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虹の死神  作者: 九JACK
灯の死神
121/150

赤い花を添えて

「アカは!?」

 戻るなり、ヒカリが飛びついてきた。僕の後ろから、アイラさんが入ってくる。

 その後に続く者はなく、扉はぱたりと閉められた。けれど、ヒカリはあることに気づく。

 アイラの腕の中に抱えられた、血塗れの白いマント。

「アカ!」

 ヒカリがアイラさんに飛びつく。正確には、アイラさんの持つマントに。

 僕とアイラさんはそっと身構えた。血の色は赤だ。赤はヒカリの暴走の引き金となる色。死神界には死神しかいないから、人的被害というのはあってないようなものだが、それでも不用意に人が傷つくのはよくない。……セッカだって、そう思うはずだ。

「アカ、アカ……!」

 血塗れのマントをぎゅう、と抱きしめるヒカリ。その目から零れ落ちる大粒の涙は、きっと悲しみからきたものだ。

 セッカはちゃんとお別れを済ませた、と言っていたけれど、どんなにさようならを丁寧に伝えたって、実際にさようならをした後、その人はもういないという事実を受け止めなければならないことは変わらない。それで傷つかないはずがない。

 大佐を思い出す。僕が大佐を刈りに行った日、大佐は死のうとするほどに、嘆き、苦しんでいた。見ていられないほどに。あんなに心の強い人でも、大切な何かを失うと、生きることすら投げ出すほどに弱るんだ。

 となると、僕はあの日のセイムみたいなものかな。

「セッカは死神としての任務を全うして行きました」

「……」

「最後に、君の仇を討って、行きましたよ」

「……」

 ヒカリにとって、自分の仇なんて、どうでもいいだろう。そんなことより、セッカといたかったはずだ。

 けれど、セッカの願いもわかる。セッカもまた、大切な存在を目の前で奪われた。晴らさなければ進めない呪いもある。呪いを何一つ残さないで、逝きたかったのだろう。

 僕が預かった遺言は、一人一人に丁寧に向けられた呪いのようなものだろうけれど。

 前のページに書かれた遺言はセッカが事前に書いていたものだ。セッカは僕に「おれがいなくなった後、みんなに見せてくれ」と託した。

 僕には何も託したくなかっただろうに、他のみんなが隠し事が下手だから、僕に託したんだ。

「みなさん、セッカから預かっているものがあります」

 泣き伏せるヒカリに遠慮していた他の死神たちが僕の元に寄ってくる。

 僕は全員がいることを確認して、日記を置いた。

 反応は各々異なるものだった。当たり前だ。

 セッカは一人一人に言葉を残した。それで何を思うかは、それぞれの考え次第だし、与えられた言葉にもよるだろう。

 僕には「幸せになってくれ」だって。

 セッカ、僕は。

「アカ、アカぁ……!」

「セッカ……」

「遺言だなんて」

「……ふん」

 僕は、僕がいなくなったとき、

 こんな風にみんなが泣いてくれたら、幸せだなって思うよ。

 ヒカリが白いマントを抱きしめ、キミカさんが涙ぐみ、セイムがぽろぽろと泣いて、リクヤさんが天を仰ぎ、アイラさんが黙祷する。僕がいなくなる頃には、何人か顔触れが違うかもしれないけれど、こんな風に悲しんでもらえたら嬉しい。僕は生きていてよかったんだって思える。

 ねえ、セッカ。セッカは生きていてよかったんだよ。忌みものなんかじゃない。みんな、セッカのことが好きだった。

 いつだって、残される方がつらいのに。

 ねえ、セッカ、


 セッカは幸せだった?


 いなくなった後、誰かに泣いてもらえたか、なんて、知りようのないことを幸福の指針にしている僕は、もしかしたらもうどうしようもない存在なのかもしれない。

 記憶という形のないものが僕の中で核となっていて、記憶という形のないもので僕は形作られている。だから僕にとって「僕」というものに形はなくて、誰かの記憶に残れば、それは僕なのだ。

 涙や笑顔って、そういう記憶からくるものだから、一番嬉しいのだと思う。少なくとも、僕にとっては。

「ヒカリ、マントを」

「嫌だ」

 というわけで。

 僕はいまいち、遺品を大切にする、という思考が理解できない。遺品は遺族に管理されるべき、というのはわかるけれど。そういう良識くらいはあるし、セッカとヒカリが家族のようなものだったことも聞いて覚えているけれど。

「取っておくにしても、血を」

「いーやーだ!」

 ……血塗れのまま遺品を取っておくのはどうかと思う。

 ヒカリはあれから六時間、ずっとセッカのマントを抱きしめている。血塗れでまだらに赤いセッカのマントはセッカが残した唯一の遺品と言えるものだ。アイラさんと話し合って、マントを持ち帰ろうという話になったから持ち帰ったのだが、やはりどこかで洗ってから持ち帰るべきだっただろうか。

「違う。シリンは全っ然わかってない!!」

「え……」

 自分で言うのもなんだけど、僕は物分かりのいい方だと昔から言われてきたのだが……

 血塗れの、まだ血が乾ききっていないようなものの、どこがいいのだろう? と僕が首を傾げていると、後方で見ていたアイラさんが苦笑した。

「俺には、ヒカリの気持ちはわかるが、説明してやらんと普通はわからないと思うぞ、ヒカリ」

「むう」

 ヒカリが頬を膨らます。その様子は年相応に幼気でかわいらしかった。泣いていたからか、目元も赤いので、元々の顔立ちの良さが際立っている。

「……アカの匂いがする。これは返り血じゃなくて、アカの血でしょう? だから」

 だから?

「ん、これでもわからないか。要するに、好きな人の匂いがするものを取っておきたいんだよ。そういう経験、シリンにはないか?」

 アイラさんが追加で説明してくれた。

 好きな人の匂いがするもの……? 僕にはわからない。けれど、動物は自分の匂いでマーキングして「これは自分の物」とか「ここは自分の陣地」とか主張する習性がある。それに近いものなのだろうか。

「血が愛おしいとかではなくてですか?」

 僕はその方がしっくりくるけれど。アイラさんは何故かうっと呻いた。

 吸血鬼に関わりがあるなら、血って愛おしいものなのかな、という僕の想像なのだけれど、アイラさんの反応は図星ということだろうか。

「うん、そう……そうだよ。ボクは、赤で暴走するけど、アカが好きだから」

 それにね、とヒカリは得意げに顔を上げる。

「ボクが暴走しないで済む赤もあるんだ。アカのマントの匂いが落ち着くから、アイラ兄の髪見ても大丈夫だし、赤い髪の友達だっていたよ。だから、ボクにこれ、ちょうだい」

 そう言って、ヒカリはセッカのマントを羽織った。キミカさんが目を見開く。

 ヒカリは今まで、死神のマントを着ることを頑なに拒絶し続けていたから。

 そんなヒカリが泣きそうに目を細める。

「これでずっと、アカと一緒にいられる」

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