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虹の死神  作者: 九JACK
灯の死神
125/150

紫ぬ

 ヒカリが声高に笑い始めて、僕は任務が無事達成されたことを安堵すると共に、僕の任務が始まったことに気を引き締める。

 アカリというヒカリの友達だった少女はもう血塗れだ。ただでさえ、髪が赤いというのに。

 ただ、血よりは遥かに淡い色の赤であるのがわかった。光の反射で、血の中にあっては白く見えるほどだ。

 おそらく、ヒカリが暴走しないのは「赤」と認識する色覚範囲の外にアカリの髪の色があるのだろう。セッカの目で暴走しなかったわけではないらしい。成長によって、不必要な感覚機能は削ぎ落とされる。その一例が赤の認識範囲なのだ。

 余談はこれくらいにしておいた方がよさそうだ。アカリの赤髪に耐えられても、他の赤でそうはいかない。ヒカリは症状を制御する術を知らないだろうし、ヒカリがわかるのなら、不治の病として色覚衝動症候群なんて言葉は広まらない。

 ただ一つ、可能性があった。死神になってからのヒカリはセッカに襲いかかることは少なかった。アイラさんの髪の色は三分の二の確率で暴走する。つまり、アイラさんのようなしっかりした赤でも、ヒカリは無意識的に衝動を抑えられる可能性が三分の一程度は残っているということだ。

 それに加え、セッカ……親しい間柄だった人物に対しては理性がはたらくからか、より暴走を抑えられると見える。では、このアカリという少女はどうだろうか。

 ヒカリの過去で語られた、数少ない良い人物である。ヒカリの心象が良いという意味で。

 観察していると、ヒカリはけたけたと笑いながら、ナイフを振りかざした。ナイフは振り上げきったところで、一瞬止まる。理性と衝動の押し合い……が起こったにしては、次の瞬間には躊躇いなくアカリの喉を突いていた。

 まだ止まりきっていない血が、びしゃりと飛び出す。あは、あはは、と壊れた声が聞こえる。

 まだだ。と僕は判断した。本当は、もう止めた方がいいのかもしれない。病気とはいえ、大切な人を傷つける行為。やめさせた方がいいに決まっている。

 けれど、僕は、ヒカリの罪が増えることになろうと、その方が良いと判断した。それは僕の任務にも関係のあることだから。

 ヒカリの笑い声が夜の静けさの中に際立つ。街の一角がざわりとしたのを感じた。そちらを見ると、カーテンを少しめくる者、闇の中を見つめる者、とたとたと家の奥へ入っていく者、様々な姿があった。

 ああ、そうだった。ヒカリって、この街では死んだことになっているんだよね。死神のように恐れられている存在。それが比喩ではなく死神になっているなんて、知る由もないけれど、こんな恐ろしげな笑い声がしたら、怖くもなるだろう。自分たちが殺したはずの死神の声がしたら。

 ちなみにだけれど、ヒカリの死に直接的に関与しなかったけれど、ヒカリの死を望んでいた者に対して、死神が動くことはなかった。強い罪悪感を持つ者が死神になる例もあるそうだが、この街の者がヒカリの死に対して抱く罪悪感は小指の爪程度だし、死神にはなり得ない。実際に殺しの計画を立てて殺したわけではない彼らを僕らが刈る必要はないとのことだった。

 誰しも「死ねばいいのに」程度のことは思ったり、思われたりすることだろう。そんな当たり前にまで目くじらを立てていては、今頃世の中は死神で溢れ返っている。

 さて、と僕は目を戻す。耳はぐしゅ、ぐちゃ、というとても心地よいとは言い難い音を拾っていた。笑い声はもうない。

「アカリ……」

 蚊の鳴くような声がした。

「アカリ……アカリ……」

 その声色は嬉しそうであり、悲しそうであった。

 一見矛盾するような感情を同居させることができるのが人間である。死神の彼女は皮肉なことに、今、最も人間らしかった。

「アカリ……ああ、アカリ……ねえ、死んじゃったの? もう死んじゃったの? ボクが殺したから? アハ、そうだよね、ボクが殺した。今殺した。刺して殺した。ねえ見て、血がいーっぱい。ボクの大好きな色にいーっぱい包まれてるよ。今ボクはとても幸せ。幸せ」

 ヒカリの独白は異常にしか見えなかった。死人が受け答えしてくれるはずもなかろう。喉を潰しておいて、声が出せるわけもない。

 殺した相手を「殺した」「死んだ」と理解した上で話しかけているのだ。常軌を逸している。とても正気とは思えない。

 でも、どうしてだろう。虚しいとは思わない。だってヒカリは本当に幸せそうだ。好きな人と一緒にいるからだろうか。

 ヒカリは血塗れの手で、長く散らばったアカリの髪に触れる。優しく鋤こうとしても、まだ乾いていない血がべっとりとして、ヒカリの意図を阻む。とても残酷で美しい光景だ。

「アカリは赤が似合うなあ。いいなあ。女の子用の服もすっごく似合ってる。ああ、いいなあ。もっと良くしたい。アカリだって、キレイな方が好きだよネ?」

 ヒカリの声音が怪しくなってくる。その目は琥珀色だったはずなのに、深紅に染まっていた。血でできた宝石みたいだ。

 ヒカリはナイフを持ち替え、アカリの手首に突き刺す。そのまま、肘に向かってずずず、と切り裂いた。血がじわりと滲み出し、アカリの白い肌を撫でるように染め上げていく。もう片方の腕は、肩からざっくり、胸に向かって。もう光のないアカリはぴくりと動くこともなく、ヒカリの行いを受け入れている。おそらく、生きていたとしても、彼女はヒカリを受け入れていたかもしれない。

 殺人衝動を抱えるヒカリと自殺衝動を抱えるアカリ。真逆のようでいて、表裏一体で、鏡写しのような美しい少女。残酷に愛された少女たち。

 彼女らの姿を美しいとさえ思う僕も、大概終わっているのだと思うけれど。

 そろそろ、止めた方がいいかな。このままじゃ、アカリの体が跡形もなくなってしまいそうだ。普通なら罪を重ねる──例えば、既に亡くなった人物の体を徒に傷つけたりすると、罪の数値が痛んで、痛みで正気に戻るらしいが、ヒカリは痛覚が遮断されているのか、どこかが痛む素振りを見せない。

 これは意識を刈り取るというのは難しいだろう。不意打ちで脳震盪を起こさせて、というのもありだが、中途半端な状態で起きられてもきつい。僕は真正面からでは暴走したヒカリには勝てないから。

 ただ、正攻法でないやり方なら、いくらでも知っている。

 僕は教会の天窓を破りながら、ヒカリに向かって飛び降りる。派手な音にヒカリは天窓に目を向けるが、その目はすぐ閉じなければならない。ガラスの破片が目に刺さるから。破片でなくとも、目に砂粒ほどでも異物が入れば、人間の中で最も得やすい感覚器官である視覚機能は著しく損なわれる。

 それでも、ヒカリは僕を避けた。が、目はもう一つの罠で潰れている。もう一つの罠は月光だ。

 今日はいちだんと月が綺麗だ。だから、天窓とヒカリと月が一直線上に並ぶのを待っていたのも僕が動かなかった理由の一つ。太陽ほどでないにせよ、薄暗い教会の中から月明かりに突然目を移せば、眩しさに目が眩む。

 目が死んでいるうちに僕は避けたヒカリに接近、ヒカリは見えないながらに正確に、僕にナイフを突き立てる。僕はわざと、肩に深々刺さるように動いた。

 太い血管が近いけれど、場所は把握しているし、目が潰れて正確無比ではない相手の一撃を思い通りの場所に食らうくらい、なんてことはない。僕は突き刺さりながら、突き刺した。ナイフを、ヒカリの喉に。喉を裂くと、ヒカリはそのまま後方へ倒れた。

 ヒカリの鎮静化は成功した。ここからが任務の本番だ。

 僕は隠し持っていた、血塗れの白いマントを取り出す。セッカがいたという唯一の証を……アカリに被せた。

 ヒカリにこのシーンを見せたくなかった。せっかくアカリの罪を浄化したのに、それでも尚、死神になるに値するほどの罪をアカリは内包していたのだ。

 セッカのマントを使うのは、せめてもの抵抗だ。ヒカリと同じ、死神になって。君にはその資格がある、アカリ。

 そんなに間を置かず、アカリの体がぴくりと動いた。ゆらりと瞼が開き、月明かりを視認して、ぱちぱちと瞬く。紫色。僕の髪より綺麗だ。花みたい。

「わた、し……? あなたは……?」

 起き上がったアカリに、僕は微笑みで応える。

「ようこそ、こちら側の世界へ」

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