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虹の死神  作者: 九JACK
灯の死神
127/150

笑って藍して

「じゃあ、行こうか」

 シリンさんがまだ目覚めないヒカリを背負って、わたしを先導していく。ヒカリを背負ったのを見て思ったけど、男性にしては華奢な人だな。体格、わたしたちとおんなじくらいなのに。

 適当な扉を開けると、そこはわたしの知っている教会の一室じゃなくて、普通の家のリビングみたいな部屋になっていた。

「ただいま戻りました」

「あ、シリン、おかえりー。目、どうしたの?」

「おかえりなさい、シリンくん。って、ヒカリはどうしたんですか?」

 親しげな感じの男の人と、金色の目をした人がいた。男の人は緑色のシャツを着ている。

 緑……

「せ、セイム、マント!」

「わっ、何、っていうかヒカリ落ちちゃったよ?」

「あああ」

 ヒカリが落ちたのはわたしがキャッチしたけれど、なんだかどたどたと騒がしくしてしまった。それを聞きつけた誰かが、扉をがちゃりと開ける。

「んだよ、騒がしいな」

 出てきたのは眼鏡の男の人。目は緑。

 緑。

 ……死ななきゃ。

 わたしはヒカリの懐をがさごそと漁る。確か、ナイフを持っていたはず。あっ

「ごめんなさい」

 シリンさんのそんな声が聞こえて、わたしの意識が途絶えた。

 ぱちり、と目を開けると、わたしは金色の花と会った。キミカと名乗ったその人は、妙齢の女性のような顔立ちと華奢な体躯をしているものの、「こう見えて男なのですよ」と優しい声色で明かした。そうなのだろうな、となんだか信頼できた。

 金色の目……神父様に聞いたことがある。神話に出てくる神様の特別な目。神様のこぼした涙を人間は金貨とし、生きる糧の一つとした。それは神様から見れば業深きことであるけれども、慈悲深い神様は人間が金貨を用いて生きていくことをお許しになられたという。

 だからこの世に金色の目で生まれてくる人は特別で、昔は神様の子どもだとされて、とても大切にされたのだという。

「キミカさんは、神様の子ども?」

 尋ねると、キミカさんは少し苦みを帯びた笑みを浮かべた。聞いちゃいけないことだったかな。

「外の世界では、まだそのような伝承が残っているのですね」

 キミカさんは目を閉じて、寂しそうに言った。そこからなんとなくわかった。この人は悲しい思いをしたことがあるんだ。金色の目であるために。

 わたしは少し迷ってから、告げる。

「神様の子ども、といっても、験担ぎみたいなもので、近くにいたら、少しだけ幸運なことが起こるかも、みたいな言い伝えです。実際にはいないから、物珍しさでありがたがるんだと思いますよ」

 わたしが紡いだ言葉は間違いではなかったみたいで、キミカさんは目を見開き、その表情から悲しいとか寂しいとかを消した。

 純粋に微笑むキミカさんは、昔見たどこかの教会の宗教画みたいに綺麗だった。温かい笑い方をする人だ。少し、神父様を思い出す。

 神父様もこういう温かい笑顔を振り撒くお方だった。目は金色でなくとも、正しく慈母神の教えに従う人で、わたしもヒカリも大好きだった。

 それがどうして殺されてしまったのか、わたしには理解できない。神父様の変わり果てたお姿を見て、わたしは泣いた。荼毘に伏すことを許されなかったけれど、それでもそのご遺体を土に埋めて、墓を立てた。誰が祈らなくてもいい、わたしが祈るために。

 どうか、優しかったあの方の眠りが、安らかでありますように、と。

「それで、あの、キミカさん。ヒカリは?」

「ヒカリなら、私が治療をして、目を覚ましたら、それはもう元気に走り回っていますよ」

 あの傷をこの人が治してくれたんだろうか。何はともあれ、元気ならよかった。

 まあ、死神になった時点で、わたしもヒカリも死んでいるのだけれど。

「会いに行きますか?」

「はい」

 わたしは迷いなく頷いた。

 どうやら意識を失う前とは別の部屋にいたようで、少し薄暗いこの部屋はキミカさんの部屋なのだという。暗いからこそ、キミカさんの金色の目がより際立って見えるみたい。

 ヒカリに会いたい気持ちでいっぱいだったから、何も聞かなかったけれど……部屋の片隅に置いてある少し赤みを帯びた黄色いストール、赤みがかった部分の痕跡から見るに、血の痕だ。何があったんだろう。

 キミカさんから教えてもらった。ここ、死神の世界では扉が様々な空間に繋がるんだって。一度開いて見た先に二度目も繋がるわけではない、不思議な扉が部屋につけられていて、死神を管理するマザーという方の気紛れや指示で空間が繋げられるそう。

 ただ、外から死神界(なか)に入って来られるのは死神になった人だけ。だから、ヒカリとまた会うためには、わたしが死神になるしかなかった。

「死神になっても、生前の体質や病気が治るわけではありません。私も病弱だったのがそのままなので、あまり人殺しの任務に行けずにいるのですよ。それはつまり」

 キミカさんはわたしの頭をそっと撫でた。

「あなたの病気も、ヒカリの病気も、治ったわけではありません。ヒカリはいくらかやりようがあることがわかりましたが、あなたの病気に関しては、あなたが眠っている間に対策を練らなければなりませんでした。

 シリンやリクヤの目に反応していましたから……」

「あ……」

 そっか、わたしが緑を見たら自傷してしまうから、シリンさんが目隠ししたり、わたしが気絶させられたりしたんだ。

 扉を開けた先はなんだか機械がごうんごうん言っている通路だった。キミカさん曰く、この先にヒカリがいるらしいけど。

 あ、また扉が見えた。

「この扉の向こうです。あなたが行くとき、私が扉を開く音がリビングに聞こえるようにして、この通路を歩いている間に、彼らがあなたを出迎える準備をしているのですよ」

 それで、特に意味のない通路を歩くことになったのか。なんだか気を遣わせてしまって申し訳ない。

「それなら、わたしが目を隠せば……」

「駄目です」

 キミカさんの手が、不意にわたしの頬を包む。温かい表情をしているのに、手は意外にもひんやりとしていた。死んでいるみたい。

「あなたはこれからはちゃんと、自分の目で世界を見て」

「……はい……」

 なんだか、キミカさんの神秘的な雰囲気に圧倒されてしまった。神々しいというか。

 そうしているうちに、扉の前に着いた。キミカさんはわたしにドアノブを示す。

 わたしはわたしの力で、この先を進まなきゃいけない。でも大丈夫。そこにはヒカリがいる。

 教会で、変わり果てた神父様と、見つからないヒカリの姿に泣き叫ぶしかなかったときとは違う。

 ……ひとりじゃないって、なんでかそれだけですごく嬉しい。

 わたしは扉を開けた。

「ヒカリ」

 びく、と淡く輝くお日さまの色の髪が跳ねる。

 ゆっくりと振り向いたその顔には、琥珀色の瞳。わたしの姿をしっかりと映して、その湖面がゆらゆら揺れた。

「あ、かり……? なんで……」

 あれ? 驚いている? シリンさんたちから説明されていなかったのかな。

 と、考えを巡らせていると、ぼすん、とヒカリがわたしの胸に飛び込んできた。恐る恐る背中に手を回すと、ふるふると震えていた。

「なんで、どうして、せっかく……せっかくボクが頑張って、刺したのに、浄化したのに」

 ああ、そっか。

 ヒカリはつらかったんだね。そうだよね。ヒカリはいつだって、殺したくて人を殺すんじゃない。ヒカリは優しいもの。

 でも、わたしのことは、わたしのために殺してくれたんだよね。ごめんね、裏切るみたいな形になって。

 わたしはヒカリのさらさらとした髪を撫でる。

「ありがとう、ヒカリ。わたしはヒカリとお揃いがよかったの」

 ヒカリの頬を包んで、顔を上げさせる。額と額を柔らかく合わせた。

「ずっと、ずっと、ヒカリと同じところに行けますようにって祈ってたんだ。それが叶って、嬉しい」

「来ちゃ駄目だよ、こんなとこ」

 冗談めかして、そんなことを言って。

 わたしとヒカリは笑った。

 大好きだよ、ヒカリ。

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