赤黄藍色
「いーやーだー!」
「そんなこと言わずに」
「いやだったらいや!」
駄々を捏ねるヒカリの声と宥めるようなキミカさんの声に平和を感じる。これがアイラさんとリクヤさんだと軽く戦闘が始まるので、じたばたするだけのヒカリは可愛いものだ。間でおろおろとしているアカリさんが助けを求めるように僕を見るが、害がないので放置を選択する。ごめんね、アカリさん。
何で揉めているかというと、ヒカリの髪を結おうという話である。ヒカリの夕陽を紡いだような髪は腰ほどまであり、端から見るとばさばさとしていて邪魔そうに見える。だから結おうという話だ。
ただでさえ死神は荒事をこなすことが多いため、髪一つ結うだけで作業効率は段違いである。「ならいっそのこと切れ」というのがリクヤさんだが、女の子相手にそんな野暮なことはしないらしい。
一人称が「ボク」だけれど、ヒカリはちゃんと女の子だもんなあ、と僕は思う。言動が女の子より男の子っぽいところはあるし、戦闘も強いし、荒々しさはアイラさんの次くらいにあるけれど、なんでだろう。アカリさんと一緒にいるときはなんだか雰囲気が柔らかいというか、女の子っていう感じがする。
顔立ちも幼気さを残しつつも整ってはいると思うので、お洒落をすれば普通に可愛いと思うのだが、何故か髪を結うだけで騒ぐ始末である。
僕からの助け船を諦めたらしいアカリさんが口を開く。
「別にいいじゃない、ヒカリ。キミカさん、髪結うの上手いよ?」
「やだ!」
「お洒落にしなくても、一つに結うだけで動きやすくなると思うし」
「それはわかるけど、そういうことじゃないよ。ボクは髪留めにそれを使おうっていうのが嫌なの!」
話半分だった僕が、そこですっと立ち上がった。
「髪留めがどうかしたんですか?」
「これ」
キミカさんが出してきたのは植物の葉をモチーフにしたらしい装飾の凝った鈍色の髪留めだ。
「誰のです?」
「外で拾ったの」
ヒカリが口を尖らせて入ってくる。
「落とした子に返そうとしたら、その子もういなくなってるし、どこの誰かもわからないし、任務ばっかで時間なくて探せないしで放置してたら、キミカが、髪留めに使ったらって」
なるほど落とし物を返せないまま消化不良になっているのに、それをさも自分のものであるかのように使うのがヒカリの中で気持ち悪かったらしい。
気持ちはわからなくもない。これがお金だったならもっと気まずいだろうけれど、僕は髪留めの細工の細やかさや美しさを見て、そこそこの値打ちものであることも察していた。
「ちょっと見せてください」
「え、シリン?」
僕は髪留めを手に取ると、裏返したり、デザインを見たりして、あることを確認した。ヒカリはきょとんとしている。
残念ながら、名前が書いてある、なんてことはなかったが、それに近いものはわかった。
「これは二年前富裕層の間で流行した職人の細工です。それを髪留めに使うなんて、そこそこの家の人でないとできないと思いますが、落とした人物の性別や年齢はわかりますか?」
「え、えっと、女の子で、ボクよりちょっとちっちゃい」
「いつの話ですか?」
「こないだお墓参りに行ったとき」
ふむ、と僕はキミカさんが溜めている新聞を何部か引き寄せ、中身を確認する。富裕層である場合、新聞に載っている可能性が高い。子どもが載っているかどうかは別として、僕の推測が正しければ、職人も有名だから、持ち主じゃなくても、職人の方面で新聞に写真が載っている可能性もある。
一つ、心当たりがあった。
「あった。名門学校主席女子、ルチル・ラミアス」
「ほえ?」
全く知らない名前にヒカリたちはきょとんとする。少しして、キミカさんがあっと声を上げた。
「最近勢いのいいタルデス社の支社の社長令嬢ですね。品行方正、才色兼備、幼いながらに父親の仕事を手伝う形でボランティア活動を率先してやる女の子」
僕とは違った方面でキミカさんの情報は的確だった。前から思っていたのだけれど、キミカさんってちっちゃい女の子が好きだったりするのかな。慈愛的な意味で。
その新聞の記事でも何かの表彰状を授与される後ろ姿が撮影されていた。細かくて見づらいが、髪留めの色や形が似ている。
「あ、この子……」
どうやら当たりだったようで、写真を見せればヒカリも反応を見せた。道端で一瞬ぶつかっただけの女の子だけれど、目と髪の色が綺麗で覚えていたらしい。
ヒカリは普通に記憶力はいいと思うが、色と紐付けて覚えることで、より明確に思い出せるようにしているのかもしれない。それが色覚衝動症候群の兆候だとすれば合点がいく。世に広める方法があればいいが、問題は僕たちが人に広く存在を知られてはいけない死神であるということだ。
ラミアス嬢に会いに行くのは簡単だけれども、僕たちの存在を広めないように、と言って、人が聞いてくれるだろうか。
「直接返しに行っちゃダメ?」
「偶然を装ってすれ違う方がいいですけど、難しいですね」
「難しいというか、普通に話しかけちゃうよね、ヒカリ」
「うん。ボクのこと見ても、何も言わなかったし」
この感覚も問題だ。
ヒカリたちの中では時間が進んでいない。アカリが死神になってからも時間が経つ。それなのに、ヒカリは昔の差別的見方を元に人となりを見るのだ。
ヒカリのことさえ、もう覚えている人はいないというのに。
「でも、ちゃんとあの子に返したいよ」
「それはそれとして、髪飾りに興味はないんですか?」
僕は作戦を練るうち、話題を逸らすことにした。
「ない。髪を結ぶなんてしたことなかった」
「……」
どうしよう、秒で終わってしまった。どうしてとも聞きづらい。髪紐を惜しむほどひもじかったという場合、空気が悪くなるだろう。
けれど、作戦を練るには充分だったようだ。
「お、何してんだ? オマエら」
リクヤさんが部屋に入ってきた。