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虹の死神  作者: 九JACK
死神の始まり
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緑の星が瞬いて

 さて、久しぶりかな。私、ユウヒが綴っているよ。

 うん、今日は特別なことがあったからね。

 特別なこと、というのはだね、なんと、虹のメンバーが増えることになったのだよ。

 なんだか最近は多いねぇ。数千年前以来の賑わいを見せるんじゃないか。まあ、数千年前っていつのことか忘れてしまったけれどね。

 確か、赤、橙、黄、緑、青が揃った時代がいつだったかあったんだよ。あのとき以来かなぁ。

 賑やかになるのはいい。私は賑やかなのが好きなんだ。こうして日記を口語調にしてしまうくらいにね、話すのが好きなのだよ。

 緑は何代目だったかなぁ? 五代目くらいか? 私と万年空席以外は入れ替わり立ち替わりだったからねぇ。虹が揃うと特別何が起こるというわけではないのだが、話し相手が増えるという点で考えると、実に歓迎すべきことだ。

 しかも! 今回は興奮を抑えきれない要因がもう一つある。なんと、万年空席だった、藍の席まで来るというのだ。

 これは虹が初めて全員揃うかもしれないという期待が高まる。いや、本当に何も起こりはしないらしいが。

 初代としては虹の揃う瞬間というものを目撃することに、一種の使命感を感じていたかもしれない。……否。

 心の奥底では知っている。私の持つ感情(これ)は寂寥から来るものだ。たった一人、初代から取り残されてしまった、寂しさ。

 それを虹の死神(なかま)で埋め合わせようとしている。……そんな私は、少し、人の道から外れているのだろうか。

 いや、そもそも、私は私たち死神は、死神となった時点で人としての道を踏み外している。特に、虹に任命される死神は。

 それを思うと仲間が増える喜びも憂鬱に変わる。今度はどんなろくでもない人間が死神になるのだろうか。ろくでもない過去を抱えた死神が二人、増えるのだ。

 ……それに。

 今日は一般の死神も一人、増えるのだ。マザーから三人一緒に連れて来いと言われている。つまりは三人共同じ場所にいるのだ。一体、何なのだろうか。三人で何かをしたのか。共犯……あまりよくない思考回路をぐるぐると巡りそうになった。そこで考えるのはやめた。

 随伴にはいつも通りセッカを連れて行こうかと思ったのだが、マザーは何故かキミカを連れて行くように指定した。こういう指定は珍しい。まあ、いずれキミカにも教えることであるし、ものはついでと思っておくことにして、キミカと共に目的の街へと向かった。


 街の名前を告げると、意外にもキミカはその街を知っているようだった。どうやら先日キミカが死神の付き添いで行った任務もそこだったようで。吸血鬼が住んでいるのだそうだ。吸血鬼とは、お伽噺の存在とばかり思っていたが、実在したのか。少しばかり沈んだ気も浮き上がり、わくわくしてきた。

 キミカが任務に行ったのは、確か一ヶ月ほど前だ。今日会いに行くのも吸血鬼なのだろうか。お伽噺の存在に会えるとなると私も童心に帰るのか、胸の高鳴りを抑えられずにいた。楽しみですね、とキミカも同意してくれた。

 ああ、本当に楽しみだ。




 しかし、忘れていた。マザーの残酷さを。

 虹の死神が生まれる地は、どれほど凄惨かを。






 ***






 扉を開けた先にあったのは、荒野。荒野と呼ぶに相応しい、破壊の跡が荒々しく、埃っぽい空気が漂う場所。キミカが信じられない、というように目を見開いていた。

 私も驚きを禁じ得なかった。そこが街だと事前に聞いていなければわからない。人のいなくなった廃村、という程度の表現は生温い。荒野だ。紛れもない荒野。かろうじて建物の跡らしきものが見えるが、それだって、指折り数えられる程度。地面には所々小さなクレーターのようなものがあり、地割れも見られる。天変地異でも起こったのか、というような光景。セッカを迎えに行った際に見た孤児院の惨状など、比較にもならない。

 とても、人の成せる業ではない。死神である私たちにも、ここまではできないだろう。自然が起こした災害? それにしても酷い有り様だ。

 ここから、三人の遺体を見つけなければならない、ということだが、そもそも、死屍累々すら千切れて消えたようなこの場所に、遺体など残っているのだろうか。いくら死神のマントの能力で修繕されるとはいえ、肉片などから元の姿に戻すのは無理がある。そのことはマザーからも聞いていた。本当にこんなところに来させて、どうしろというのだ。

 だんだん思考が現状を受け入れ始めたところで私は冷静に考えた。キミカを伴い、歩き出す。

「人を探すぞ」

「はい」

 生死は問わない。まずはそこからだ。

 マザーは性根が腐っているが、死神の居場所に関しては嘘を吐いたことがない。ならば、どこかにはあるはずだ。三人分の死体が。

 それを信じるしかない。

 ひょっとして地平線が見えるんじゃないかというほど拓けた土地。当然のように生者の気配はない。ただ、歩いていてわかったのは、ここが戦場だったということだ。時折、腕やら足やらが落ちていたし、血の香りもまるで海辺の潮のように蔓延している。

 キミカは多種多様な亡骸に、時折悲鳴を上げつつ進み……やがて、小高い丘を見つける。

「あそこ、人がいます」

 示された方を見るとこんな荒れ果てた場には不似合いなほど、身なりの整った青年がそこに立っていた。

 私たちは丘に上る。青年に声をかけようと近づくと、そこには盛り上がった土と、十字架が差されたのが二つ。青年はそちらに向かって黙祷を捧げているようだった。

「……何方のお墓ですか?」

 正体不明の青年に、キミカは果敢にも声をかけた。その声に振り向き、さらりと動く赤黒い青年の髪。長い髪はうなじの辺りで適当に結ばれていた。少々長いと思われる髪の合間からは憂いを帯びた瞳が見える。──夜空のような、藍色だった。

 藍色。なんとなく私の頭にその色が引っ掛かった。偶然なのか何なのかは知らないが、代々虹の死神にはその色に適応する身体的特徴がある。例えば私なんかは瞳が橙に透けたり。時には髪色がそうであることもあった。

 もしかして、この青年が藍色の死神? けれど彼は生者だ。こうして立って動いている。別段死神のマントをかけたりしていないのに。

 私が憶測を巡らせている間、青年とキミカの会話が続いていく。

「親友と恋人の墓だ。ここで吸血鬼と人間の戦争があったのは知っているか?」

「戦争……? 知りません」

「だろうな。辺り一帯壊滅させたから」

 ……聞き捨てならない一言があった。

「壊滅させた?」

 私が顔を上げ、真っ直ぐ問うと、青年は臆することなくそれを受け止めた。

「ああ、俺がな」

 何の躊躇いもなく、頷く。私の傍らでキミカが、ひゅうと息を飲んだ。

「貴方一人で、ですか……?」

「ああ。恋人と友人も、この手で」

 その言葉に嘘がないことはなんとなくわかった。罪の数値のように可視化するわけではないが、長年の経験で、なんとなく罪を纏っている気配というものはわかるようになった。

 この青年は、膨大な……万年を生きる私ですら見たことがないほどの罪の気配を纏っていた。

 おそらく、今回の虹のうちの一人は彼であるのだろう。しかし、彼は生きている。生きている者を死神にすることはできない。それはつまり、この青年を刈れ、ということか? ──いや、マザーからそんな指示はない。

 あったとしても、この荒野を作り上げたような人物と手合わせなどしたくなかった。

 だとしたら、おかしい。大抵死神の迎えというのは死後に行うものなのだが……刈れと言われて刈るのはいいが、私には青の候補者を浄化してしまった前科がある。そう易々と虹の候補者を刈らせようとはしないだろう。まあ、青年の抱える罪の量では、さすがの私も刈りきれないだろうが。

 不自然すぎるこの状況。

 キミカは一旦任務を忘れることにしたのか、金色の目で真っ直ぐ青年に問いかける。青年は微かにキミカの眼差しに身動いだ気がした。

「お二方の名前は?」

「……恋人がアルファナ、親友がリクヤという」

 躊躇いがちに告げられた名に、またも私は瞠目した。アルファナは一般の死神、リクヤは虹の緑の席に収まる死神の名とマザーに教えられていた。

 まさか、と思い、私も問いを連ねる。

「貴方は、もしかして、アイラさん、ですか?」

 アイラ。それは藍の席に招かれる死神の名だ。

 すると、彼は。

「厳密に言うと、違う」

 苦笑いを浮かべて頭を振った。

 宛が外れてぽかんとする私に代わり、キミカが疑問符を浮かべる。

「厳密に言うと? では、アイラさんでもある、ということですか?」

「ああ、その通りだ」

 む、ちょっと頭が追いつかないぞ。

 青年はアイラであってアイラではない?

「二重人格?」

「それは違う」

 咄嗟に思い浮かんだ可能性を紡ぐが、即座に否定される。わけがわからない。

 が、すぐに正答が明かされる。

「封印、ですね」

「ご名答」

 キミカだった。今日は頭の回転が早くて助かる。いやいやまだわけはわからないが。

 そこは青年が解説を入れてくれる。

「あんたたちも見ればわかるだろう? この街で俺が成した所業が。俺は吸血鬼という身体的に強い種族の中でも、殊更強く生まれてしまった。一人で自然災害並のことを起こせるくらいにな」

 なるほど。過ぎた力は恐れられる。それで、封印か。

「故に、肉体から剥がれた魂を元の俺に似た吸血鬼の体の中に封じ込めて、その結果がこれだ。一応こんな大災害(ディザスター)を起こすくらい力を使ったんだ。俺の力は弱まって、とてもじゃないが、封印は破れないだろう」

 表に出てくるのが精一杯、と彼は語った。

 しかし、それはそれで、こちらとしても困った事態だ。

 死神の活動は生前の肉体によるものだ。同時に、死神の人格は、生前の魂によるものだ。故に、死神たるためには肉体と魂、両方が存在していなければならない。

 アイラは魂が囚われているという。封じは施されたばかりらしく、おそらく死神のマントくらいじゃ解けないだろう。目の前の人物に死神のマントを与えたところで、肉体は別人だから意味がないのだし……

「封印が綻ぶまでは途方も知れない時間がかかると思うぞ」

 アイラがだめ押しのように言う。確かに、死神のマントも弾くとなると強固な封印だ。

「封印が解けるまで肉体は霊凍室に保管、というのは?」

 キミカが提案してくる。正直、それしかない。

 それと、

「悪いがこの墓、暴かせてもらうぞ」

「どういうことだ?」

 自分のことに関しては淡々と受け入れていたアイラだが、他二人のこととなると黙ってはいられないらしい。まあ、親友と恋人だからな。

「その二人も死神になる運命にある」

「罪は、俺が全部背負えばいい……!」

「だが、お前はすぐには死神にはなれないのだろう? それだと肩代わりは難しい」

 アイラは何も言い返せず、私たちは躊躇いを感じながらも墓を暴き、二人の遺体を取り出した。

 黒髪の青年と、藍色の髪が印象的な女性。やけに綺麗に埋葬されていた。

 死神のマントを被せようとしたところで、アイラが言う。

「頼みがあるんだが」

「なんだ?」

 墓暴きなどをして決していい気分でない自分たちは一刻も早く立ち去りたいのだが。

「……リクヤやアルとは、死神になったら俺は、会うことになるのか?」

 難しい質問をする。

「リクヤは虹の死神という特別なやつになる。お前もな。だからお前はリクヤには会えるだろう。アルファナはわからん」

「そう、か……それなら」

 アイラはリクヤを示す。

「こいつの記憶は、消してやってくれ」

「何故?」

「俺と顔を合わせることになったら、気まずいだろうからな」

 何か、あるらしい。すると、不意にマザーの声がした。

『その願い、死神のアイラのものとして聞き届けましょう』

 咄嗟に私は焦る。マザーが了承して、録なことになったことはないのだ。

 だが、アイラは言った。これでいいのだ、と。

 星が緑に瞬く中で、彼は語った。



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