するようになりました。人間の寿命は吸血鬼のそれと比べて短いので、そういった情緒の成長は著しかったり、極端だったりします。

 少年は最初はピュアでした。少年のことを友達や弟のように思っているだけの金色の目の娘は普通に手を繋いだり、笑い合ったりします。少年はその表情を見ると胸がもやもやしました。

 思い切って、自分の気持ちを伝えたこともありました。

「好きだ!!」

 ストレートな言葉に、金色の目の娘は目を真ん丸くしてから、花が咲くようにぱっと笑います。

「私もあなたのこと、好きよ」

 少年は有頂天になりました。両想いだ、両想いだ、とたいへん浮かれ、そわそわし、夜も眠れなくなった頃、気づきます。

 好き、というのは言葉足らずでした。ただ好きというのなら、家族として好き、友達として好き、というのでも成り立つのです。尊敬している、という意味を持ったりします。

 少年の娘に対する「好き」はそういう「好き」ではありません。恋仲になりたい、できることなら伴侶にしたい、という意味の「好き」です。

 違う「好き」であることをどう伝えたら良いか、と考えていると、少年は父に呼び出されました。どうやら娘が吸血鬼の長に少年に「好き」と言われたことを話したようで、それが恋愛的な「好き」であることを危惧した長同士が少年に直接確認を取ることにしたのです。

「うん、恋人になりたいっていう意味で言ったけど、言葉足らずだったから、どう言い直そうか考えていたんだ」

 素直に答えた少年に、父は告げました。

「いいか。あの娘には、もう伴侶になることを約束した者がいる。好き同士の者だ。お前も知っているだろう、藍色の修羅と呼ばれる吸血鬼が、彼女の恋人なのだ。そこから横取りするようなことをしてはいけない」

 少年はその言葉に頭の中が真っ暗になりました。

 藍色の修羅は少年の大切な友達です。まさか、三人で仲良くしていたのに、少年の知らないところで、二人が婚約者だったなんて……と非常にショックを受けるのも、やむを得ないことでしょう。

 けれど、それを「仕方ない」と咀嚼して飲み込めるほど、少年は大人にはなれていませんでした。

 少年は自分の気持ちをわかってもらうために、娘を拐ったのです。娘にとって、少年は青年になったとしても友達なので、乱暴なことはされないだろう、と素直について行きました。

 けれど、少年がぶつけたのは、愛欲の言葉でした。

「なあ、オレと恋仲になってくれ。オマエたちにはまだまだたくさん時間がある。オレの短い人生のために時間を割いてくれないか? オレはオマエのことが好きなんだ」

 吸血鬼と人間は命の長さが違います。それはどうしようもない事実です。少年の伴侶として過ごし、その後藍色の修羅の伴侶となるのも、案としては悪くないものでした。

 けれど、悪くないのと、娘の気に沿うかは、また別のお話です。

「ごめんなさい。その気持ちには答えられないわ。私はあの人のためだけにこの人生を捧げようと自分で決めたの」

「オマエの気が変わるまで、オレはオマエに気持ちを伝え続ける」

「駄目よ」

 娘はぽろぽろと、金色の瞳から涙を流しました。

「そんなことをしたら、あなたとあの人が友達でいられなくなる。あの人にとってはあなたもかけがえのない人なのに」

「アイツともちゃんと話すよ!」

「駄目だよ。だってあなた、私を諦めるつもりなんてないでしょう? 私の気持ちが揺らがないのに、あなたの気持ちも揺らがないままで、平行線のまま、つらく苦しい関係が続くくらいなら、私は」

 そこで、娘は、手指を吸血鬼特有の鋭い爪に変化させ、自らの喉を切り裂きました。

 その瞬間を心配して探しに来た藍色の修羅が目撃してしまいます。

「──」

 少年の理解が及ばないうちに、藍色の修羅の腕が、少年の体を貫通していました。


 その後、人間と吸血鬼の夥しいほどの死体の山の上に、藍色の修羅は立っていました。感情のない眦からは涙が無数に筋を作っております。

 どうして彼が泣いているのか、教えてくれる人はもういません。

 もう、いないのです。

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