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虹の死神  作者: 九JACK
死神の始まり
13/150

黄の旋律

 今日はセッカに、日記というものを渡されました。軽く読んでみるとユウヒさんから引き継いで書いているようなので、何か理由があるのでしょう。

 ユウヒさんとは、あまり話をしません。ユウヒさんは髪を弄らせてくれるけど、私やセッカには距離を置いています。やはり、死神として生きた年数が違うからですかね。……ん、一度死んだ存在が「生きる」という表現を使うのはおかしな気がしますが。

 まあ、便宜上、そう言うのが言いやすいですし。

 この日記は、セッカにのみ託すつもりなのでしょう。ただ、さらりと書かれていた通り、死神については後世に正しい知識を残すのが良いと思います。大抵が理不尽で構成されている気がしますが。それに死神となった私たち自身の勉強にもなりますよね。

 勉強というのは、生前、改まってしたことはありませんが、私は病弱だったこともあり、ほとんどベッド生活だったため、本は色々と読みました。なかなか楽しいものでしたよ。特に創作物……現実離れしたような、物語の世界なんかは楽しかったです。まあ、私が現実を直視したくなかったから、というのもありますが。

 今、死神という空想世界の産物に成り果てている私たちも、この日記も、もし人間の手に渡ったのなら、楽しい物語として読んでいただけるんでしょうか。それならば、甲斐があるというものです。セッカとユウヒさんが何を思って書いているかは私にはわかりませんが、私はそう思って書くことにします。


 というわけで今日これを綴るのは私、キミカです。もう日記の中に書かれていますが、虹の死神という死神の中でも特別な存在の「黄の席」という一角を担っています。

 特殊な能力「月の魔力」というものを持っています。月の光に手を翳すと、なんとなく形容に困る『力』が流れ込んできます。その『力』は『光』として可視化され、その『光』を人に当てると、怪我を治したり、寿命を伸ばしたりできるようです。人間に使ってしまうと、死神界での最たる罪「寿命操作」というのに抵触してしまうらしく、罪が加算されてしまうようです。

 生前に欲しかった、人に何かをできる能力。それが今、この手にあるのに、人に使ってはいけないというのはなんという皮肉でしょうね。セッカやユウヒさんは性悪マザーの企みだと言っていますが、ルールはルールですから、仕方ありません。

 人間に対しては使ってはいけないそうですが、死神に対してなら使っても問題ないそうです。これは朗報を手に入れました。

 けれど、セッカもユウヒさんも、私に無闇に能力を使わせて、もしも罪加算がされたら、と恐れて、任務で怪我をしても私に頼ってくれません。真偽を確かめるのは必要不可欠なことだと思うのですが……

 二人が私を心配してしまうのも仕方ありません。先日の日記に書いてある通り、私は生きている人間に月の魔力を使って、罪が加算されたのですから。

 罪が加算されると、厄介なことに激しい痛みに襲われるのです。罪の刻印……私は、背中に捺されているのですが、そこに激痛が走り、体の自由を奪うように全身に広がります。あのときの私は、その痛みの影響で二日間ほど寝込んでしまいました。これもまた厄介なことに、生前の虚弱体質は不老不死の死神になったからといって、治るわけではないらしいのです。そのいい例が私と、アルビノのセッカでしょう。セッカは日光を浴びるだけでも自殺行為ですから、日中は任務に出られません。夜の月光すらも眩しいと言い、常にフードを目深に被っています。月の魔力を使って治せないものかと考えましたが、自分の虚弱体質が治らないか既に試してこの通りなので、望み薄でしょう。ん、こういうところがマザーの性悪と言われる所以なのでしょうか。なんとなくわかってきた気がします。

 前置きが長くなりましたが、今日私が何をしたかというと、一般死神の付き添いついでに、月の魔力の試験運用をすることにしたのです。セッカやユウヒさんは、乗ってくれませんからね。

 セッカとしてはおそらく、付き添いの感想とかを書いてほしかったのでしょうが、まあ、ものはついでですから。それに、他にも目新しい情報が手に入ったのです。




 今日、私は一般死神の付き添いの任務は初めてでした。霊凍室という場所にも初めて入りました。なるほどその名に相応しい、生気のないひんやりとした空間です。マザーも上手い名前を考えたものです。

 今日付き添う死神の名前は「ラスタリカ」。 随分と長い名前だなぁ、とぼんやり思いましたが、セッカやユウヒさん、それに私のキミカという名前がシンプルすぎるのでしょう。もしかしたら、私の知らない国の文化のようなもので長い名前をつけられているのかもしれません。それはそれで異文化交流となるので、時間の許す限り、彼には色々聞いてみたいですね。好奇心が擽られます。

 ラスタリカ、と名前のある黒いカプセルを見つけ、こんこんこん、と三回ノックします。先にセッカも書いていましたが、これが一般の死神を起こす合図です。合図の方法がノックというのは、なんだか人間じみていて、私は親近感を覚えます。三回というのも、どことなく作法に則っているような感じで好感が持てます。一般的にはノックというものはこんこんと二回ノックするだけのものとして知られていますが、それは厳密に言うと失礼に当たるのです。余程急ぎの用事でない限り、ノックは三回。そういう余裕を持って接しないと相手を急かすようで、気分を害してしまうことがあるのです。

 故にこれはマザーなりの気遣いではないかと、私は考えています。やっていることは少々性根が腐っているようにも思えますが、案外と細かな心配りのできる方なんじゃないかと私は思っています。

 まあ、礼儀作法という概念がマザーの中に存在するのかは些か不分明な気もしますが、悪いところばかりではないのだ、というのもちゃんとわかってほしいです。

 ……と、だいぶ話が逸れました。任務の話に戻りましょう。

 目覚めたラスタリカは黒髪に黒曜石のような目をした痩躯の青年でした。背はセッカほどではないですがひょろりと長く、華奢な印象がありました。

 そんな中、私の目を惹いたのは、彼の口元です。

 人間にしては長く鋭い犬歯。よくよく顔色を窺えば、顔はお世辞にも血色がいいとは言えない不健康そうな色です。

 死神というのは一度死んだ肉体が、活動しやすいようになるまで再生されるらしいのですが……あまりにもラスタリカの姿はそうは見えませんでした。

 とはいえ、詮索より任務です。私はとりあえず名乗りました。

「私は死神のキミカです。あなたに今日、死神としての任務が与えられたので説明及び、同行させていただきます」

「死神……になったのか、俺は。……ああ、名前はラスタとでも呼んでくれ」

 怠そうに彼は言いました。

「吸血鬼の慣習で真名はあまり呼ばれたくないんだ」

 そう付け足します。

 ……ん?

 さらりと受け流してしまいそうでしたが、彼は驚愕の事実を口にしていました。

「吸血鬼、ですか」

「……ああ」

 彼の言葉は簡素なものでしたが、私の好奇心を煽るには充分すぎるものでした。

 吸血鬼。

 それは私が本で読んだような物語の中の架空の存在……のはず。

 俄には信じ難いことですが、彼が「久しぶりに動くから、血がほしい」と告げました。私は躊躇いなく頷き、首筋を差し出します。

 あまりにもすんなり出されたことに面食らったようだが、その躊躇いも一瞬で、首筋に彼は食らいついてきました。

 ぴりっと痛みが走りそれから貧血のときのような視界が眩んでふらつくような感覚。血を吸われるって、こんな感覚なのか、とぼんやり思いました。体が弛緩していきます。……あれ、これ死んじゃいません?

 と思いましたが、そこでラスタさんは口を離してくれました。私はほう、と息を吐き、それからふらりと倒れかかりました。

「わっ、すまない。吸いすぎたか……」

「あぁ、大丈夫です」

 我ながら説得力を著しく欠いた「大丈夫」だった気がします。貧血ですね。

 吸血鬼に血を吸われたら吸血鬼になるという伝承を今更ながらに思い出しましたが、全然そんな感じはありません。ラスタさんに聞いてみると、その伝承は間違っているそうです。

「吸血鬼というのは別に伝染病みたいな存在じゃない。人間の方に伝わっているのは物語にするために面白おかしく改竄されたものだろう」

 本当は伝えられるほど物騒な存在ではないそうです。

 吸血鬼の吸血欲求というのは、愛の枯渇から来るものだそうです。その愛の枯渇を人の体液で補うのだとか。手っ取り早いのが血だから吸血するのだということです。

 心が愛で満たされれば、花の蜜でも生きてゆける、本当はそんな種族だそうです。

 なんだか、悲しいなぁ、と思いました。一体どうやって吸血鬼という存在が生まれたのかとか、色々疑問はありますが、きっと、愛の枯渇から生まれた悲しい人種なのだと思うのです。

 道中、ラスタさんには色々聞かせてもらいました。彼がどんな罪で死神になったのか訊ねると、どうやら過剰な吸血行為が原因だったようです。

 ラスタさんは吸血鬼といっても、吸血鬼と人間に生まれたハーフのようで、吸血衝動を抑えるのが上手くなかったそうです。それでのべつまくなしに人間を襲い、血を吸って……時には死なせてしまったこともあるとか。

 悲しいことです。避けられないことではあったのでしょうが……それも罪と数えられるのですね。

 あの霊凍室の中には、ラスタさんの他にも、吸血鬼から死神になった方がいるのでしょうか。


 任務地に着くと、ラスタさんは大変驚いていました。

 そこは吸血鬼が住む街だったらしいのです。ラスタさんは「故郷だ」と言っていました。

 冴え冴えとした月明かりの下、私は月の魔力を使って回復を試みました。どうやら自分にかける分には問題ないようです。それは私が死神だからでしょうか。いえ、力の持ち主だからという可能性も残っているので、他の死神に直接試してみないとやはりわかりません。

 今回の標的はどうやらラスタさんと同じく、人の血を吸いすぎた吸血鬼のようです。ラスタさんが刈るには少々辛い相手かもしれません。私は、マザーから直々に「手を出すな」と釘を刺されましたので、私は手出しができません。

 ラスタさんが相手に対峙します。得物は首刈り鎌ではなく、小回りの利きそうなナイフでした。ラスタさんが最期、暴走する自分を抑えて自害したときの武器だそうです。

 吸血鬼は『狩り』というものに人間より数段慣れていますから、こういった慣れた武器を扱う方が良いのでしょう。

 もう一人の吸血鬼はとても好戦的な方でした。ラスタさんとは知り合いなのでしょうか。彼の姿を見ると少し瞠目していました。

 けれど二人は楽しそうに楽しそうに、殺し合いをしていました。

 殺し合いの最中、ラスタさんは相手の攻撃で傷を負いました。私は近づいて月の魔力で回復しようとしましたが、ラスタさん自身に手出し無用と言われてしまいました。

 二人は幼なじみなのだそうです。こうしていつも、殺し合いのような喧嘩ごっこを楽しんでいた──そんな仲なのだ、と。

 最期の遊戯だ、とラスタさんは笑っていました。死神になっても生前の体質は変わらないと言いましたが、身体能力は底上げされます。おそらく、対象を刈りやすくするためでしょう。

 生前拮抗していた相手にも、易々と勝てるようになるのです。

 つまり、今のラスタさんは、

 幼なじみ──親友との別れを目前に控えて、最期の戯れを、楽しんでいるのです。あちらもそれには気づいているのでしょう。二人の目に湛えられたものを月明かりが照らしています。

 どのくらい、ナイフのぶつかり合いが続いたのでしょう。月もだいぶ傾きました。

 そろそろ、時間稼ぎも厳しいようです。なかなか刈らないラスタさんにマザーが何らかの圧力をかけているのか苦しげで、それでいて剣閃は鋭くなり、相手を抉り始めました。

 相手はなんとなく事態を悟ったのでしょう。──反撃をやめました。

 ずぷりとラスタさんのナイフが腹に刺さりました。

 雌雄は決しました。

 これは遊戯、勝負ではありませんが。

 ラスタさんが、勝ちました。

 死に逝く友人と、二言三言交わし、見送ると、ラスタさんは、得物を仕舞いました。

 ラスタさんが浄化されるはず、と思って見ていたのですが、ラスタさんにそんな様子がなく、不審に思っていると、マザーの声が頭に直接響いてきました。


『ラスタリカ、貴方は一度の任務で浄化できるはずでしたが、対象を無駄に傷つけた罪により、浄化保留となります』


 ……そういえば一度、セッカが『必要以上の殺傷行為』を犯し、罪が加算されたと聞きました。

 親友と殺し合い、傷をつけたのも、その『必要以上の殺傷』に該当するようです。

 ただそれだけで。

 私は胸が痛くて仕方がありませんでしたが、ラスタさんは予想していたのか、それでも親友と遊戯ができたのが満足だったのか、──おそらく後者でしょう──唯々諾々とその処置を受け入れていました。

 ……なんて、切ない。

 親友と一緒に逝けるはずだったのに、死神なんてこれ以上やらずに、安らかに眠れるはずだったのに、それが許されないなんて。

 そう思ったときには、体が勝手に動いていました。

 死者となり、動かなくなったラスタさんの親友に、月の魔力を送り込みます。死者に対しても月の魔力は有効なようで、死因となった腹部の傷以外は綺麗に治りました。生者ではないため、寿命操作の罪、とはならないようです。

 それから、振り向いてラスタさんに。やはり、罪にはかからず、月の魔力で癒されていくラスタさんを見つめていました。ラスタさんは、不思議そうに私を見つめ返していました。

 ラスタさんの傷が消えると、私はマザーに呼び掛けました。

「マザー、彼は決して無意味な殺傷など、していませんよ?」

 小手先の偽装。

 マザーのことです。一部始終を見ていたに違いありません。けれど……私なりに抗おうと思ったのです。

 救おうと思ったのです。他者(ひと)を。

 その意をマザーは汲んだのでしょうか。ラスタさんの体が透け始めました。

「浄化、されるのか……?」

 驚いたようにラスタさんが私を見ます。私はできる限りの笑顔で「ええ」と頷きました。

「貴方がご友人と共に在れることをお祈り致します」

「……ありがとう」

 最期に、ラスタさんは笑っていました。




 その後、盛大にマザーからの罪加算(おせっきょう)を受けたとしても、

 私にとって、この任務は有意義だったと言えます。






 やっと、欲しかった言葉をもらえたから。



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