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虹の死神  作者: 九JACK
芽取りの死神
140/150

出来藍

「急に話しかけてくるから、何かと思えば」

 淡々とした口調でオレにそう言ったのは、面見てるだけでムカつくアイラの野郎だ。

 セッカはオレとアイラの間に何かあるのを仄めかしていた。っつーことは、生前のオレとコイツには何か関わりがあったはずだ。そんでもって、オレの墓を知っているとしたら、コイツしかいねえってことになるワケ。

 で、その反応がコレってワケだ。クッソ腹立つな。

「お前の墓な。あるにはあるが……自分の墓を墓参りしたいか?」

 そう言われると、微妙な気持ちになる。

 自分の墓を墓参りするなんて機会、普通に生きて死んだらそうそうないだろう。普通の人間が経験できないことを体験したい、という知的好奇心ではない。

「別に、墓参りしたいわけじゃねえよ。ただ、ヒカリがセッカの墓建てた話聞いてたら、ふと気になったんだよ。……生前、どんな罪を犯したとしてもさ、ちゃんと弔われたい……っていうさ。わかんねえ?」

 アイラはオレの言葉にはっとしたような顔をする。

 そういやこいつ、人間とは命の長さが違う吸血鬼ってやつだったな。人間の感覚がわからないのかもしれない。長く生きてりゃ、死に別れなんてよくある話になるだろうしな。セッカが義姉の生まれ変わりに会ったりすることもあったくらいだし。

 そう考えると、ちゃんと、生と死って巡ってんだなーって思う。だから、セッカがその巡りの中に還れてよかったなって思う。

「俺は」

「あん?」

 アイラが徐に口を開く。これ以上コイツと会話する気はなかったが、気が向いたので聞いてやることにした。

「俺は大量虐殺をした。たった一人の大切な人が殺された怒りで我を忘れて、関係のない無辜の人間も、吸血鬼も、たくさん殺した。人殺しや同族殺しが嫌悪され、罰されるのは当たり前のことだ。俺は罪人として五千年、魂を生に縛られた」

「生に? ずっと生きてたってことか?」

 アイラはゆるゆると首を横に振る。その眉間には皺が寄り、目は切なげに細められていた。包帯の皺からわかる。

 コイツがそういう悲しげな表情をするのは珍しいことじゃない。いつも気づけば、こんなしみったれた表情をしている。まるで自分だけがずっと不幸の渦中にいるみたいな。

 そんなアイラの表情が嫌いで仕方なかった。吐き気がする。不幸の渦中、理不尽の渦中にいるのは死神の誰もが同じだ。セイムやシリン、ヒカリにアカリ、セッカやキミカ。全員を不幸にしないと気が済まねえのかってくらい、死神の役目や性質は理不尽を強制してくる。不幸は背比べするようなもんでもないし、平等でもないが、自分だけが不幸せですというような面してやがるのが許せなかった。てめえより小せえガキがどれだけのモンを抱えてるか、ちゃんと見てんのかよって。

 普段なら、そうやって、憎たらしく思うはずなのに、何故かそのときは、アイラのその表情に引き込まれた。キミカの金色の目に惹かれるみたいに。

 藍色に湛えられた憂いが、美しいと感じた。アイラが目を隠しているのに。

「俺は忌み物として封印されて、適当な吸血鬼の魂に縛りつけられた。自分の肉体じゃない檻の中で生き地獄を味わうように、そうして罪を漱ぐように。

 五千年、五千年だ。一体いくつの魂を道連れにしてきたんだろうな。俺の魂を宿した吸血鬼は忌み物として、同胞から避けられ、不定期的に俺に体を乗っ取られて無作為に暴走するんだ。そんな、何人も巻き込んだ上で、今、俺はここにいる」

 アイラは包帯を巻いた左手首をぐっと握りしめる。その下には今日も今日とてつけた自傷痕があるのだろう。

 ぎちぎちと音が鳴る。もしかしたら、アイラは自分の腕を折りたいのかもしれなかった。

「足りないんだよ。死神としてつけられた罪の数値だけじゃ。お前はそういうのを嫌うけどな、俺はそれ以外にどうやって贖ったらいいのか、わからないんだ。生前に殺した人数分だけじゃ、俺の罪は足らない」

「それで? 腕切って罪増やして、それを永遠に繰り返すことで『自分はずっと許されない』ってことにしてんのか?」

「ああ」

「ざけんな」

 オレは思い切り、アイラの体を手近な壁に押しつけた。ごっと鈍い音がする。たぶん、後頭部をぶつけたのだろう。オレは気にしない。

 腹が立つったらありゃしない。

「てめえは自分で自分に課す贖罪に酔ってんのかよ、気持ちわりぃ!! そんなことしたってしなくたって、てめえは永遠に自分のことなんか許さねえだろ!! てめえが許しを乞う相手はてめえじゃねえんだ、いい加減にしろ!!」

 腹から声を出して怒鳴った。アイラはたぶん、オレから目を逸らしている。ちょっと右方向に傾いている顔をがっと掴んで、無理矢理オレの方を向かせた。またごっと音がする。

 逸らせないように、オレは顔を近づける。怒鳴り散らせば唾がつくだろうが、そんくらいでちょうどいいだろう。

「てめえを裁くのはてめえじゃねえよ。神だかなんだか知らねえが、自己弁護も自己卑下もガン無視してくるクソみてえな存在だ。死んだヤツらに裁く権限がない代わりに、死神みたいな審判制度が存在すんだろうが。自分で裁いた気になってんじゃねえよ。てめえが許しを乞うべき相手はもう死んでいて、どうしようもねえから、何かが代わりにてめえに贖罪を課してんだろうが!! 与えられた刑罰から逃げんなよ、ド畜生が!!」

 アイラの息を飲む音が聞こえる。それくらい至近にアイラの顔があった。鼻先同士が仲良くこんにちはしているが、どうでもよかった。

 オレにはアイラが逃げているようにしか見えなかったんだ。だから嫌いだったんだ。手首を切り刻むことで、死神である時間を加算する、自己満足的な贖罪が気に食わなかった。

 単純に自傷行為するヤツのことが嫌いなのかと思っていたが、ユウヒの野郎のことはムカついても、ここまで激情を抱くことはなかった。ユウヒのアレは「いなくなりたくない」っていうアイツの切なる願いからだったからなのだろう。

 だが、アイラは違う。自己満足で罪を償うポーズをしているだけだ。そんなヤツ、許しちゃならねえ。

 いつもなら、俯いてだんまりのはずのアイラだが、オレがぐら、と視界が揺らいだのを認識する頃には、床に頭を強かに打ち付けていて、オレはアイラに押し倒されていた。

「それを……それを! お前が言うのか!? 俺から全部を奪ったお前が!!」

「は……?」

 我ながら間抜けな声が出たと思う。だが、咀嚼して、確信を得た。

 オレの歯車が回るときが来たのだ。

 オレはアイラの胸ぐらを掴む。

「話せよ」

「っ……」

 アイラの顔に痛みが走る。だが、コイツがいちいち傷つくのは今更だ。気にしない。

 ごめんな、セッカ。コイツと仲良くはできなさそうだ。どうしてもオレが喧嘩腰になっちまう。

 それでも、決めたよ。前に進むって。

「話せよ。オマエが知ってる、オレの罪ってヤツをよぉ」

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