赤参り
ボクたちを救ってくださるような優しい神様がいるのなら、どうして神父さまを救ってくださらなかったの?
ボクはずっとそう思っている。
神父さまは、ボクなんかに関わるべきじゃなかった。でもそれは神父さまが一番よくわかっていることで、わかった上で、神父さまはボクを救おうとしてくれた。
今の時代「奇病」とされているものは治る見込みがないとされ、医者も匙を投げている。ボクやアカリの色覚ナンタラ症候群もその一つだ。ボクたちは人々に見捨てられた。
元よりボクは神なんて信じていない。ボクが信じていたのは、幼いボクを守り育ててくれたアカと、ボクのことを諦めずに拾ってくれた神父さまだけ。
アカリは「信じている」というのとはちょっと違う。信じるっていう言葉がいらないくらい、ボクとアカリは暗黙の下でわかり合っている。ボクたちの何かが繋がっているという確信があるから、信じる信じないとかそういう概念がない。
みんなはボクのことを諦めていた。どうしようもない悪童なんだ、と。悪魔とか言われて、お祓いされたこともあったっけ。あれは不愉快だったなあ。別にお祓いが効いていたわけじゃないけど、みぃんな勝手にボクだけを悪者にするからさ。
ボクが施設の子と喧嘩になって、相手を殺しかけたとき、相手の子に同情するばっかりで、ボクの話はちっとも聞いてくれない。髪の毛の色を気持ち悪いって言われていらっとしたボクが悪いらしい。髪の毛を勝手にハサミで切ろうとしたアイツは何も悪くないらしい。
だからボクは人に正しさを求めることを諦めていた。ボクも人だし。正しいことなんて、何一つないんだろうなって。
アカリはね、ボクを全部肯定してくれる。でも、アカリが全部正しいなんて思わない。だって、ボクはきっと正しいことより間違ったことの方が多いから。
そういう意味では、駄目なことは駄目とか、ボクを諭してくれるアカや神父さまがボクの中では一番正しい人なんだと思う。アカは人じゃなかったけど。
「そうですか。まあ、いいですけど」
「お墓参りは残された側の気持ちのものだよ。そこにその人がいなくても、ボクたちは生きていかなきゃいけないから。マスターはお墓参りもしたことがないの?」
ユウヒはぽかんとした。したことがないのだろう。この分だと、墓はただ墓だとしか思っていなさそうだ。
一万? 以上ずーっと長く死神してる割に、ユウヒはボクと同じくらい教養がない。たぶん倫理観もない。
神様を崇めているのに、宗教というのもよくわからないまま、マザーという存在を崇めているんじゃないか。ただ、なんとなく。それで大勢を巻き込んでいるのだとしたら、墓にその人が眠っていると考える人より、よっぽど滑稽だ。
別に、ユウヒを見下したいわけじゃないけど、かわいそうだとは思う。そんなに時間があって、誰にも教えてもらえなかったんだって。
教えてあげないけど。
ユウヒが目をぱちくりとすると、扉が開いた。黒い服を着たキミカが現れる。
「ヒカリ、準備ができましたよ」
「おっけー、キミカ。じゃ、いってくるね、オジサン」
ボクに「オジサン」と呼ばれて戸惑った様子のユウヒを置き去りに、ボクはお墓参りに向かった。
「キミカの服、ひらひらしてるね」
ボクが指摘すると、日傘を差したキミカが頬を赤らめて振り向く。
「やっぱりそうですよね!?」
キミカがマザーに仕立ててもらった喪服はなんだか女の子が着るみたいにフリルがいっぱいついていたし、手袋もレースでできていて、すごく綺麗。
かわいい、はよくわかんないけど、全部が黒の布で仕立てられているから不自然じゃないし、黒はキミカの白い肌に合っていて綺麗だと思う。
「日傘も服とお揃いでかっこいい」
「似合ってますよ、キミカさん」
「複雑な気持ちです……ヒカリやアカリも新しく仕立ててもらえばよかったのに」
ボクとアカリは教会で着ていた修道服を着ていた。男用のシンプルなデザインのものだ。
ボクとアカリは目を軽く合わせて笑い合った。
「これはボクたちの一番の正装だから」
「この姿なら、神父さまも一目でわかってくださるでしょう」
アカリとボクの思いはおんなじだった。
そんな道中、ボクはおんなじくらいの年の女の子とぶつかる。
「あ、ごめんなさい」
女の子はお日さまを紡いだみたいな綺麗な髪をしていた。ピンクのワンピースが似合う女の子らしい女の子だ。細い声がアカリみたいに綺麗だ。
「あ、ごめん、ボクこそ……」
女の子は荷物を落としたようで、ボクは拾うのを手伝った。所作がしっかりしていて、ええと、こういうの、なんていうんだっけ? 気品? を感じた。
普通に生きてたら、ボク、こんな綺麗な子とは関わることなんてなかっただろうな、と思いながら、拾ったものを渡すと、ぱちり、とその子と目が合った。
「あ、ごめんなさい、じっと見て」
「ううん。ボクにゴミでもついてた?」
「いえ……夏の花みたいな色の髪で、綺麗だなって」
それに、と女の子は自分の目を指差した。
「私と同じ琥珀色の目の人。実はなかなか会えないんです。だから、珍しくって。綺麗な目ですね」
……褒められた。
あまりに初めての経験で、ボクはぼーっとしてしまった。
でも、その子の目はボクの目より、キミカの目の色の方が似ているような気がした。光を返すときらきらと目映くて、金色みたいだ。
「あ、あの、突然変なこと言ってすみません! では!!」
「ほえ?」
ボクが呆然としているうちに、女の子は顔を真っ赤にして、どこかへ行ってしまった。
「ヒカリ、何か言われていましたが、大丈夫ですか?」
キミカが近づいてくる。ボクは大丈夫、と返そうとして、あ、と気づいた。
ブローチ? 髪飾り? なんかよくわかんないけど、さっきの女の子がいたところに落ちている。返さなきゃだけど、女の子の姿はもう見当たらない。
……また会えるかなぁ。
悩みながら、お墓で黙祷すると「きっと会えるよ」とアカの優しい声が聞こえた気がした。